はたらくって何? この春から、ついに社会人への第一歩を踏み出した女子大生・ともよが会社訪問。最終回はGoogleでエンジニアチームを率いる及川さんを訪ねます。
(撮影:平野正樹)
自分でやったほうが早い
ともよ(以下、と):今までいろんな方のはたらきかたを伺って来ましたが、最終回は及川さんに、リーダーの秘訣を教えていただきに来ました。
及川卓也(以下、及):よろしくお願いいたします。
と:現在はGoogleでエンジニアチームを率いている及川さんですが、新卒のころはどのような感じだったのでしょうか?
及:そうですね、一言で言ってしまうと、当時の自分が今の自分の部下だったら、とても嫌だっただろうと思います。性格がトガッていて扱いづらかっただろうなと。
と:えっ、不良だったんですか?
及:不良じゃないです(笑)。「自分は何でもできる」と自信過剰だったんです。新卒で入ったDigital Equipment Corporation(以下、DEC)は外資系の割にはかなり日本的で、年功序列があったんですね。ですから20代でいくら成果を出しても、なかなか認められない空気を感じて上司に反発したりだとか(苦笑)。
と:DECと言えば当時世界有数のコンピュータ企業ですよね。新卒のころにはどんなことを考えていましたか?
及:入った当初からバリバリと、最高のはたらきをしようと考えていました。ですから、他人がのんびりやっているのが我慢できなくて、何でも自分でやっちゃっていました。中途で入って仕事にすぐには馴染めない先輩がいたりして、新卒で入った生意気な若者だった自分はそういうのが許せなかったんでしょうね。
と:「俺のほうができるし」という?
及:そうです(苦笑)。自分でやったほうが早いですし。「なんでもっと自分に仕事任せてくれないんだろう」ってずっと思っていました。
及川卓也
[OIKAWA Takuya(@takoratta)]
1966年、東京都生まれ。早稲田大学卒業。2011年、Hack For Japanを立ち上げ活動中。
理解して作れるようにならなきゃいけない
と:プログラマ入社だったんですか?
及:それが……DECにはプログラム書く気満々で入ったんですが、なぜか営業に配属されたんですよ。一応SEってくくりではあったんですが、開発ではなくて客先に出ていく、セールスアドバイザリーという仕事でした。お客さんの前で製品のデモをしたり、お客さんの要望をシステムに反映させたりとか。配属が発表されて、「げ……」と思いましたが、やってみたら意外に楽しかったんですよね。実際に、お客さんのところでプリセールスしてコンサルティング、開発までという一通りの仕事をさせてもらったんです。それが認められ、プリセールスから開発に移り、最後は研究開発センターに移りました。そういう経験をしたから、物を作る流れの1ヵ所だけじゃなくて、上流から下流まで一通り全部やってみたいと今でもそう思います。
と:新卒でバリバリと仕事をこなしていた及川さんですが、怒られた経験は?
及:一度、先輩からすごく怒られたことがあります。深夜、終電間近まで仕事していたとき、オフィスに戻ってきた先輩から、ネットワークの根本的な原理を聞かれて、自分はわからなかったんです。
「お前1年目でこんなんでどうするんだよ」と先輩に言われてしまいました。「終電なくなっちゃう」と思ってるうちに、先輩から延々と1時間ぐらい説教を受けてしまって。でも、その先輩の言葉はすごく正しいなって思いました。「ただ使えればいい。ブラックボックスでもいい」って思っちゃいけないなと今でも実感します。ちゃんと理解して作れるようにならなきゃいけない。その先輩からはいいことを教わったなと思いますね。
と:しくみを理解しないとダメなんですね。
ギブンコンディション
と:現在Googleでエンジニアチームを率いている及川さんですが、トガッた新卒からリーダーに、どのように脱皮しましたか?
及:最初は本当にリーダーっていう感じじゃなかったんですよ(笑)。DEC入社6年目で組織横断的なプロジェクトをリードしなければいけない立場になったんです。そのときに上司から「ギブンコンディション[1]の中で最善のパフォーマンスを出せ」と言われたんですね。その中で最善の結果を得るためにはどうしたらいいのかという方法を学びました。
と:それで初めてリーダーとして結果が出て、楽しいと感じたんですね。
及:楽しかったですね。今でも若干そういうところあるんですけど、ちっちゃな1ヵ所を担当するよりも、いくつかのプロダクトや、社外の人たちと一緒に連携して何かを成し遂げるほうが、やっぱり達成感が大きいです。大変ですが、課題は難しければ難しいほど解いたときに喜びは大きい。
と:なるほど。
及:当たり前のことを粛々とやるのも非常に大事なんです。ですが、ちょっと難しいことができたりすると楽しいじゃないですか。
と:そうですね。ヤッター! ってなります。
及:そういうのはありますよね。
転職活動はじめます宣言
と:DECからMicrosoft に移った及川さんですが、どのような経緯でMicrosoftに移ったのですか?
及:初めてリーダーになったプロジェクトのあと、そのころ勢いのあったMicrosoft に行こうと思い、まだ内定も出ていない状況で「転職したいのでそろそろ辞めさせてください」と上司に伝えました。当時は転職活動のやり方なんか知らなくて、転職活動はじめます宣言をしてしまったんです(笑)。
と:転職活動はじめます宣言(笑)。
及:そうしたら上司から、「MicrosoftとDECで次世代Windows の共同開発プロジェクトがあるから、DEC に残ってMicrosoft 本社、アメリカのレドモンドに行かないか?」と声をかけられたんです。うれしいことに、そのプロジェクトでも「お前リーダーだ」と言われて。
と:DECの方から言われたんですか? タイミングが重なったんですね(笑)。
及:そうですね。Microsoftに転職したからとは言え次世代Windows の仕事がやれるかわかりませんし、どっちがいいかなと考えたんですが、Windowsのソースコードを見れる数百人の1人になれるなら、「そっち行くしかないな」と思ったんです。「ごめんなさい、僕やっぱりDECに残りまーす」と言いました(笑)。
と:へー。
及:そのときは10ヵ月間レドモンドに行ってきましたが、ここでも「ギブンコンディションで」っていうのを何度も上司に言われましたね。そのあともしばらくDECに残ってたんですけど、景気が悪くなり早期退職プログラムで優秀な先輩たちがどんどん辞めていっちゃうし、それで私もMicrosoftに移ってWindowsの開発を9年続けました。DEC9年、Microsoft9年です。
Googleプロダクトマネージャーに
と:Microsoft に9年いて、Googleに移ったんですね。
及:2006年のときに移ったので、40代最初のころですね。今で6年目かな。
と:Googleに移ってからはずっとチームをまとめるお仕事をしているのですか?
及:最初入ったときはプロダクトマネージャーというポジションで、ChromeのほかにもWeb検索とかGoogleデスクトップとかツールバーとかGoogleニュースとかいろんなものを見ていました。そのあと、Chromeの開発が進んでいくと、もっと技術寄りのほうにシフトしたいなという思いから、エンジニアリンググループに異動を希望しました。
と:どうしてエンジニア領域のお仕事がしたかったのですか?
及:2つ理由があって、1つはもっと技術畑にいたかったから。プロダクトマネージャーとして、対外的な仕事や社内を取りまとめる仕事よりも、もっと責任のある立場でコードやスペックを見たり、エンジニアたちとデザインの議論がしたかったのです。もう1つは、東京のローカルマネージャーがいなかったんだけど、自分はエンジニアをマネジメントする仕事が好きだし、経験もあったのでそれをやったらちょうどいいなって。
と:今はどんなお仕事をしているんでしょうか?
及:今はChromeのエンジニアリングマネージャーという役割で、チームを束ねています。Webって、HTML5だとかCSSだとかっていう形でより動的・対話的にいろんなアプリケーションが動くようなプラットフォームとして使われるようになってきてると思うのですが、それに必要な技術をわれわれのチームは作っています。
と:世界各地にChromeのチームが点在していると思うのですが、日本のパートで及川さんのチームはどのような役割をしているんでしょうか。
及:WebプラットフォームAPIと言われている部分を我々のチームは担当しています。Webkitを使っていることが多いです。実は、WebプラットフォームAPIをやっているチームが世界に5、6個あるのですが、採用されるかどうかはチームごとに競争しなければなりません。声の大きい人に勝ち、社内政治で勝つ、それで初めてChromeに乗るというプロセスです。
と:大変なコミットが必要なんですね!
自分でやりたい病
と:「自分でやったほうが早い」などの葛藤を持ちつつも、若くして数々のリーダーを務めてきた及川さん。「自分でやりたい病」は、どうやって克服したのでしょうか。
及:自分が寝ないで仕事して、他人より1.8倍の仕事ができたとします。でも、1.8倍程度じゃ達成できないものがあったとき、やっぱり一人じゃ物理的にできないですよね。それでチームでやる必然性を痛感しました。もう一つは、自分じゃなくほかの人がやったほうが成果が出るとき。自分のやり方は、もしかしたら誰かが過去にやったものの劣化コピーかもしれない。それなら若い人や経験ある人、異分野の人など、いろんな人に任せたほうが、プロジェクトは確実に強くなっていきますよね。その2つを知ってからは、チーム力を強く意識しています。
と:個人戦よりもチーム戦、なんですね。
及:たとえば現在進化中のGoogle日本語入力、実は最初反対で“Google辞書”でも作っておけばいいんじゃない? と思っていました。でも「それじゃダメだ!」って若い人たちが言うから、「じゃあやってごらん」と言って作ったものなんですよね。結果的に、日本発の大きなプロダクトに成長しています。
自分の微力で何ができるだろう?
と:及川さんにとって「はたらく」ってなんでしょうか。
及:「“はた”から見ると“らく”に見えるもの」ですかね(笑)。と:あはは(笑)。
及:マジメな話をすると、はたらくって難しいですよね。1つはお金を稼ぐ手段。もう1つは自己実現だと思います。新卒で会社を選ぶとき、「何やりたいか」ってことを考えるのと同時に「社会とか人類に対して自分の微力で何ができるだろう?」っていう風に思ったんです。今でも、自分ができることと社会が自分に求めることは何だろうと考えながらはたらいています。僕は、人に喜んでもらえるものを作りたいと思っているのですが、その機会を与えてくれているのが「はたらく」ことかなと思います。そうすると給料なんてものは、自分のやったものが本当に価値があるものかどうか、雇用主側から見て評価されているだけなんじゃないかな、と思うわけです。はたらくって楽しいですよ。
と:人のために役立っているって思うと、うれしいですよね。ところで春から新社会人[2]なのですが、何かわたくしにアドバイスをいただけませんか?
及:そうですね、仕事が楽しくなくなったとしたら何かがおかしいはずですので要注意です。朝、鏡の前で今日の予定を考えて、ワクワクしない日が3日続いたら何かがおかしい。夜、ベッドに入って今日やったことを考えて1つでも楽しいって思えることがなかったら何かがおかしいです。それは自分自身のはたらきかたがおかしいか、プロジェクトがおかしいか会社がおかしいか。何かを直さなきゃいけないと思います。
と:へー。そうなんだ、気を付けます。
及:でも、楽しいでしょ? 今。
と:今日は楽しいです。けど、毎日となると……うーん。4月からのこと考えると不安になっちゃって。
及:なるほど。でも、不安っていうのは何が起きるかわかんないワクワク感だと思うんですよね。楽しい経験を常に追い求めたり、常に新しいことにチャレンジすることは大事です。だから転職とかプロジェクト、ポジションを変えることも、とても大事なことだと思います。それに会社は会社でつらいこともたくさんあるけど、それを補う社外の活動とか、勉強会とかに参加してみるのもお勧めですね!
と:変化を怖がっちゃいけないし、変化をやめてもいけないんですね!
自分が活きる道、期待されるポイント
と:エンジニアの方へのメッセージをお願いします。
及:何か一つを極めるエンジニアの考えも、これはこれで非常に貴いと思うし、向いている人もいます。でも、柔軟性を持って「自分はどういうことをやれるのか」「自分が活きる道はどこだろう」っていうのを探すのもいいと思うんですよ。デザインにも詳しいだとか、Webディレクションもわかっている、みたいに、いろんな形で自分が貢献できるものがあると思います。製品やサービスを出すときに自分は何をやれるのか、何をやりたいのか、自分のスキルはどう活かされるのかを考え、広い目で見ていくと、もっとチャンスは広がっていくと思いますね。
と:どうもありがとうございました!