禅で学ぶ「エンジニア」人生の歩き方

第13回 磨き磨かれ

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禅語「鶏寒上樹鴨寒下水」

ランク:上級 カテゴリ:スキルアップ

「とりさむくしてきにのぼりかもさむくしてみずにくだる」と読みます。意味合いは相も変わらずそのまんまですね。
この禅語は寒さ対策を教えてくれているのでしょうか?
いやまさかさすがにそんなことはありません。ではいったい何を伝えようとしているのでしょうか?

これを読まれている方の何割かは,教える,という行為をなさる機会も決して少なくないと思うのですが。

どうしても,意識しているつもりでもなお。
生徒の弟子の部下の「個々」を,つい失念してしまう瞬間というものはないでしょうか?

宮大工の方のお話なのですが。
材木にしてから「真っ直ぐなもの」なんてのは一つもないんだそうです。我々(というか私なのですが)素人が見ていると真っ直ぐにしか見えないのですが,そこは専門家。彼らの目にはその「各材木に固有の癖」が見て取れるそうです。

右に曲がったり左にひねったり。後方二回転に1ひねりをくわえるとムーンサルトになります……なんて材木はさすがにないと思いますが,多分。

そんな個性豊かな材木の個性を無視すると,どれだけしっかりした規矩術で図っても,しっくりと組み上がらないんだそうです。
一方でそんな個性を「十分に加味した上で」組み合わせると,それはもう見事にぴたりと組み上がるんだそうです。

なかなかに面白いと思うお話なのですが。
こと「教育」の話を念頭におくと,非常に含蓄の深い,或いは図星過ぎて痛い話となります。

「個性を重視する」⁠能力を尊重した」なんていう単語は好んで使われることも多いかと思うのですが。
果たして「生徒の弟子の部下の一人一人の個性」についてとうとうと語れるか,と問われると,躊躇してしまうことも少なからずあるのではないかと思います。

或いは。口ではどれだけ万色について語っていたとしても,その態度が言動が行動が,果たしてそれに一致しているかと問われると,そこに躊躇が生まれる方も或いはいらっしゃるのではないかと思うのですが如何でしょうか?

システム……に限らないのですが。現実に「唯一解」なんてまずないに等しいものです。いろいろな見地からさまざまな角度から,それこそ万色の回答が存在するかと思います。

しかし。
教える先生が師匠がコーチが「万色ありうべし」を教えてあげることが出来なければ。

守の後の破にたどり着けませんし,ましてや万色たる離の境地が「ある」ことにさえ,気付かせて上げることができないかもしれません。

それで「教えている」と言えるのでしょうか?
⁠師を追い抜くのが弟子の義務」です。そうして,その義務を教えるのは,ほかならぬ「師たるあなた」なのではないでしょうか?

鶏寒上樹鴨寒下水。

気温が低いと。鶏は木に登る一方で鴨は水の下の方に潜っちゃうのです。
雪が降ると,犬は庭を駆け回る一方で猫はおこたでぬっくぬっくしてるのです。
⁠手をうてば ハイと答える 鳥逃げる 鯉は集まる 猿沢の池」なんて言葉もありますね。

教えるという行為は,教わるよりも何倍ものさまざまを教わることができる行為です。

教えることで。
世の中に「唯一」なんてない,ということを。
改めてゆっくりと,噛みしめてみては如何でしょうか?

著者プロフィール

がる

こなしている職業を語ると「……で,何屋さん?」と聞かれる,経歴が怪しいエンジニア。「知のコラボ」とか「シナジー」とかって単語で上手に糊塗してみたい。