MOOC
オンラインエデュケーションが活気づいている。代表的なのが,ハーバード大学とMITが資金を提供して立ち上げた非営利団体のedXで,世界トップクラスの教授陣による授業が世界中どこからでも受けられ,しかも正式な単位や学位も取得できると注目を集めている。
edXのサービスに代表されるオンラインコースは,実際の大学の教室で提供される授業を録画・編集したものをオンラインで受講する形を取っているが,教室と違って数万~数十万人という規模の生徒が授業を受けることが可能になるため,MOOC(Massive Open Online Course)と呼ばれる。
MOOCは,MMORPG(Massively Multi player Online Role-Playing Game)と語感は似ているが,全員が同時に授業を受けるわけではないし,基本的には双方向ではなくて一方通行なので,MMORPGとは大きく違う。極端な話,ユーザ登録や進捗管理が不要であれば,YouTubeのみを使ってMOOCサービスを提供することも可能である。
営利事業としてMOOCサービスを提供している代表的な企業がCourseraとUdacityである。
Courseraは,スタンフォード大学の教授陣がプラットフォームとして採用したことで注目を集めたが,最近になってスタンフォード大学が,edXがオープンソース化したOpenEdXをプラットフォームとして採用することを発表したため,関係は怪しくなっている。
一方のUdacity は,通常だと4万ドル必要な修士号がわずか7千ドルで取得できるというサービスを,ジョージア工科大学がUdacityを使って開始することを今年の5月に発表し注目を集めている(注1)。
背景にある学級崩壊
MOOCサービスが活気づく背景にあるのは,学級崩壊である。日本・米国を含めた先進国は,高等教育のためにたくさんの大学を作り,大学進学率だけは上げることに成功したが,実際に社会に出て即戦力として使える人材を育成できているのはごく一部の大学だ。やる気のない講師陣が一方通行の授業を提供し,大半の生徒は単位と卒業資格の取得のためだけに出席し,実際に勉強するのは試験前の数日間だけ,という姿は日本だけのものではないのだ。
そんな状況に一石を投じることになったのが,Salman Khanという一人の青年が始めたKhan AcademyというYouTubeを使ったオンラインコースだ。Khan Academyの成功は,「どのみち一方通行の授業であれば,オンラインコースのほうが何度も見直すことができるのではるかに効果的」「オンラインで授業を受けるのであれば,優秀な講師の授業を受けるべき」という2つの重要な事実を証明することになったのだ。
これに目を付けたのが,ハーバード大学,スタンフォード大学などの超一流の講師陣を抱える大学である。彼らの授業をオンラインコースとして提供できれば,百万人を超える生徒に対して教育を施すことが可能になるのだ。
これらの大学が狙っているのは,大学教育の寡占化である。これから10年も経たないうちに,まともな授業が提供できない大学の大半がMOOCに生徒を奪われ,経営難から閉鎖に追い込まれるだろう。形だけの卒業証書を手に入れるために二流・三流の大学に高い授業料を払う意味はなくなるのだ。
フリップドクラス
しかし,いくら教授陣が優秀でも,一方通行のレクチャー型の授業だけですべてが学べるわけではない。演習問題を解く,レポートを書く,ディスカッションをする,わからない点を質問するなど,インタラクティブな授業への参加が不可欠である。
そこで最近注目されているのが,フリップドクラスと呼ばれる教育手法である。生徒は一方通行の授業は自宅で視聴し,教室での時間は演習問題・ディスカッション・質疑応答に使う,という今までとは正反対の教育方法だ。
皮肉なことに,現時点でフリップドクラスを積極的に取り入れているのは,従来型の高等教育が充実していない発展途上国である。実際にコロンビアでは,優秀な高校生にedXが提供する大学の授業をフリップドクラスの形で受講させることにより英才教育を施そうという試みがされている。
MOOCは,日本の「ぬるま湯大学」を経営危機に陥れるだけでなく,英語で授業を受けることができないためにMOOCの恩恵が受けられない日本人の世界の人材市場での価値を相対的に下げてしまう,という危険すら持っている。日本の大学の存在意義だけでなく,英語教育の重要性がさらに問われる,重要な転機を迎えている。