インタビュー

消える受注,早まる納期,そして気づいた「待ってくれる人」の大切さ ――印刷会社から見た「コロナと同人の1年間」

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コミケ延期のもたらすもの

――厳しい話題が続きましたが,さらに厳しい話題に入りたいと思います。印刷所の経営状況を心配する声を同人界隈から聞いています。サンライズさんのお仕事は同人関連が主とのことでしたが,経営状況は大丈夫なのでしょうか。

中村:大丈夫じゃない(笑⁠⁠。 コミケ※5がない影響は大きい。コミケがなくなり,売上の数字は半分くらいになっています。

――半分……。他社さんも似たような状況と思ってよいでしょうか。

中村:他社のことはわからないです。売上に占める同人誌の比率が少なければそれだけ売上の減少割合も減るし,逆も言えます。ただ,⁠とらのあな」などの専門書店が店舗数を減らしている状況は気になります※6⁠。こうした動きは新しい本が入荷しない状況が原因にあります。書店に新刊が流れていないということは,どこも印刷していないということになるのではないでしょうか。今まではコミケなどを機に一気に出る新刊を作り,書店がそれを取り込むというスタイルでした。しかし,それができず,作家の方も作りたいという気持ちが高まらない。

――同人のエコシステムが機能しなくなってしまっているということでしょうか。そういった意味では,昨年夏に日本同人誌印刷業組合の岡田一理事長(栄光)「10月以降に事業継続を断念せざるを得ないケースが出てくる」可能性を指摘していた点が気になります。

中村:それは昨年の夏の時点での話だと思います。今のところは,どこもまだ頑張って耐えています。ただ,GWのコミケがなくなったのは痛い。今年の冬に開催されても,最後に開催された2019年冬から2年のブランクが空くことになります。その影響は出るかもしれません。

――発行部数の具体的な数字の変化はわかりますでしょうか。

中村:コミケだと1,000部以上刷る案件が全体受注の1割以上はありました。それが激減してしまった。逆に,100部以下の小ロット印刷の多くはオンデマンド印刷で受けていましたが,従来はオフセットの4倍くらいあったものが同程度にまで減ってしまいました。つまり,大規模案件も小ロットも両方減ってしまった。小ロット印刷の場合は手数料の関係で書店流通も難しいです。サンライズでは作ったものを通販で販売できるサービスも行っていますが,利用者が伸びているとは言えません。結局,リアルなイベントでの交流が大事だったのだというのが今のところの結論です。

――先日コミックマーケット99の延期がアナウンスされましたが,これまでのお話からするとコミケが開催されないインパクトは印刷所にとってかなり大きいということでしょうか。

中村:会社によりけりな部分もあるとは思います。実は,コミケは男性参加者の割合が増加傾向で,女性参加者は通年で開催されるジャンル特化のコミックシティ※7に参加する方が多いようです。結果,女性向け作品を扱う量によっては,コミケ前後の女性向けのイベントの方が忙しいという印刷会社もあります。ただし,それでもコミケが開かれない影響がゼロということはないと思います。たとえば,コミックシティは来場者が5万人くらいですが,コミケはその3倍,4倍の規模になります。コミケで動くお金は大きく,そういう意味では特別なイベントです。

コミックマーケット99は延期がアナウンスされたコミックマーケット公式Webサイトの告知より)

コミックマーケット99は延期がアナウンスされた(コミックマーケット公式Webサイトの告知より)

※5)
日本最大の同人誌即売会。正式名称はコミックマーケット。通例では年2回開催され,それぞれ3日にわたり行われていた。2019年12月に行われた「コミックマーケット97」では合計75万人が来場した。2020年はGWと年末に行われる予定だったが,ともに新型コロナウイルス感染症対策を理由に中止(延期)となった。2020年11月には2021年のGWの開催をアナウンスしたものの,翌年3月には延期のアナウンスがなされた。
※6)
「とらのあな」は同人誌を中心にコミックやグッズなどの販売を行う専門書店。1994年より続く老舗で,全国的に店舗を展開していた。しかし,2020年6月から8月にかけて静岡・三宮・仙台・横浜・町田・京都・新潟・福岡の8店舗を閉店。なかでも,仙台・横浜・町田・京都の4店舗の閉店は,新型コロナウイルス感染症の流行による利用客の減少が原因にあると「閉店のお知らせ」でアナウンスされていた。
※7)
東京・大阪・福岡の3都市で行われる即売会。各都市年に複数回行われるが,中でも東京と大阪で行われるSUPER COMIC CITY(通称「スパコミ⁠⁠)は国内最大規模の同人イベントのひとつとなっている。本文にあるように,女性向け作品の発表が活発なのが特徴。

イベントとは「待ってくれる人に出会う場所」

――ここまではコロナ禍における同人業界を印刷所の目線から語っていただきました。ここからは少しテーマを変えて,「同人誌を作る意味」について伺いたいです。コロナ禍によって創作意欲が減退したことを指摘するアンケート結果もあります。印刷所から見ても,作家の方のモチベーションに変化は感じましたか。

中村:お家時間が増えて原稿を作る時間は増えましたが,実はイベントと締切の存在が大事だったと思います。イベントと締切があるから頑張れる。イベントがあるというのは本を読んでくれる人が待っているということです。それが頑張れる原動力。イベントがないと待ってくれる人に出会えません。

二次創作の場合は,原作が動いていることもモチベーション維持に重要です。ある人気アニメは映画が延期になってしまいましたが,そうなると気持ちが盛り上がりません。イベントといえば,ファン向けのオフィシャルイベントが開催されないのも,⁠作品を好きな気持ち」の盛り上がりの面ではマイナスだと思います。

――中村代表はリアルなイベントを大事にしている方だと思います。一方で「エアコミケ」※8などのオンラインイベントやBOOTH※9などのWebサービスが存在感を持った1年でもあったとも思います。物理的な場所や本を必要としてないという意味では印刷所から見ると必ずしもプラスとはいえないようにも思えますが,このような動きやサービスにはどのようなお考えをお持ちでしょうか。

中村:作品の発表の場が多様化しているのは間違いないし,裾野も広がっているとは思います。ただ,印刷会社としては正直歓迎しづらい。作品を作る力をつけて紙の本に落とし込んでほしいです。リアルなイベントでは「衝動買い」をできます。人だかりができているサークルが気になってつい買ってしまうとか,思いがけない作品との出会いがオンライン上ではない。オンラインにはオンラインの良さがあるので否定はしませんが,リアルと共存しながらそれぞれ発展すればいいと思います。

Web上で同人誌やグッズの販売を行えるサービス「BOOTH」

Web上で同人誌やグッズの販売を行えるサービス「BOOTH」

――コロナ禍以前からTwitterやpixivで作品を発表できましたが,同人誌は作られ続けてきました。これはどうしてでしょうか。長年同人印刷に携わられてきた経験からお考えを伺いたいです。

中村:同人誌にはコレクションアイテムの側面もあります。それをデータにするという段階には達していないということだと思います。それに,デジタルコンテンツをリアルな本と同じ値段で買うことに抵抗がある人もいます。

それに,現物があるというのはストーリーを読むだけではありません。印刷の形状や紙の種類,色の表現なども含めて1つの作品です。原稿そのものを読むだけならデジタルでいいですが,本の作りまで含めるのが同人誌だと思います。

※8)
2020年5月に開催予定であったコミックマーケット98が中止となった際に発生した企画。コミックマーケットの運営団体(コミケット準備会)が公式に呼びかけ・活動を行っていたものの,⁠エアコミケ』という名称などがすでに自然発生的に利用されている」自ら説明しているように,元々はTwitterなどのSNS上で参加者が自ら楽しむためにはじめた側面が強い。2020年12月のコミックマーケット99が延期となった際にも「エアコミケ2」が行われた。また,同様の試みは「エアコミティア」などほかのイベントでも行われている。
※9)
pixivが運営するオンラインマーケット。紙の本やグッズなどの通販とデータの販売両方を行っており,扱っているアイテムも多岐にわたる。また,Web即売会をコロナ禍以前から行っている。

著者プロフィール

石井智洋(いしいちひろ)

株式会社技術評論社 書籍編集部。情報処理技術者試験の関連書籍のほか,『魅せる!同人誌のデザイン講座――Before-Afterでわかる試したくなるアイデア&テクニック』,『会計ソフトのすき間を埋める 経理のExcel仕事術』,『Q&Aでわかる テレワークの労務・法務・情報セキュリティ』など,いろいろ担当。

Twitter:@isicihi

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