世界最大のPythonカンファレンス「US PyCon 2019」レポート

第2回衝撃告白で始まる2日目キーノート、高額落札続出の「PyLadies Auction」

カンファレンス2日目の様子をお伝えします。

最初に2日目のキーノートについてレポートします。このキーノートの内容は筆者にとってとても衝撃的な内容でした。

その他にPSF(Python Software Foundation)のExcetive DirectorであるEwa Jodlowskaさんへのインタビューや、PyLadiesオークションの模様についてレポートします。

キーノート: Shadeed "Sha" Wallace-Stepter

Shadeed "Sha" Wallace-Stepter氏
Shadeed

この日は2つのキーノートが連続しているものでした(そして、そこには大きな意味がありました⁠⁠。トークはSha氏の生い立ちの話から始まるのですが、それはとても重苦しい内容でした。Sha氏はサンフランシスコで5人兄弟の真ん中で生まれ、中学生の時には銃を運んでいたそうです。

この段階ですでに私は「えっ、PyConのキーノートで、このあとどういう話になるの!?」と困惑していました。その後も重たい話は続きます。

おばさんが近くに住んでおりドラッグのディーラーをしているということ、3歳上の兄はギャングに所属していてドラッグの売人をしていたこと、その兄が捕まって刑務所に入っていったこと。そして14歳ですべてが変わったそうです。それは、兄が銃で撃たれて殺されたということです。兄はSha氏の肩にもたれて、氏はその最後の吐息を聞いたそうです(兄はまだ17歳のはずです⁠⁠。

そして、自身も18歳のときに犯した罪により27年間の実刑判決を受け、服役することになります。氏は模範囚として服役し、2009年にSan Quentin刑務所に移送されました。San Quentinは、Prison University Projectという教育プログラムを受けることができる刑務所です。そこでオーディオとビデオについて学び、起業家精神が目覚めたそうです。

その後2011年から(服役中に)San Quentinテレビでコンテンツ制作者として仕事を始めたり、Podcastを行ったりしたそうです。2016年にはTEDxSan QuentinというTEDxイベントを刑務所内で開催し、自らもスピーカーとして発表したそうです。

そして2017年に刑務所内でのプログラミングに関する教育プログラムでJessica(次のキーノートスピーカーでもあるPythonエンジニア)と出会い、Pythonを学んだそうです。最初は「Python=Jessica」というイメージだったとのこと。

Jessicaは服役囚にPythonを教え、そのチュートリアルを録画しましたが、受刑者はWebにアクセスする手段を持っていません。するとTim O'Reilly(オライリーメディアの創立者)がタブレットを刑務所に提供し、氏はオンラインコースにアクセスできるようになりました。

そして氏は19年の刑期を終え、2018年8月17日に37歳で出所しました。

最初はいったいどういう内容になるのかと思っていたキーノートでしたが、Shaさんの過酷な生い立ちから一転、San Quentin刑務所に入って更生し、Pythonと出会うという素晴らしい内容でした。そしてこのトークを受けて、Pythonを教えた側のJessica McKellar氏のキーノートへと続きます。

2019年11月に米国西海岸で開催されたNorth Bay Pythonにおける再演の模様

キーノート:Jessica McKellar

Jessica McKellar氏(後ろの写真はSan Quentinのもの)
Jessica McKellar氏(後ろの写真はSan Quentinのもの)

Jessica McKellar氏はまず1年前の写真を映して話しはじめました。これはSan Quentinの1年前の写真で、そこには服役中のShaさんも写っています。

まずはじめに現在行っている活動のゴールは、⁠監獄に入る人を減らすこと」そして「再度入る人を減らすこと」と言っていました。San Quentinのあるカリフォルニアにも犯罪者は多く、刑務所の運営などに多額のコストがかかっています。当然ですが、刑務所に入る人が減ればこれらのコストを下げることができます。Jessicaさんは会場に向かって、⁠技術者にできることがある。なぜなら技術者は仕事とスキルとお金を持っている」と語りかけました。

まず個人として次のような支援が可能であると言っていました。

  • お金やものを支援すること
  • トレーニングや社会復帰のサポートをすること。それは刑務所の中でも外でも可能
  • 政治的に働きかけること(投票など)

そしてPrison University Projectを紹介し、ボランティアの募集などがあることを説明しました。また、このような高度な教育だけでなく、コンピューターやスマートフォンの使い方を教える、といった活動もあるそうです。

たしかに、Shaさんのように10代で入所して20年以上刑務所の中にいる人は、スマートフォンなんて触ったことがありません。そのような状態で社会に戻っても、そもそも職を探したり連絡を取ることが困難であり、社会復帰が難しいということは言われるまで全く気がつきませんでした。

次に技術者として次のような貢献が可能であると言っていました。

そして従業員として以下の貢献ができると語りました。

  • 記録が残っている人を雇うこと
  • 逮捕歴がある人は就職率が低く、その中でも黒人はさらに就職率が低いとのこと。そういった人を雇う時には以下のことを注意すること
    • 逮捕歴などの情報は確認して記録する
    • まずは簡単な役割を与える
    • 積極的に支援する

これらの話をしたあとに、Jessica McKellar氏が創立者でCTOを務めるPilot社の話になりました。Pilot社では積極的に元受刑者を採用しており、彼ら/彼女らをサポートするためのスペシャリストも雇っているそうです。そして、元受刑者のインタビュー動画が流れました。その中では「Last MileプロジェクトでHTML、CSS、JavaScriptを学び、その後Boot Campへ参加などして技術を磨いた」といった話をしている人がいました。

筆者は、The Last Mileプロジェクトなどでボランティアベースで教えに行っているだけでもすごいと思っていましたが、自ら経営している会社で積極的に採用しているというその事実を目の当たりにして、ものすごい衝撃を受けました。確かに、教えには行くけど自社では採用しないみたいな事例は普通にありそうです。自分だったらこんなことができるだろうか、と考えずにはいられないトークでした。

そして最後に会場に向かってTaking Aciton(行動を起こそう)と語りかけました。

  • これらの活動を推進している人たちに投票をしましょう
  • 自分たちの雇用主や学校に、彼らを雇うことができないかを聞いてみましょう
  • PyCon 2020までに、最近刑務所を出所した人が就職することを手助けしましょう
2019年11月に米国西海岸で開催されたNorth Bay Pythonにおける再演の模様

また、gofundmeというWebサービスでの募金の呼びかけがありました。この募金は、2019年秋に出所予定のAntwan Williams氏が、出所後もサウンドデザイナーとしての仕事を継続するための機材、システム費を募集するという物です。この募金は(予想通り)このキーノートの直後に、あっという間に達成していました。

2人のキーノートスピーカー
2人のキーノートスピーカー

筆者にとって衝撃的なキーノートでした。今まで聞いたトークの中で最も衝撃的で心揺さぶられ、考えさせられる物であったと言っても過言では無いです。そう感じているのは私だけではないように、キーノート終了時には私も含め会場中がスタンディングオベーションをしていました。そして、日本から参加した他のメンバーと、この2つのキーノートについて語り合いました。同様の問題は日本にもあると思います。私にも何かできるアクションがないのか、考えてみたいと思っています。

この2つのキーノートですが、非常に残念なことにJessicaさんのツイートによると録画に失敗していたそうです。現在再録画にむけて動いているそうで、ビデオが作成されることを私も心待ちにしています。また、トークの概要について上記のツイートへの返答の形でJessicaさんが書いてくれているので、そちらもぜひ読んでみてください。

PyLadies Auction

この日の夜は、韓国から参加しているYounggunから「楽しいから参加すべき」と強く言われたPyLadies Auctionに参加しました。このイベントはすでに8回目らしく、毎年PyConで開催されているようです。

このオークションはチャリティイベントであり、商品を落札することによってPyLadiesコミュニティをサポートする寄付金を支払うというものです。単なるチャリティイベントというだけでなく、普通に入札している様子を見ているだけでもとても楽しいイベントでした。参加者は5ドルを支払って会場に入りますが、ホテルのおいしい夕食がついてくるので、すでにそれだけで5ドル分は元をとったという感じでした(ビール等は別会計です⁠⁠。

オークションのおいしいディナー
オークションのおいしいディナー

オークションの商品は企業スポンサーやFellowのみなさんが提供した物で、PyCon 2019のロゴをあしらったタペストリーや、Pythonロゴギター、Pythonイヤリングなどさまざまです。スタッフ(PyLadiesメンバー)が商品を持って会場内を練り歩き、参加者が入札していきます。私の横にいた寺田さんなどは入札しようとしていましたが、すぐに結構いい金額になるため、早々にあきらめていました(笑⁠⁠。

Pythonロゴのステンドグラス
Pythonロゴのステンドグラス

次の商品はGuido氏の肖像画のジグソーパズルですが、途中で本人が受け取って開場を練り歩きました。面白いサプライズですし、Guido氏自身もこのイベントを楽しんでいるんだなと思いました。ちなみにこのジグソーパズルは3,000ドルで落札されました。おどろきです。

自分のジグソーパズルを持って歩くGuido van Rossum氏
自分のジグソーパズルを持って歩くGuido van Rossum氏

最後の商品は先ほどのジグソーパズルの元となった肖像画です。これが写真の通りとても大きいです。落札した人はいったいどこに飾るんでしょうか…。また、参加者の一人が「とてもいい額縁だね」と言ってウケてました。この肖像画が席にいるGuido氏の後ろに来たときはシャッターチャンスとばかりに、多くの参加者が写真を撮りに行ってました(私もその一人です⁠⁠。そして、この肖像画は9,001ドルで落札されました。約100万円です。すごい(語彙力⁠⁠。

Guido van Rossum肖像画(デカい!!)
Guido van Rossum肖像画(デカい!!)
本人と肖像画
本人と肖像画

ものすごい金額が飛び交って、オークションに慣れていない私には(キーノートとは違った意味で)衝撃的なPyLadies Auctionでした。

なお、アメリカでは寄付の文化が根付いていることと、寄付をすると税制の優遇があることも後押しになっているのかなと思います。自分がサポートしたいコミュニティに寄付することによって、税制的にも優遇されるのであれば、PyLadiesなどPython関連に寄付することはとてもよいことだなと思いました。また、慈善事業というだけでなく、単体としても楽しいイベントとなっているのはさすがだなと感じました。

まとめ

2日目のレポートは以上です。午前中の衝撃的なキーノート、夜の楽しいPyLadiesオークションと、PyConのイベントとしての幅の広さを感じる1日でした。

次回レポートでは、カンファレンス3日目の前半として、朝のライトニングトークや今後Pythonの仕様を決定するPython Steering Councilの5名によるキーノートの様子をお伝えします。

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