航海日誌と「プロジェクト日誌」
仕事に追われ忙しい日々を送っていると,たまに自分にはもっと別の職業があったのではないかと考えることはありませんか。私の場合,たとえば外洋クルーズ船の船長さんというのはどうだろう,などと空想してみることがあります。舵を取って広い海原にゆっくりと船を滑らせ,舳先で波しぶきを立てて進む心地はどんなだろう,今とは全くちがったリズムで時間が進むのではないか,そんな風に思うのです。
複数の人間が協力して進めるオフィスワーク,たとえば新製品の企画開発だとか,基幹システムの革新だとかを率いるリーダー役の人を見ていると,こうした役割は船の船長に似ているなと,よく感じます。行き先は青い海原のむこう,遠く見知らぬ目的地に向けて,皆を運ぶわけですが,時には思わぬ出来事で転覆しそうになったり,嵐を避けて行く先を変更したり,なんだかよく似ていますね。
ところで,船長の大事な仕事の一つに,「航海日誌をつける」という任務があることはご存じの通りです。これは世界的な慣習で,日本では法律で義務づけられているとききました。航海日誌に書くことは,どんなことでしょう。私自身は素人なので正確には知りませんが,想像するに,その日の船の位置,進んだ方向と距離,天候,その日の主要な作業項目や出来事,寄港地名と積み卸しの内容,船員や乗客の動静,発生したトラブルや予見されるリスクなどでしょうか。長い航海で,こうしたことをすべて頭で記憶しておくのは不可能です。
航海の途中で,「通信機の調子が落ちている…このところ荒天が続いて傷んだからかもしれない…そういえば前にオーバーホールしたのはいつだったろうか?」といったことを考えるとき,日誌がなければ困ってしまうでしょう。また,一つの航海が終わったとき,次の航海の計画を立てる場合にも,過去の航海日誌は役にたつはずです。少なくとも私は,航海日誌もつけないような,だらしない船長の船には乗りたくありません。
ところで,もしプロジェクト・リーダーが不定形でチャレンジングな仕事の船長にあたるのだとしたら,同じように「プロジェクト日誌」をつけるべきではないでしょうか。貴方の会社のマネージャーの人たちは,日誌をつけていますか? なぜ海運の世界では当たり前のことが,ことホワイトカラーのオフィスの世界ではほとんど行なわれないのか,不思議に感じませんか。私は日誌をつけないような,訓練の足りないリーダーの下で仕事はしたくない,とも思うのです。
日誌をつけよう
もし皆さんが,まだリーダーとかマネージャーとか呼ばれる立場でないとしても,自分の仕事の日誌をつけることを,今から習慣づけるようおすすめします。「公開を目的としない,個人的な記録を毎日つけよう。1日に15分,自分の時間をそれに当てよう。そして,それをタイム・マネジメントの訓練として行なおう」というのが,私の提案です。
そんな習慣が何の役に立つのか,と疑問に思う人もいるかもしれません。しかしそれは,プライベートで文学的な「日記」を想像するからでしょう。私が提案するのは,あくまで自分の仕事の記録,つまり『日誌』です。日誌は自分の主要な関心事,ふつうは仕事の(学生ならば研究の)ことを記すもので,主観ではなく客観性が大切です。いたって散文的ですから,他人が読んでもつまらないし,そもそも他人に見せることを意図しません。日誌の想定する読者はたった1人,未来の自分なのです。
日誌の分量は基本的に一日分10行以内とし,書くための時間は一日にせいぜい10~15分にとどめることをおすすめします。さもないと,休日や何かの理由で書けない日が3日続いたとき,間の日を埋めるだけで1時間近くかかってしまい,だんだんいやになってくるでしょう。日誌は継続しなければ,何の意味もありません。
実行できる日誌のつけ方とは
日記に挑戦したが,三日坊主で終わってしまった,という経験をおもちの方もいるでしょう。じつは,日誌を習慣づける一番簡単な方法は,日誌を予定と実際に分けて,2回記入することなのです。そのさい,To Doリストの併用がポイントになります。
日誌に書くべきことは,会議や訪問などのアクティビティと,その日にやったTo Doのリストです。たとえば,以下のような形式です。
03/16(月)9:00 - 19:30 9.5時間勤務
- 午前
- 10:00-11:00 Bプロジェクトのコスト・レビュー(○○部長・○○PM参加。問題なし)
- 作業時間分析データの整理 2.0時間(済)
- 午後
- 13:00-15:00 定例企画会議(ブースデザイン要変更)
- 午後2
- 15:30-18:00 設計協力会社と打合せ ○○主任以下6名。基本仕様の質疑中心。
- 住宅着工件数をグラフ化 0.5時間(未)
- S社の問い合わせに返事(仕様変更で合意) 0.5時間(済)
最初の行が,その日の就業時間のサマリーです。そして,3つの時間帯に分けて,会議等のアクティビティとその日にやったTo Doのリストをかく(完了したものもしないものも含めて),という構成です。
毎朝,職場に着いたら,その日の予定を立てることを習慣にしましょう。まず,カレンダー予定表を見て,あらかじめ決まっている会議などアクティビティを確認します。つぎに日誌のその日のスペースに,アクティビティの予定を時間帯ごとに分けて書き込みます。
さらに,その日にしなければならないタスクを考えて,時間帯別に書き込んでいきます。このために,毎朝To Doリストを見なおすことになるはずです。前日にはできずに残ったタスクや,その日に新たに付け加わったタスクもあるでしょう。その中から,今日の内に少しでも進めておきたい事を選び出し,日誌に書き写します。
そして,一日の仕事が終わったら,帰る前にもう一度日誌を見なおして,作業結果について手短かなコメント,たとえば「ブースデザイン要変更」などと書いておくのです。こうすれば,一日の終わりに自動的に日誌ができあがります。所要時間は,朝の10分と夕方の5分の,合計15分です。To Doリストのフォロー結果が,そのまま日誌になるようなスタイルです。
To Doリストを活用して日誌をつける

そして,完了したタスクは,To Doリストから消していきます。一つ消えるごとに,何となくほっとした気分になって,家路につくことができるのです。
タイム・マネジメントでは,気分を軽くしてリラックスできることが,とても大事です。こうして,時間に追われ,時間に使われているという意識をなくしていきましょう。すると,どんどん新しい知恵や発想がわいてくるものです。人間の心理的エネルギーは一定ですから,追われたり,忘れまいと緊張したりする分を,もっと創造的な方にいかしていくことが大切なのです。
日誌は,手帳やノートではなく,パソコンなど電子媒体で記録することをおすすめします。理由は,日誌の主要な目的が「過去の検索」にあるからです。ソフトは専用ソフトやデータベースでなく,ワープロかテキスト・エディタで十分でしょう。なぜなら,日誌に記録すべき項目はしだいに変わって行くからです。仕事を通じて,自分の役割も,範囲も,関心点もかわっていきます。へたにデータベースをつかって自分の「管理項目」を固定してしまうと,あとで必ず窮屈になって,使うのをやめてしまうものです。
今日から,日誌をはじめてみましょう。自分一人で,心の内に宣言すればいいだけです。その習慣をだれかれに言う必要はありません。そして,ときどき過去を検索したり,読み返してみましょう。3ヶ月続けてみたら,何となく,気分的な安定を少しだけ感じているはずです。それが「タイム・マネジメントが上達した」ということなのです。