「UXデザイン」
とは言え、
株式会社クレスコで UXデザイナーを務める鈴村昌司さん
SI企業におけるUXデザインの実際
- ――UXデザインのビジネスで、
SI企業の、 B2Bならではの魅力とは、 どんなところでしょうか。 UXデザインのビジネスをするうえで、
B2Bならではの魅力は、 調査する対象のユーザと、 つくったものを使うユーザが、 「本当に」 同じ人であることです。 B2Cでは、
調査段階でインタビューした相手が、 その後、 できあがったものを買ってくれるのか、 わかりません。インタビューの場限りの関係で終わってしまうかもしれない。だけど、 B2Bでは、 たとえば業務システムをつくると、 調査のときに話を聞いた、 その相手、 その人が使うんです。 自分がつくったもので、
誰が幸せになるのか。それが明らかに個人レベルでわかっている。顔をあわせている。その喜びは、 B2Cとは異なるところだと強く実感しています。 「インタビューしたあの人を笑顔にしたい」
と思えば、 気も引きしまります。
- ――鈴村さんは、
ずっとB2BのUXデザインに携わられていらっしゃるんですよね。 私自身は、
ほぼ20年間、 ずっとUXデザインのビジネスに取り組んできました。 クレスコ自体は、
約1,000名のシステムインテグレータで、 30周年を迎えたところです。B2B、 B2B2Cに特化をしていて、 自社でB2Cのサービスはしていません。 私は、
UXデザインの専門部署を、 2015年から立ち上げました。創設のときは2名しかいませんでしたが、 今は9名まで増えています。
- ――具体的には、
どんな事例があるのですか。 たとえば、
マッサージや岩盤浴をしているお店の受付で使う、 予約システムです。ちょっと昔の事例で、 スマホが世に広まっていない時代でした。皆さん、 電話で予約してくるんですね。 受付の方が、
電話を片手で受けながら、 もう片方の手で紙に書いている。何時から何時、 どのお客様が、 足マッサージで、 コースも30分とか。 その受付業務をシステム化したい、
ということになりました。 そこで、
実際に現場に観察に行きました。受付の方が、 紙を机において電話を持って話をして、 そのスピード感やスペース、 そういった現実世界のものを見させてもらいました。書き込んでいる紙も見ました。すると、 いわゆる時間割表のかたちで書かれていました。 現場を観察して、
この業務のやりかたは崩さないほうがいい、 と判断したのです。そこで、 ひとつの画面でぜんぶの受付業務ができるように設計をしました。 まさに、
インタビューしたその受付の人を幸せにできるように、 システムを設計していったわけです。 B2Bでは、
業務理解が必須っていうのが、 やはり大きい。 業務用なので、
たんに 「使いやすい」 ではなくて、 「業務を進めるうえで使いやすい」 ことが求められます。そのためには、 業務がどうなっているのか、 毎回のプロジェクトごと、 お客様ごとに、 ちゃんと調査しなければならない。画面遷移ひとつにしても、 深い業務理解が必要不可欠なのです。 また、
業務内容のヒアリングにしても、 お客様の中で詳しい人に聞けば済む、 というわけではありません。その業務に熟達している人は、 自分なりの工夫を確立していることがあります。そうすると、 その業務に慣れていない人にも話を聞かないと、 全体像は見えてこない。あるユーザにとっての不便が、 別のユーザにとって便利だったりすることがあり、 また、 その逆もあります。クリックして選択するより、 手入力のほうが早いとか。だから、 こっちも、 あっちも、 そっちも、 と大人数に話を聞かないといけない。 それに通ずるところで、
ペルソナの設定も大変です。ユーザの業務理解度や、 習熟度に濃淡がありすぎることがある。バランスの取れたペルソナがつくりづらい。一生懸命に考えてつくっても、 関係者全体を見渡すと、 どこかがずれている。だから、 ペルソナは複数、 設定することになります。
現場に出る意味――顧客視点に立つ
-
――鈴村さんは、
よく現場に出ているところがすごいな、 と思いました。SI企業の人で、 そこでやる人は珍しくはありませんか? たしかに珍しいと言われることもありますが、
現場には出るべきものだ、 と思っています。 何かをつくるときって、
使う人をちゃんと見てつくらないと、 ろくなものができない。それをよくわかっています。プロジェクトを始めるときに、 現場を見せてくださいと、 こちらから言うことが多いです。 先日も、
機械点検のシステムのプロジェクトで、 現場に行きました。今、 紙で書いているものをシステム化したい、 ということで、 紙で何をしているのか、 観察させてもらうため、 関西まで行きました。 ビルの中の機械の点検を見たあとに、
プラントの機械点検のやりかたを見ました。すると、 同じ機械点検なんですが、 まったくやりかたが異なったんです。紙は使っているんだけど、 紙の書きかたも異なる、 項目も異なる、 でも、 最後に出てくるアウトプットは似ている。 現場では、
そういうことが起こっていたりする。紙の書式をシステムに統一するのなら、 何を取捨選択するか、 考えなければならない。これは、 やはり現場を観察して、 業務を理解しないとできません。 現場を見られるという意味では、
ひょっとするとB2CよりもB2Bのほうがやりやすいかもしれないですね。 コンシューマだと、
ユーザ調査をするために、 ユーザをリクルーティングしたり、 テストルームを手配したり、 コストがかかる。B2Bでは、 現場はそこにありますから、 きちんと交渉すれば、 行くことができる。
SI企業ならではのUXデザインの特徴
- ――他には、
SI企業の、 B2BのUXデザインには、 どんな特徴があるのでしょうか。 いくつかあります。
UXデザインの、
B2Bのビジネスで特徴的なのは、 提案するときに、 事例が紹介しづらい、 ということがあります。過去のプロジェクトでつくった成果物も、 社内業務システムだったりすると、 たいていは非公開なんですね。別のお客様に事例紹介として持っていくことができない。 提案時に、
これから取り組むプロジェクトのイメージをつかんでいただくのが難しいです。なので、 わざわざ提案専用のサンプルを作成し、 提案しています。これは、 いつもちょっと困る点ですね。B2Cで、 すでに一般公開されているようなものがあれば、 提案時の参考として持っていけるのですが、 B2Bではそれが難しい。 それから、
B2Bのプロジェクトを進めるうえで苦労するといえば、 ステークホルダーがとても多い、 ということです。 お客様のシステム部門、
そのさらに先にユーザ部門がある。それに加えて、 周辺の関係者というのがいて、 それらの意見をすべて吸い上げなくてはならない。ボタンの位置をちょっと変えるだけでも、 いろんな部署に確認を取るとか、 ひとつひとつ決めることに、 ものすごい時間がかかることがあります。 あとは、
まれにですが、 システム部門の方が、 つくろうとしているものの背景、 業務を知らない、 ということがあります。そうすると、 お客様の中で、 プロジェクトをリードしていく人がいない。われわれで、 新しい業務イメージを、 ゼロから手探りでつくらないといけない。広い範囲にヒアリングしないといけない。そういうケースもあります。 - ――B2Bならではの悩みがあるのですね。
B2BのUXデザインプロジェクト、
という点では、 その 「UXデザイン」 の指すところが、 人によって認識がバラバラだ、 ということもあります。 業務システムのUXデザインは、
使っているその瞬間のユーザ体験に重きがある、 というケースが多い。 ところが、
「UXデザイン」 という言葉が人によって意味するところが異なって、 会話が噛み合わない、 ということがちらほらあります。ユーザ体験とユーザインターフェースの区別がついていないこともある。ユーザビリティが良くないのに、 UXデザインが良くない、 というような会話になることもある。注意して、 お客様の真意を聞き取らないといけない。 - ――
「UXデザイン」 という言葉自体は、 顧客は知っているのですか。 「UXデザイン」
という言葉は、 お客様もほぼご存知です。デザイン思考やイノベーションの分野でも、 出てくる言葉なので、 だいぶ認知度は上がっています。 最近の流れでは、
大手企業を中心に、 要求仕様書の中に 「UXデザインの専門家を参画させてください」 と記載されていることも増えてきました。 他方で
「UXデザイン」 という言葉が広まったために、 お客様が、 UXデザインにすごい期待感を持っていることがあります。UXデザイナーが 「答え」 を持っていると、 思っている方がいらっしゃる。 UXデザイナーは答えを持っていません。では、
どこに答えがあるのかというと、 ユーザの中にある。UXデザインは、 ティーチングじゃなくてコーチングみたいなもの。コーチングはあなたの中にあるものを引き出す行動です。同じように、 UXデザイナーは、 ユーザにいろいろ問いかけをしながら、 解決策を見出していく存在だと考えます。 探している答え―それはユーザの中にあるのです。
- ――ありがとうございました。