正真正銘のNo.1オープンソース企業へ ―IBMがRed Hatを340億ドルで買収

10月28日(米国時間⁠⁠、日本時間にして10月29日月曜日の早朝に、IBMが約340億ドル、日本円にして約3兆8,000億円でRed Hatを買収するというビッグニュースが流れてきました。買収の完了は1年以内が予定されており、IBMはRed Hatの発行済み株式を1株あたり190ドル、すべてキャッシュで買い取るとしています。

買収を伝えるIBMのリリース
IBM To Acquire Red Hat, Completely Changing The Cloud Landscape And Becoming World's #1 Hybrid Cloud Provider

エンタープライズIT業界では今年、Microsoftによる75億ドルでのGitHub買収という大きなニュースがありましたが、今回のIBMによるRed Hat買収は金額もインパクトもそれをはるかに上回る発表だといえます。

IBMのCEO兼プレジデント兼チェアマンのジニ・ロメッティ(Ginni Rometty)氏はリリースで「Red Hatの買収はゲームチェンジャー。クラウド市場のすべてを変える。IBMはこの買収でハイブリッドクラウドプロバイダのNo.1になり、クラウドの価値を全力で解放する唯一のソリューションを提供していく」とコメントしており、ハイブリッドクラウド市場でNo.1の地位を獲得することが買収の最大の目的であることを明らかにしています。パブリッククラウド市場ではAWS、Microsoft、Googleといった競合に後塵を拝しているIBMですが、⁠Red Hat Enterprise Liux」「Red Hat Openshift Platform」などハイブリッドクラウドに適したオープンソースベースのモダンなポートフォリオを数多く抱えるRed Hatを統合することで、既存顧客だけでなく最新技術への関心が強いエンタープライズユーザへのアプローチが可能になります。

IBM CEO兼プレジデント兼チェアマン ジニ・ロメッティ氏
IBM CEO兼プレジデント兼チェアマン ジニ・ロメッティ氏

一方、Red Hatのジム・ホワイトハースト(Jim Whitehurst)CEOは「オープンソースはモダンなITソリューションにおけるデフォルトの選択肢であり、これまでRed Hatがエンタープライズの世界で現実的に果たしてきた役割を心から光栄に思う。IBMと一緒になることで、デジタルトランスフォーメーションのベースとしてのオープンソースのインパクトは、スケール、リソース、そしてケイパビリティのいずれにおいても一段上の段階へと進み、Red Hatもまた、より広い範囲のオーディエンスを獲得することになるだろう ―もちろん我々のユニークなカルチャーとオープンソースへの揺るぎないコミットメントはそのままで」とコメントしており、IBMの傘下に入ってもRed Hatの文化は維持されることを強調しています。

なお、現時点のアナウンスによれば、買収完了まではホワイトハーストをはじめとするRed Hatの現経営陣がそのままRed Hatのオペレーションを担当し、買収完了後にはIBMのハイブリッドクラウドチームにRed Hatがジョイン、独立したユニットとなるとことが示されています。"Red Hat"という名前がそのまま残るかどうかまでは明示されていませんが、25年に渡って築かれてきた"Red Hat"という強力なブランドをIBMが捨てることは考えにくいので、当面はブランドごと継続する可能性が強いと思われます。

Red Hat CEO ジム・ホワイトハースト氏
Red Hat CEO ジム・ホワイトハースト氏

もっとも、買収にあたってはいくつかの懸念事項もあります。その中でも最も大きいのは、Red Hatが現在クラウドパートナーとして提携しているAWSやMicrosoft、Google、Alibabaとの関係をどうするかです。両社は今回の声明において、⁠Red Hatパートナーシップはこれらの会社との関係を引き続き拡張する」と発表しています。しかし、クラウド市場での存在感を高めることに苦心し、トップ3、とくにAWSと強く敵対してきたIBMにとって、Red Hatが買収完了後も変わりなくこれらの企業とパートナーシップを継続できるかどうかは疑問の残るところです。同様に、Dell EMCやHPEなどのハードウェアベンダとRed Hatのパートナーシップについても変わる可能性があります。

また、Red HatはLinuxカーネルをはじめ、Fedora、CentOS、Kubernetesなど数多くのオープンソースコミュニティをサポートしており、開発者も数多く存在します。もちろん、IBMもApache Sparkに多額の投資をするなど、オープンソースを長く支えてきた実績があるのですが、残念なことにRed Hatほどには認知されておらず、また、IBM自身もマーケティング的にそれほどオープンソースにコミットしている部分を強く打ち出してきませんでした。かつてオープンソースを敵視していたMicrosoftに"オープンソース企業"のお株を奪われた感すらあります。しかし、名実ともにNo.1のオープンソース企業であるRed Hatとのマージにより、今後はIBMがオープンソース界隈でプレゼンスを増すことは間違いありません。

ただ、同じ東海岸の企業どうしとはいえ、それぞれのコーポレートカルチャーをうまく融合させることができるのかという懸念は残ります。⁠当面はブランドごと継続する可能性が強い」と前述しましたが、IBMは買収した企業の技術や文化をうまく残すことが得意ではなく、最では2013年に買収したクラウドベンダのSoftLayerが跡形もなく消えてしまった例もあります。さすがにRed HatがSoftLayerのようになることは考えにくいですが、IBMが本当に、Red Hatのオープンで開発者重視の文化を"そのまま"尊重できるのかは、買収成功の大きなカギになるといえます。

Red HatのホワイトハーストCEOは、買収を発表した自身のブログで最後にこう記しています。

Open source, open formats, and open standards have not only changed technology; they have also changed our society for the good. Red Hat’s role in all of that cannot be understated. With IBM, we have the opportunity to accelerate this work at a greater scale and show everyone that open really does unlock the world’s potential.

オープンソース、オープンフォーマット、オープンスタンダードが変えてきたのはテクノロジだけではない。これらは同時に我々の社会をより良いものへと変えてきた。その過程においてRed Hatが果たしてきた役割の大きさは理解しがだいだろう。IBMと一緒になることで、我々はこの役割をより大きなスケールへと発展させ、オープンであることが世界のポテンシャルを解放するということをすべての人々に証明する機会を得る

この言葉どおりに、正真正銘の世界No.1のオープンソース企業へと発展できるのか、買収完了まで、そして買収完了後の両社の動きに引き続き注目していきたいと思います。

1993年の創業から今年で25周年を迎えたRed Hat。26年目からはIBMの一ユニットとして新しい歴史を刻むことになる
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