羽生章洋『はじめよう!システム設計』刊行記念特別インタビュー~角征典から見た2018年の上流工程とカスタマーエクスペリエンスの時代

第1回三部作の表紙がつながるってすごいよね

2018年1月に羽生章洋著『はじめよう! システム設計 ~要件定義のその後に』が発刊され、2015年から続く『はじめよう! 要件定義 ~ビギナーからベテランまで』⁠はじめよう! プロセス設計 ~要件定義のその前に』の上流工程三部作[1]が完結しました。今回から5回に分けて、著者である羽生章洋氏に三部作の執筆の裏側についてお話を伺います。

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――今日は羽生さんの「三部作」について、お話を……。
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羽生:(唐突に)IT業界には、ちゃんと取材して、ちゃんと記事を書ける人が圧倒的に足りないと常々思ってるんですよ。どうみても「お前、技術知らないじゃん!」っていう感じの人が、思いつきで書いている感がすごいじゃないですか。

――そ、そうですね……。大森(敏行)さん[2]技術を理解しようとしない記者はいずれ駆逐されるという記事を書いてましたね。でも、記者がITの専門家である必要はないので、なかなか難しいところじゃないですか?

羽生:確かにそうなんだけど、どんだけ取材しても「俺は作ってねえもん」っていう距離感が残るじゃないですか。そういう距離感だと、いつまでもユーザーの代表にすらなれない気がして。

――なるほど。

羽生:と、思っていたところに、角さんが「インタビュー記事を書きたい!」みたいなことをFacebookに書いてて。これはいいやと。

――いいところにカモが。

羽生:そうそう(笑⁠⁠。だから、技術者の視点で、三部作の話をインタビューしてくださいよと。

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憧れてもらえるような記事を作らないとダメ

羽生:でね、本題に入る前にね、永野護って漫画家[3]いるじゃないですか。⁠ファイブスター物語』の。

――えっ?(何の話なんだ?)はい、いますね。

羽生:『月刊ニュータイプ』※4の初代編集長が井上伸一郎さん[5]なんですけど、彼が永野護にほれ込んで、漫画を描くべきと説得して連載を開始したら、ファイブスターがすっげぇ売れて。そしたらニュータイプもガーっと伸びたんですよ。

――なつかしい。ぼくも小学生の頃に『ニュータイプ』を買ってましたよ。

羽生:井上さんが永野護に対する思いを語るみたいなインタビューがあって、それ読んでなるほどなーって思ったことがあるんだけど、永野護が海外から来日したアーティストみたいになるように、一人称を「俺」にするとか、わざと翻訳調っぽくするとか、生意気な口調のトーンにしてみるとか、とにかくをカッコよく見せたんだって。若い子が「俺もこうなりたい」と憧れて、業界に入ってくるみたいな。そういうのをやらないといけないと思ったんだって言うのね。

――ニュータイプという雑誌自体も、他のアニメ雑誌と比べるとスタイリッシュな感じでしたよね。

羽生:そうそう、そこに意思が込められてるわけですよ。こういう風に見せなきゃ、若い子たちが来なくなって、業界が先細っちゃうよと。それで、今だと、子どもが憧れる職業に「プログラマ」とか「YouTuber」とかが出てくるようになってるわけじゃないですか。

――YouTuberは本当に人気ですね。

羽生:そこから話を戻すんだけど、IT業界でも同じで、若い子たちに憧れてもらえるような記事を作らないとダメなんじゃないかと。

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――もっとスタイリッシュな?

羽生:スタイリッシュでなくていいのよ。でも「失われた10年」※6と言われ続けて、さらに10年の20年になっちゃって[7]⁠、SIってダメだよねーってディスり続けるんじゃなくて、じゃあどんなんがカッコいいのか? っていうのを、大人が示していかなきゃいかんなと。2020年から学校でプログラミングが必修です[8]とか言っても、肝心のプログラマのほうが憧れられる要素を見失っているんじゃないかと。

知らないことって思いつけない

――ぼくはCoderDojoすぎなみ[9]っていう子ども向けのプログラミング道場を主催しているんですけど、子どもたちはプログラミングやるといっても、だいたいみんなScratch[10]でゲーム作ってますね。

羽生:僕がこの業界に入ったときも「コンピュータの仕事してる」って言ったら「ゲーム作ってんのか?」って聞かれてたから、一般的なプログラミングのイメージって、30年経った今もあんまり変わってないってことなんじゃない?

――まあ、ゲームはゲームで面白いからいいんですけど、それ以外にも選択肢があることを気づいてくれるといいなあと。惑星の動きをシミュレーションするプログラムを作りたいとか、何人かはそういう子はいるんですけど。

羽生:業務システムとか、子どもたちには見えないじゃない。

――さすがに見えないでしょうね。まあ、「業務システム作りたい」っていう子どもが来たら、それはそれでウケますけどね。

羽生:うん(笑⁠⁠。でね、昔から言ってんだけど、営業とか店の、ケーキ屋さんとかそういうね、B2Cというか、そういうのは子供たちにも見えてるんだけど、でもその後ろの、バックステージって見えないじゃないですか。たとえば「経理」だったらドラマにもありそうだから想像つくんですけど、⁠生産管理」とか絶対わかんないわけですよ。

――わかんないですね(笑)。

羽生:だからね、知らないことって思いつけないわけですよ。そういう意味では、最近だとSF(サイエンスフィクション)の成分というか、未来を妄想するイメージ力が今の子どもたちには足りないと思ってて。そうした妄想の延長に、新しい職業とか、それを支える業務システムがあって、そこまで想像できる子が一人でも出てきたら、日本のジェフ・ベゾス[11]になるんだと僕は思ってるんですよ。

――ジェフ・ベゾスなんですか?
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ジェフ・ベゾスは21世紀の松下幸之助

羽生:日本にスティーブ・ジョブズがいないってよく言われるけど、それを言ってる時点でもう間違ってて。俺たちが負けを認めるべきは、単品のイケてる製品を作れたやつどうこうじゃなくて、商売を作り出せないことなんですよ。だから、ジェフ・ベゾスは、21世紀の松下幸之助[12]だと思うんですよ。

――「水道哲学」[13]みたいなことですか?

羽生:いや、そうじゃなくて。松下幸之助って元々技術屋じゃないですか。

――電球のソケットとか。

羽生:そうそう。あの人の伝記を見ると、最初の頃って「技術の神様」って言われてたんですよ。それがね「販売の神様」って言われるようになって。

――それで、最後は……。

羽生:「経営の神様」なんですよ!

――すごいですね。出世魚みたい(笑)。

羽生:ジェフ・ベゾスも元々エンジニアじゃないですか。技術があって、売り方が上手くって、最終的にはエコシステムをここまで成立させて。

――だいたい同じルートですね。

羽生:一時期ね、学生のスタートアップ育成ブームあったじゃない。その頃に沖縄の大学で、スタートアップを目指す学生向け授業の非常勤講師をやったりしたんですけど、他の人たちは学生にモノだけを作らせようとするんですよ。そうじゃないだろうって。新しい商売を思いつくっていうのが大事なんじゃねぇのと。

――スタートアップを目指すならそこまでやらないとですね。

羽生:誰かの困りごとを解決するみたいな話っていうのは、単なる改善の延長だから。もちろんそれが出てきてもいいとは思うんだけど。商売をひらめかないのは、そもそものインプットが足りないのかなみたいなのがあってね。

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――なるほど。ところで、ここまで本の話をまったくしてませんね。

羽生:もうそろそろ始めないと(笑⁠⁠。

三部作は表紙がつながっている

――三部作でぼくが一番気になったのは「表紙」なんですよ。表紙がちゃんとつながっている。

羽生:うん、うん。三部作の表紙がつながるってすごいよね。

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――執筆期間は全体で3年くらいですよね。最初からちゃんと最後までつながるようにした……

羽生:へへへ(笑⁠⁠。

――……わけではない(笑)。

羽生:わけではないです、実は。そもそも、この手の上流工程とか要件定義の本って、分厚くて・でかくて・重い、っていうのが定番じゃないですか。そういうのとは違ったのを作りたくて。

――なるほど。

羽生:本の企画を作ったのが、ちょうどリーマンショックの後くらいで、プロジェクトからベテランが軒並み消えちゃってたという時代背景があるんだけどね。SIからいなくなって、ソシャゲ業界に行っちゃいましたーみたいな。

――30~40代がいなくなった感じですかね。

羽生:30~40代もすごい減ったんだけど、50代とか経験値の高い人たちも早期退職をくらってるんですよ。だから、プロパーに経験豊富な人たちがぜんぜんいなくて、言葉は悪いけど、自称だったり、そこの会社的には「ベテラン」ってことになってるけど、実際にはいろいろと足りてない人が多数いて、みたいなね。おかげで僕も含めて上流工程の経験のある外注の人たちには、とにかくいっぱい仕事があって。もうね、ちんちんに焼けてる石をね、まさに火中の栗を取りに行く感じの、そういう仕事だらけ。

――もう焼けてるんですか。

羽生:焼けてるんですよ。

何をやるかというと、要件定義ですよね

羽生:プロジェクトは始まってるんだけど、何も始まってない、みたいなね。始まって半年くらい経ってるんだけど、何やっていいのかわかんない。そういうのをわかって仕切ってた人たちが、みんないなくなってるんで。じゃあ、外注の僕らが何をやるかというと、要件定義ですよね。そういう状況の中で、僕はすごく怖くなっちゃって。プロパーの人たちは「何か作業があればやりますよ」みたいなことを言ってくれるんだけど、外注の僕らが仕切るのを口開けて待ってるだけ、みたいなね。

――立場が逆転してますね。

羽生:でもね、プロパーの人たちも忙しいんですよ。朝から晩までお客さんに呼びつけられて。だって、何も進んでないんだから。呼びつけられて怒られて、いついつまでにこういう資料を持ってきてもらわないと困る、みたいなこと言われて、⁠ははーっ!(土下座⁠⁠」とか言っちゃうわけ。で、よくわかんない資料をいっぱい作ってんの。夜中まで。

――頑張って作っても、あんまり意味なさそうですね。

羽生:そうなんだよ。毎週毎週、変なフォーマットが増えていくの。⁠それ書いてなんの役に立つんだ?」って話なんだけど「お客さんが言うから」と。彼らは忙しすぎてね、分厚い要件定義の本があっても、こりゃ読まねえわと。

――確かに。
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羽生:でも、そんな彼らでも、ちょっと手が空いたらスマホでTwitterのタイムラインをぼーっと見てるんですよ。そしたら、タイムラインを見るぐらいなら、電車の中でパラパラっと見れるような、薄くて・ちっさくって・軽くって、絵がいっぱいの本だったら、彼らでも読めるんじゃないかと。当時は食べ物ブログの時代でもあったんで、要は「写真」なんですよね。そういう上流工程の本が必要なんだろうなと。それが、僕の中で段々使命感になってきて。

美味しそうな表紙

羽生:そういう中で、この本(⁠⁠はじめよう! 要件定義⁠⁠)の企画があって、本文を書き上げて、最後の最後に表紙案がいくつか出てきたんだけど、プログラミングの技術書としてはよくても、当初の狙いからズレてるということで、編集者に指摘して。⁠美味しそうな表紙でないとダメなんですよ!!」みたいな。

――そこが、当時の食べ物ブログにつながってるんですね。

羽生:それで、表紙のデザイナーさんから、この本の中で「この一枚」はどれですか? って聞かれたときに「いやいや、もうそれはこれですよ!」って言って答えたのが、⁠12ページ」の図。

『はじめよう! 要件定義』12ページの図「物事には材料が必要」
『はじめよう! 要件定義』12ページの図「物事には材料が必要」
――目玉焼き。

羽生:そう。なんか美味しそうで食べたくなるような、っていうイメージを伝えて、そこから出てきたのがこの表紙なんですよ。

――そうすると、問題は(テーブルのつなぎめを指して)「ここ」ですよね。

羽生:そうなんですよ、たまたま、たまたま(大事なことなので2回言いました⁠⁠、このラインがあったから、次に作るときに合わせることができて。一冊で終わるはずだったので、まさか横に広がるとは思ってなかったです。

――2つになったら、もうルールになりますね。

羽生:まだまだ横に広げるんですよねーみたいな。

――三部作で完結せずに、もっと大きな絵になりそうですね。

次回予告:次こそは本の中身の話をする!

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