ユーザの思考が辿れるようになるまで深くユーザを理解する――トラックメーカーで働く人々が使う道具を支えるUXデザイン

三菱ふそうトラック・バス株式会社へ、IT系の1人目のデザイナーとして入社した三宅智子さん。事業を横串で支援するITプロセス本部に所属し、内製での新規開発や、業務効率化を行っています。デザイナーとして現場でどのような活躍をされているのか、お話を伺いました。

三菱ふそうトラック・バス株式会社三宅智子さん
三菱ふそうトラック・バス株式会社三宅智子さん

それまで、トラックメーカーのデザイナーといえば内装やトラック自体のデザインを行う職種でした。三宅さんはIT系の部署に所属するデザイナーとして、リサーチの計画から実施、UXデザイン、実装後のテスト、ローンチ後の対応までの領域を担っています。

三宅さんが入社したのは2016年。以前は、医療系のSaaSを提供する企業で、新規開拓営業や事業開発を行っていました。妊娠出産を経ても長期的に働きたいと考え、経験の幅を広げるために三菱ふそうトラック・バス株式会社に入社。1人目のデザイナーだったため、入社してからリサーチやUIデザインのみならず、マーケットに出す前の営業マン向けのプロダクト研修や、プロモーション動画のディレクション、プレスリリース時のスピーチの内容の検討まで関わったそう。三宅さんが参画した、トラックやバスなどの商用車のメンテナンスサービスにおけるHCDの適用事例を教えていただきました。

とにかく現場に足を運び、事実を集めユーザの思考を辿る

三宅さんが関わったのは、商用車の車検から日常のちょっとした不具合まで、あらゆる整備を対象としたサービス。三菱ふそうトラック・バス株式会社には全国に約190の直営販売・サービス拠点がありますが、ホワイトボードを使って手書きで情報を管理していたため、日々の業務に関するデータが残らない状態でした。

そのため、日々の業務の業績への影響を分析できず、現場のベストプラクティスも共有できないという課題がありました。そこで、サービスの工程を、紙やホワイトボードではなくデジタルで管理することになりました。

三宅さんの参画前にすでにデモ版が作成され、現場からは30個ほどのフィードバックが集まっていました。しかし、どのように対処すれば良いか分からず、プロジェクトが停滞している状態だったといいます。

初期のプロトタイプの写真
初期のプロトタイプの写真

上記のプロトタイプでは、どの場所で何の作業が何時から行われるかが一覧になっています。左の列が整備をする場所、右側のエリアは会議室予約のように時間が指定されています。色の付いた四角が1つの整備のサービス、色は車種の違いを表しているそう。

三宅さんが参画してはじめに行ったのが、プロジェクトの中心となっていた支店に行き、ひたすら現場の環境とそこで行われている業務を観察すること。行き来する現場の方たちに声をかけ、そこにある書類や引き出しの意味、書類を移動させるタイミング、ホワイトボードに書かれている情報の意味やマグネットの色の違いまでつぶさに探っていきました。紙の資料を使った業務が多かったため、持ち帰れそうな資料はコピーを取り持ち帰ったそう。

「現場にある資料は、ユーザの行動の証拠」と三宅さん。必ず実際に記入されている書類を入手し、記載されている情報が他のどの情報と紐付いているのかを分析します。実際に行われていることを集め、事実からその理由を掘り下げていくそう。情報の重要度や背景は、現場に行ってみないと分からないと三宅さんは語ります。

現場のホワイトボードの様子
現場のホワイトボードの様子

「自分の目で見て、ユーザの雰囲気を感じないと分からないんです。浴びるように情報を得て、ユーザがどのようなロジックでその意思決定に至っているのか、整合性が取れるところまで理解します。1つの課題に対して解決策は多様にあります。ユーザがその行動に至った理由は、その場の制約や文化的な背景、組織上の課題にあると思っています。」

現場の観察と分析によって明らかになった、使いにくさの理由

現場の観察結果の分析を行った結果、業務上の着眼点の違いによって、大きく3つの違いがあることが定義できました。もともと違う会社が合流しているという背景もあり、現場の業務の進め方が異なっていたのです。同じ業務でも考え方が全く異なるため、少なくとも3パターンの見せ方が必要なことが明らかになりました。

三宅さんの参画前に開発されていたデモ版は、作業場所を軸にしたシステムになっていました。1つの業務の進め方をすべての現場に適用する考え方だったため、全国の支店で利用した際に、使いにくいという声が挙がっていたのです。業務フローのギャップにより、全く使えない現場もあったといいます。このような業務の背景を明らかにしないまま、ユーザからの機能の要望をうけて開発していたため、使いにくさが改善されなかったことが分かりました。

「私が入るまでは、ユーザに⁠どうして使えないのですか、使えないところを教えてください⁠と聞いていたんです。私が人よりたくさんやっていることは、行動を見ることだと思います。」

業務フローの写真
業務フローの写真

観察と分析から明らかになった業務フローは、上記のように細かくまとめられました。誰がタスクの実施者で、何をきっかけにタスクが始まり、どこの項目を見て、何を目的としてどのような行動を取っているのか。情報のインプット、アウトプットが丁寧にかみ砕き言語化されています。このように業務フローを整理していくうちに、次の作業に移るための前提条件が何なのか、抜けているステップがないか、整合性が取れないことに気づき、リサーチでの不足点が分かってくるといいます。業務フローを言語化することを通して、ユーザとなる人たちの思考を理解し、再現しているのだと三宅さん。

「ユーザの方に、⁠三宅さんって俺らより業務がわかっていますよね⁠と言われたことがあって、本当にうれしかったです。」

上手に業務が回っている現場をお手本に業務フローを標準化

プロジェクトの初期段階では1、2拠点で高評価が得られることを目指して短期的に進め、その後全国に広めていったといいます。業務として達成したいことは同じですが、⁠どうやるか」が違っているため、どこまで統一するのか、業務フローの標準化にリサーチの内容が活きました。業務の運用を上手にできている現場を参考に、全国の支店の業務フローの共通点がモデル化され、イレギュラーなフローがどれだけあるのか、見える状態にしました。現場の観察とは別に、現行のプロダクトのユーザビリティ評価も実施しました。

その後、プロジェクトチームのメンバーに対して、現状の問題と、業務フローが3つのパターンに定義できることが共有されました。続いてワークショップを開催し、標準化された業務フローのなかのどの部分をデジタルで行うか、アイデア出しを行ったそう。現場で起こっている代表的な出来事に対して、ニーズとその理由、アイデアを出していきます。これらのアイデアには、緊急度、重要度、業務の実現性により優先度がつけられました。

「業務自体がうまくいくやり方に対してプロダクトをのせないと、プロダクトを作っても使えないものになると思っています。」と三宅さん。業務フロー自体の標準化と効率性の向上、2つのことを考えながらデザインをしているそう。

プロジェクトメンバーとのワークショップの様子
プロジェクトメンバーとのワークショップの様子

また、3拠点以上から裏付けが見つからなければ、システムに取り入れないともいいます。話にあがるだけでは事実ではない場合が多く、既に代替の手段でなんとか実施している形跡が認められるほうが、優先順位が高いそう。新規に要望を受けた際には、業務フローと照らし合わせ、合理性があるかどうか判断します。

「業務の全体の流れを考えたときに、ユーザが欲しいと言っていることが本質的なのか、1つ1つ考えています」と三宅さん。最終的にはビジネスインパクトにつながるかどうかで判断するそう。こうして、本来の目的に対しての解決策をプロダクトや業務の運用として形作っています。

「ユーザから見ても中途半端で、プロジェクトのメンバーの関心度も低く更新されていない機能がある状態は、廃虚みたいなものだと思っています。今価値があるものの価値も下げてしまうので、情報量が無駄なものを、まず1つでも外すべきだと思っています⁠⁠。

優先度の低いものをやらないと決めるマインドセットと、強いチームの作り方

仮説を形にすることによって、何がわからないかがはっきりしてくると三宅さんは話します。このような仮説や優先度付けのマインドセットや思考の方法は、過去に一緒に仕事をした他社のデザイナーから学びました。

「ワーク・ライフ・バランスを考えたとき、限られた時間の中で成果を出さなければいけません。優先順位の低いものはやらないと決める。どうしても仕事のピークはあって、とても忙しくなることもありますが、いかに持続可能でスケーラブルなやり方で仕事と事業を展開していくか。プロジェクトメンバーである以前に1人の人間であり、家庭内での役割もあります。お互いが大切にするものを大事にしながら、誰にとっても安定的に成果を上げ、建設的に成長し続けられる方法を模索することが私にとって重要です⁠⁠。

その後、ワークショップで作成したスケッチを元に、UIワイヤーフレームが検討されていきました。デザインのタスクは、ペアで進めるようにしました。プロジェクトを実施した2016年当時はデザイナー2人でマシン1台を共有し、交代しながらUIの設計作業を進めたそう。今ではオンラインで同時編集が可能な各種ツールを利用しています。作業の際は、作業ひとつひとつの理由を口頭で説明しながら進めます。こうすることで、お互いの考え方の違いに気づき、チーム内の知識やスキルが相乗効果で高められていく、と三宅さんは振り返りました。

こうすることで、チームでの考え方が統一されてくるため、属人化しにくく、メンバーが抜けた際のインパクトが非常に少なくなるメリットにもつながります。

「情報の透明性が上がり、心理的なハードルも下がるため、ペアでやると強いチームになりますね」⁠三宅さん⁠⁠。

ペアデザインの様子
ペアデザインの様子

改善後のUIでは、UI上の文言が現場のユーザが使い慣れている文言に置き換えられました。また、ユースケースや目的が曖昧な機能や業務フローに合わない機能はすべて外したといいます。既存のプロダクトに改善として入れられるアイデアは順次取り込まれ、新規画面に関しては現在開発が進められています。

三宅さんのプロジェクト参画後、1拠点にしか導入されていなかったシステムは10拠点ほどに増え、このうちいくつかの拠点ではホワイトボードがなくても業務を運用できるようになりました。さらに導入拠点は広がっていて、2022年以降、全国的なデジタルトランスフォーメーションが計画されているそう。

改善経過中のシステムを用いた現場での説明
改善経過中のシステムを用いた現場での説明
改善予定のUI写真
改善予定のUI写真

体系立てて経験を言語化することで、認定資格の受験自体が学びに、客観的にも伝えやすくなる

三宅さんは人間中心設計専門家の資格保有者です。社外のデザイナーを探していた際に、認定資格の存在を知りました。それまで自身の経験を言語化する機会がなかったため、受験を決めたそう。はじめは、求められるコンピタンス1つ1つを捉えるのが難しかったといいます。あらためて書籍を読むなどして、HCDの考え方とこれまで行ってきた業務の繋がりを理解していきました。

「事業会社では、最後は利益に繋がらないといけません。プロダクトに触れる前後で、ユーザの行動が変わらないのであれば意味がないと考えていたので、コンピタンスごとの成果を認識するのに苦労しました⁠⁠。

認定資格を受験すること自体が学びになったと言います。

「ユーザの行動を業務フローとして整理しないと理解が深まらないように、経験も構造化しないと、不足点がわからないのではないかと思います⁠⁠。三宅さんはそう語り、書くという行為を通して、デザインに必要な能力のつながりを理解することができ、これまでの経験を高い視点から客観的に見られるようになったそう。そして、どんな問題も、どのような取り組み方で進めれば成果が出るかがわかっていることが大切なのです。

「体系立って学ぶ機会がないと、自分がうまくやれているのかわからない」⁠三宅さん⁠⁠。三宅さんは、第三者機関によって認定してもらえたことによって自信が付いたわけです。

また、認定されたことによって、社内から活動が理解されやすくなったことも効果の1つです。人間中心設計という体系立てられた観点からデザインの良し悪しを伝えることができるため、聞いた相手も受け取りやすく、信頼性が高まるといった良いスパイラルが生まれました。

「国内で数少ないUXプロダクトマネージャーにとっての認定資格だと思います。自称ではなく、認定があることによって、客観的に伝えやすくなります」と、三宅さんは資格取得に対する率直な感想を述べてくれました。

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同じ価値観を持つ仲間を増やすため、社内で勉強会や管理職に向けたデザイン思考のワークショップも実施しています。仕事上、ユーザだけではなく同僚に対しても、その情報を受け取った人が次のステップに行けるかどうかを意識しているそう。⁠最終的に、ユーザの行動が良い方向に変わることをやりたいと考えている」と三宅さん。

「コロナ渦でとくに浮き彫りになった、社会インフラである物流や運送を支える人たちの仕事をお手伝いさせていただいています。仕事には、1日のなかで8時間の時間を割くので、人生においてすごく大切な時間だと考えています。その人たちがプライドを持って仕事ができるように道具を作りたい。道具が悪いせいで仕事ができないというのは、本当にもったいないですよね。道具でかなえられるところはかなえていきたい。わたしのモチベーションはそこにあります⁠⁠。

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