「顧客志向経営」――NTTコミュニケーションズが取り組む、経営戦略としてのUXデザイン

  • 「それでも、UXデザインを広めたい。優秀な社員がこんなにいる。もったいない」

NTTコミュニケーションズは今、⁠顧客志向経営」というキーワードのもと、経営戦略としてUXデザインに力を入れはじめています。

経営企画部デジタル・カイゼン・デザイン室の金智之(キム・ジジ)さんは、この大手企業で、UXデザインを経営戦略にまで押し上げたのです。グループ全体で20,000人を超す大企業での新しい取り組み。想像しただけでも、困難が浮かびます。金さんは、いったいどうやって、そこまでUXデザインを波及させていったのでしょうか。

NTTコミュニケーションズ株式会社の金智之さん(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)
NTTコミュニケーションズ株式会社の金智之さん(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)

NTTコミュニケーションズ株式会社の金智之さん(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)にその全貌をうかがいました。

経営戦略の軸を、UXデザインの専門チームが策定した

――今はどのような仕事をされているのですか。

経営企画部デジタル・カイゼン・デザイン室に所属しています。全社のデジタライゼーション推進役として、経営戦略を策定し、推進していく部署です。

今、全社の経営戦略として「顧客志向経営」をキーワードに、推進をはじめています。その軸は、UXデザインを体系づけたものです。

――経営方針として「顧客目線」を謳ってる会社は多くありますよね。どう異なるのでしょうか。

弊社の「顧客志向経営」は、私をはじめとしたUXデザインの専門チームが中心となって策定しました。おっしゃるとおり、顧客目線でのビジネスというのは、どんな会社にも共通するものです。ただ、その経営戦略を、漠然とした号令に留めず、UXデザインの専門家が策定しているケースは、まれなのではないかと思います。

――どうしてUXデザインの専門家が中心となって、経営戦略を策定するのですか。

「顧客志向」とだけ言われても、社員によって、実はいろいろな考えが出てくるからです。社内のそれぞれの部署や立場ごとに、⁠顧客志向」とは何をすることなのか、明確に定義する必要がある。

「顧客志向」が目指すものとともに、目指さないものも明らかにして、現場に伝えていく必要があります。

たとえば営業であれば、とにかくお客様にべったりとつくのが「顧客志向」と思ってしまうようなケースもある。でも、それは、ただの御用聞きです。とくに弊社の場合ですと、法人、BtoBのビジネスが多い。営業は、お客様のビジネスを一緒になってつくりあげる「共創」というところまで踏み込んでこそ「顧客志向」と言える。

さらに「共創」と言っても、具体的にどうやればいいのか、それも言葉だけではわかりません。だから、UXデザインの手法である、たとえばカスタマージャーニーマップや、ステークホールダーマップなどのスキルも、現場で使いこなせるようにする必要があります。

理想論にならず、大企業の経営戦略までUXデザインを押し上げるには

――意味はわかるのですが、現実の問題として、貴社のように、グループ企業の本体だけですでに社員数6,000人を超えるような規模で、全社の経営戦略にまでUXデザインをもっていくのはたいへんに難しく思われます。どうやって経営層にUXデザインの考えを理解してもらったのですか。

まず、現社長の庄司哲也が、もともと「Go to Market」というスローガンをずっと言い続けていた、という背景があります。

お客様視点で考えていく、お客さまに寄り添って考えていく、市場やお客様のニーズ起点でアプローチしていく。⁠社員それぞれに、自分の『Go to Market』を目指してほしい」という、そういうメッセージを社内によく発信していました。

だから、社内には、もともと「Go to Market」というキーワードが広がっていた。みんな、お客様目線が大切だという思いはありました。だから、UXデザインの考えも、親しみやすかった。

経営戦略の軸にUXデザインを採用しても、経営幹部から「たしかにそうだ。あとは具体的にどういう活動にしていくかだ」と受け入れてもらえました。

時間をかけて、経営層と合意をつくっていく

――経営層との合意には、どれくらいの時間がかかったのですか。

「顧客志向経営」というキーワードと、それを具体的な方針にして、オーソライズを得るまでには、やはり、それなりに時間がかかりました。2016年11月から、全社を巻き込んだ取り組みにしよう、として動きはじめて、全社会議でOKがでたのが、今年2017年8月です。約1年間かかりました。

半年ほどは、ずっと幹部と話をしたり、計画をより密にする。⁠顧客志向経営」が、既存の戦略にどのように寄与するのか、細かく詰めていく作業を、ひたすらしていました。

すべての部署にかかわるので、まずステークホルダーを洗い出すところからです。経営層、広報、人事、それぞれの部署。それぞれが「顧客志向経営」を推進する理由。どうして取り組む意味があるのか、その価値を、部署ごとにすべて書き出していきました。

「顧客志向経営」には、大方針が4つあります。その下に11個のカテゴリがあり、さらにそれが167のアクションになっている。それぞれに3ヶ年計画がある。そこまで落とし込んだのが全体像です。

具体的には、顧客ロイヤリティ指標や、スキルセットの体系化、先行事例の展開。あるいは、研修制度。まずは幹部向けに、この年末年始にがっつりした研修をする予定です。ほかにも、社内のコミュニティの創立、デザイナー職の新設、といったものも含まれています。

それを書いて、幹部やステークホルダーと、ひとつひとつ話をして、納得してもらうという活動をしていきました。

3年前に苦労した経験が、今の現場への展開活動のノウハウに

――経営幹部向けに合意を得たとしても、それを現場につなげていくのは、また難しいと思うのですが、どのようにしているのですか。

それには、ちょっと過去の話をすると、3年前に、一度、全社で同じような動きがあったんです。

カスタマーサポートの部署からのボトムアップで、⁠これからはサービスデザインだ」と熱が入ったことがありました。

背景として、お客様と直接にふれるカスタマーサポートの部署には、お客様からの貴重なご意見がたくさん集まります。ただ、改善しようとしたとき、そもそものサービス全体の設計にまで踏み込まなければならない。それには、カスタマーサポートの部署と、サービスを設計する部署が、一緒になって、お客様がサービスを通して受ける体験の全体を良くしていく必要がある。

「それにはサービスデザインだ」ということになり、ボトムアップの声を受けて、社長が「やる」と方針を出しました。

弊社は、セールス(営業⁠⁠、サービス、オペレーション、スタッフと、大きく4つの組織があるのですが、その中から、まずはセールス・サービス・オペレーションの15ほどあるすべての部署に、UXのリーダーを立てる、という話になりました。

ただ、そのような速い流れで、全社に展開したため、UXデザインに触れたこともない社員たちが、突然にUXのリーダーになり、それぞれの部署でUXを推進しなければならなくなった。

そのとき、私のチームは、UXデザインについては、社内での第一人者でした。そこで、各部署から呼ばれ、具体的に何を進めればいいのか、15ほどの部署をひとつひとつコンサルティングして回るということをしました。

しかし、3年前のそのときは、現場に前提がないなかで、いきなり広げたので、たとえば、UXデザインの研修を受けても、自部署に戻ってきてやろうとすると、チームの理解が得られなくてやめてしまう、ということも起きていました。

今振り返ると、社内で、UXのリーダーが孤独にならないようなセーフティネット、コミュニティがなかったのが問題でした。あるいは、先行事例も少なかった。UXデザインを現場に広げていくために準備しておくべき体系的なノウハウなどを、洗い出しきれていなかった。

だから、今回は過去のノウハウを活かして、全体像として必要なものを、すべて洗い出して、3ヵ年計画でひとつひとつ、全社規模でつくっていくことにしました。

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現場まで経営戦略としてのUXデザインを届けるには

――現場との距離を縮めるためには、どうすればいいのでしょうか。

方針を一方的に押しつけないことです。それぞれの部署、それぞれの立場ごとに、彼らがもともとやろうとしているものがある。その悩みのポイントを見つけて、そこに刺さるように、話を伝えていく。うまく一緒に活動できる枠組みをつくっていく。それが基本です。

弊社は、セールス(営業⁠⁠、サービス、オペレーションと、大きく3つの機能別組織に分かれていて、それぞれに戦略部門があります。

たとえば営業戦略では、お客様と「共創」できる人材を育成していこう、としている。それはUXデザインの得意なところです。だから、その部分から一緒にやっていく。

サービス戦略では、新たな事業創造と、既存事業の更なる強化を目指しているので、これもまたUXデザインと相性が良い領域です。

オペレーション戦略では、カスタマーサポートの品質を上げていきたい。そのために、もともと彼らが顧客ロイヤリティの指標を取っていました。そういった部分は、目的が一致します。

経営から現場へと、活動を進めていくには、層がいくつもあるんです。経営幹部が「やろう」と言っても、組織はすぐには動かない。中間層にもミッションがあって、そこが腹落ちしないと、現場は動かない。そこを、ひとつひとつ解きほぐしていくことを、地道にやっています。

あとは、いくつかの部署 では、以前から一緒にUXデザインの取り組みをしているところもあり、そういう部署とは、先行して成功事例をつくっています。成果がちゃんと出る、ということを見せる。

20近くあるそれぞれの部署に、UXの専門家をつくっていく

――全社という範囲に展開しようとすると、経営企画部のメンバーだけでは対応できないのではないでしょうか。

もちろん、私たちだけで、すべてのプロジェクトが見られるわけはありません。そこで、20近くあるそれぞれの部署に「カタリスト(各部署に設定し、部署内の活動を支援する役割⁠⁠」という、UXデザインの専門家をつくろうとしています。そして彼らを、私たちのチームがバックアップする。

どの部署にも、その事業を改善するための仕事をしている人がいます。たとえば営業だと共創を推進していくための特別チームがある。そういう人たちをサポートするかたちで、一緒に入って、実践しながらプロセスをつくる。やがて「カタリスト」として活躍してもらう。

「カタリスト」が増えてきたら、やがて会社の人事制度としても、デザイン人材を定義する予定です。そうすると新しい人材の採用や、デザイナーの採用ができる。デザイン人材の社内のキャリアパスできる。社員のなかからも、そういうキャリアを目指す人が出てくる。そうしたら、さらにデザイン人材が増える、というように回っていきます。

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1人の気持ちから始まって、全社まで動かした

――お話をお伺いしていて、たいへんな仕事だと思いました。金さんご自身に、その仕事を推進していくモチベーションは、どうして生まれたんですか。

もともとは、2010年まで遡ります。部内の新規事業創出のコンテストで、私が優勝したんです。優勝して、事業をつくってよい、ということになって、取り組みはじめた。ただ、会社のなかで事業を生み出すとか、事業を育てていこうとすると、どうしても構造上、ビジネス目線に寄ってしまったりして、お客様目線に撤しきれない。

社員にはポテンシャルが高い人が多い。それなのに、その可能性がなかなか発揮し切れていない感じがする。もったいないと思いました。うまくやり方を変えれば、もっと成果が出てたり、お客様によりよい価値を提供できそうな気がする。そのためには、UXデザインの考えが広まるといい。

私の興味は、事業創出から始まって、そもそも事業創出をしやすい社内の仕組みづくりへと移っていきました。

そんなとき、私が所属していたR&D部門の所長が柔軟な方で、社員が肩書きに依存せず誰でもユニットをつくっていい、という方針を出してくれました。それで、私がリーダーになって、4人でUXデザインの専門チームを立ち上げたんです。

そこから始まって、やがて全社のサービスデザインの動きがあり、さまざまな部署と関わりを持ちました。そうして、今は経営企画部に合流して、全社の経営戦略にUXデザインを含めることになりました。

優秀な社員がいっぱいいる。可能性をもっと引き出したい。もったいない。その気持ちから始まって、ひとつひとつ、じっくりと積み上げて、広げて、今に至ります。困難はたくさんありました。それでも、UXデザインを広めたい。2010年からですから、もう10年近く、粘り強くやってきました。

――ありがとうございました。

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