Software is Beautiful

第11回Appleのビジョンと日本のハードウェアメーカーの将来

出井伸之氏との面談

Steve Jobs氏の訃報を聞いて以来いろいろなことが頭をよぎるのだが、その一つがソニーの出井伸之氏に私がAppleの買収を勧めたときのことである。

私がUIEvolutionのCEO(最高経営責任者)をしていたのは、設立した2000年からスクウェア・エニックスに買収された2004年までの4年間。その期間に日米ビジネス界のさまざまな人と会う機会があったが、最も印象的だったビジネスマンの一人が、当時ソニーのCEOだった出井氏である。

当時(2002年)は本業のエレクトロニクス事業が低迷しはじめ、PlayStationビジネスからの収益が会社を支えているという状況であった。外から見ていても、各機器に搭載されているOSがPlayStationは独自OS、PCはWindows、PDAはPalm OS、携帯電話はSymbianという状況はソフトウェア戦略の欠如を意味していたし、ハードウェア企業からソフトウェア企業への転換がうまくいっていないことは明確であった。

そんなソニーに対して、UIEvolutionの技術をソフトウェア戦略の中核に据えて、来たるべき「常時接続モバイルコンピューティング」の時代に備えるべき、というビジョンを売り込む機会を持つことができたのだ。

実際に会ってみると、出井氏自身も相当な危機感を持っていることは明確であった。印象に残っているのは、⁠ソニーのビジネスが縮小しているのは、ソニーが対象としている若い世代のお金がエレクトロニクスから携帯電話サービスへと流れているからだ」という言葉である。2011年の今ならば多くの人が認識していることだが、2002年の時点でエレクトロニクス産業と通信産業が業界ごと衝突する運命にあることをきちんと認識していた経営者はごくわずかだったと思う。

ハードからソフトへ、ソフトからサービスへ

その当時、出井氏が強く主張していたのが、消費者に「もの」を買ってもらった時点で終了する「売り切りビジネス」から、売った時点から関係が始まる「サービスビジネス」への転換をするべき、ということであった。

「ソニーは、セコムのようなビジネスを作らなければならないのだ」というのも印象に残った言葉の一つだ。⁠ソニーは、アナログからデジタルへの転換には成功した、これからはハードウェアからソフトウェアへ、そして売り切りビジネスからサービスビジネスへの転換を成功させる必要がある」というのが彼のビジョンであった。

そんな出井氏に対して、私は「ソフトウェアで勝負するのであれば、独自のOSを持つことは必須です。ソニーにとって、Windows PCを売るメリットはまったくありません。すでにPCはインターネット端末になりつつあります。Appleを買収してMacをソニーブランドのPCとして売るべきです」と主張した。

瀕死の状態から立ち直ったばかりの当時のAppleは、ソニーにとって吹けば飛ぶような会社だったが、ネットにつながることだけが大切であればWindows OSを搭載している理由はまったくなかった。それに、ソニーブランドとAppleブランドは、両社とも「ユニークで付加価値の高い物を提供する企業イメージ」を持つという意味で相性も良いと思ったのだ。

そのときは残念ながら肯定も否定もしてもらえなかったのだが、後に人づてに聞いたところによると、Appleを買収するというアイデアは、当時ソニー内部でも何度も持ち上がっていたそうである。さすがに上場企業の買収の話なので、⁠そんなことはとっくに考えているよ」とは答えられなかったのだろうと私なりに解釈している。

ビジョンを共有していたソニーとApple

少なくとも2002年の段階での2つの会社のビジョンには多くの共通点があったと言える。どちらも単なるハードウェアの会社からソフトウェアやサービスで勝負をする会社を目指していたし、デジタル化されつつある音楽や映像が人々のライフスタイルを大きく変え、そこに新しい形のコンシューマエレクトロニクスビジネスが生まれようとしていることは明白であった。

私は2年ほど前に、アップルの30年ロードマップというブログエントリを書いたが、そこで紹介した「映像・画像・音楽・書籍・ゲームなどのあらゆるコンテンツがデジタル化され、同時に通信コストが急激に下がる中、その手のコンテンツを制作・流通・消費するシーンで使われるデバイスやツールは、従来のアナログなものとは全く異なるソフトウェア技術を駆使したデジタルなものになる。アップルはそこに必要なIP・ソフトウェア・デバイス・サービス・ソリューションを提供するデジタル時代の覇者となる」というビジョンが、まさにソニー、Apple両社が共有するビジョンであったと言える。

大きく異なる道を歩んだソニーとApple

しかし、結局ソニーによるAppleの買収は私の妄想に終わり、両社は大きく異なる道を歩むことになる。ソフトウェアやサービスで勝負する会社への脱却が2011年の今でもなかなか実現できていないソニーに対し、AppleはiPod+iTunes+iTunes Storeというハード+ソフト+サービスを融合させたビジネスモデルをいち早く成功させ、iPhone、iPadと立て続けにヒット商品を出した。今や時価総額でソニーの20倍近くの企業に成長したのである。

この違いを生み出した要因はいくつかある。

① 製造ラインをすべて捨てた

Windows PCの成功により、Appleは1990年代の終わり頃には倒産ぎりぎりの状況にまで追い込まれたが、そのときに完全にハードウェアの製造ビジネスからは撤退している。Appleは相変わらずハードウェアの設計もチップの設計もしているが、製造ラインはすべてアウトソースしている。

それと比べると、ソニーはいまだに多くの工場を持つ製造業の会社である。

② ソフトウェアのDNAを持つ

「Appleはハードウェアを売ってはいるが、その中身はソフトウェア会社である」というのはSteve Jobs氏自身の言葉である。ソニーだけでなく、ほかのハードウェア会社とAppleの一番の違いは、Appleはハードウェアメーカーであるにもかかわらず「世界中の優秀なソフトウェアエンジニアが喜んで働くような会社」だという点である。ハードウェアビジネスにとってソフトウェアがますます重要になっている今、優秀なソフトウェアエンジニアをいかに集めるかが勝負の分かれ目になっているのだ。

③ わずかな商品に集中した

Appleは、今や米国で最高レベルの時価総額を持つ企業の一つに成長したが、基本的な商品ラインはMac、iPod、iPhone、iPadしかない。OSはMac OS Xと、それをベースにしたiOSの2系統しか持っていないし、チップもMac用のIntelチップと、iPhone/iPad用の自社製チップの2系統に集約しつつある。iTunesというソフトウェアをデバイスのハブとして位置づけ、そこにiTunesStore、iCloudというクラウドサービスで統合的な環境を提供している。

一方ソニーは、ゲームビジネスだけを見ればPlayStationとPSPというわずか2系統のハードウェアを基軸にAppleと同じようなエコシステムを作っているが、全社的にはPC、デジカメからDVDプレーヤまで幅広く手がけ、ソフトウェアの共通化は行っていないし、iTunesに相当するようなソフトウェアハブは持っていない。また携帯電話機に関しては、Sony Ericsson Mobile CommunicationsというEricssonとの合弁会社に任せていたため、ゲームビジネスとの連携などが簡単にはできなかった[1]⁠。

④ 売り上げよりも利益を追求した

Appleがソニーだけでなく、ほかのハードウェアメーカーと最も大きく異なるのは、その利益率の高さである。Appleの営業利益率(operating margin)は常に30%超で推移しているが、ソニーやパナソニックは常に5~7%程度である。これは、Appleがシェア確保のための値下げ競争を一切せず、常に付加価値の高い市場のみをターゲットにしてきた結果である。

特に携帯電話機市場でのAppleのビジネスは突出しており、販売した端末の数ではAppleのシェアはわずか5%程度なのにもかかわらず、売り上げだと約20%利益だとなんと66%以上を占めているという異常な状況にある。

日本のメーカーは何をすべきか

スマートフォンを中心においた「ポストPC」ビジネスにおいてはAppleが一人勝ちで、家電ではSamsungに代表される日本以外のアジアメーカーの勢いが強い状況が続いている。そのため、ただでさえ円高に苦しむ日本で家電やPCを作っているハードウェアメーカーは窮地に追い込まれている。

この状況から脱却して、今後ますますグローバル化される業界で生き残るためには、AppleやSamsungのマネをしていてもどうにもならない。まずは、どこで勝負をする会社なのかを明確に定め、余計なものを排除し、集中すべきところに全精力を集中して、その分野で世界一、二を争う企業にならなければならない。

少し前に、タブレット開発をしている日本のPCメーカーの経営陣と会ったことがあるが、タブレットを作る理由が「PCメーカーとしてはタブレットを作らないわけにはいかない」という消極的な理由だったので呆れてしまった。そんな消極的な理由で他社と同じようなタブレットを出しても、量販店に横並びにされてスペック競争と価格競争を強いられるだけである。

そうではなく、⁠ユーザのライフスタイルをこんな風に変えたい」⁠ビジネスのこんなニーズに応えたい」というはっきりとしたビジョンとゴールを持ったうえで、そのためにはどんなハードウェア、ソフトウェア、サービスが必要かを考え、戦略的にもの作りをしていく必要がある。

他社と横並びでスペック競争をする時代は終わった。総合家電メーカーというビジネスモデルはもう成り立たない。ハードウェアは自分たちで作り、ソフトウェアの開発は外注に丸投げするのでは世界で戦えるデバイスは作れない。ハードウェア作りで日本の高度経済成長を支えてきたという成功体験にいつまでもしがみつかず、ハードウェア・ソフトウェア・サービスをエレクトロニクス産業に不可欠な3つの柱と捉え、選択と集中で世界一を目指す企業にならなければならない。ソフトウェアエンジニアが「ぜひともここで働きたい」と思えるようなハードウェアメーカーに生まれ変わって初めて、Appleと同じ土俵で戦えるようになるし、21世紀のエレクトロニクス業界の牽引役にもなれる。

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