8月18日(米国時間)、Evernote社はEvernote Trunk Conference(ETC)をサンフランシスコにて開催した。まる1日をかけて行われた今回の技術カンファレンスでは、技術講義や公開APIを利用した作品コンテストに加え、ガイ・カワサキ氏やゴードン・ベル氏など著名人を招いてのパネルディスカッションも実施され、盛りだくさんの内容となった。日本からは古川享氏も駆けつけた。
100年後も愛用してもらえるサービスを
オープニングにて、CEOのフィル・リービン氏は「100年後も愛用してもらえるサービスを目指したい」と語った。「とにかく、情報をEvernoteにどんどん入れていけば、いつでも取り出せる。Evernoteを使い続ければ、その価値は時間が経過するにつれて益々高まるのです」。
リービン氏いわく、GoogleやTwitterがそうだったように、良い道具があれば考え方が変わり、新しい現実が見えてくる。シンプルでエレガント、しかし一度使えば世界が変わる、Evernoteはそうしたサービスを目指しているのだという。
緑色に象のロゴがトレッドマークとして知られているEvernote。日本で象といえば動物園の人気者というイメージが強いが、西洋では「象は忘れない」のフレーズで象徴されるように、記憶力の良い動物というイメージがある。企業イメージとしてロゴは非常に重要だ。今のロゴの落ち着くまで何十種類もの象のイメージを考慮し、シンプルかつEvernoteのコンセプトを連想させるロゴを考えたそうだ。色も重要な要素だが、公式に登録されているソフトウェア企業のロゴのうち、90%は赤か青。その中で敢えて緑色を選ぶことで目立つ存在になったとの解説もされた。
無料版が生み出す価値
Evernoteでは無料版が基本。長く使っていれば、ユーザはその価値に気付いてくれ、セールス活動を積極的にしなくても自然にプレミアムにアップグレードしたくなるはずだと同社は考える。カンファレンスではSkitch社の買収も発表されたが、リービン氏は発表のプレゼンテーションでSkitchのそれまでの提供価格19.99USドルをバツ印で消し、これも無料で提供すると約束した。Skitchの一番素晴らしい機能は、オンラインで指を指すソリューションを提供してくれるところにあるそうだ。
これから実装される目玉の新機能としてはてGalleryの機能が発表された。これは、Evernoteの環境をカスタマイズしたい、友達や同僚そしてEvernoteのコミュニティにつながりたい、サードパーティーの機能へのアクセスが欲しいというユーザからの要望に応えたものだ。開発者は、今年後半にかけてリリースされるHTML5対応のツールキットを利用してGallery用のウイジットを作成することができるようになる。デモではノートに組み込める地図ウイジットなどが披露され、これまでのようにデータを蓄積するという役割だけでなく、開発者コミュニティを巻き込んだプラットフォームになることへの野心を垣間見せた。Windows Phoneへの対応を説明するために1セッションが割かれたのも興味深い。Windows Mobileを切り捨ててゼロベースで開発されたWindows Phoneだが、この新しいプラットフォームにいち早く進出しようとしていることからも、その可能性を見込んで真剣に取り組もうとしている姿勢が伝わってくる。
1,250万ユーザを突破!日本の利用割合は27%
2007年創業のEvernoteは、現在の登録ユーザ数は約1,250万人で、一年前の390万人から約3倍に増加した。サービスは日本語を含む31ヵ国語にローカライズされており、ユーザの国際比率は36%の米国が最大のマーケット。その次が日本で、27%もの割合を占める。そのサービスは100以上のモバイルアプリ、そして50以上のデスクトップアプリケーションに組み込まれている。
モバイル組み込みの現在の内訳は、iPhoneが52%、iPad用が29%、Android用が15%、その他が4%。最も人気の高いモバイル用アプリ10件のうち8件はiOS用のものである。CTOによる技術セッションではサーバアーキテクチャの概要を講義、膨大なAPIの呼び出しに耐えるスケーラブルな対応をいかにしているかを解説。また、公開APIで万が一トラブルがあった場合には原因はどこにあるかやOCR実装最適化の仕組みについての説明もなされた。
作品コンテスト授賞式
午後のセッションでは、エスター・ダイソン氏の司会のもと、公開APIを利用した作品コンテストの受賞者選考および発表が行われた。
ジャパン・プライズの受賞者は2組
日本からの応募を募ったジャパン・プライズの受賞者は2組で、EverFinderの開発者である杉上洋平氏、そしてR.O.I.を開発した羅ハユン氏と上杉類氏だ。
EverFinderは、Evernoteを高速で検索して表示することを可能にした作品。一方、R.O.Iは一定時間にとられたノートを解析し、単語数を数値化することにより興味の対象を分析することを可能にするツールで、たとえば、これを大学の講義に応用すれば、ノートを取る学生の数が少ない場合は講義が退屈だという可能性も考えられるというもの。
グランプリはTouchanote
グランプリには最終選考候補者の6人から、当日の会場参加者の投票によってTouchanoteが選ばれた。Touchanoteは、NFCサポートのあるモバイル端末を利用してノートにタグ付けをし、実世界のオブジェクトとの関連付けを可能にする。他にも独創性と利便性の追求を工夫したアプリケーションの発表を何人かの開発者が発表したが、Evernoteの公開APIを利用して実現できるサービスは無限にありそうだ。コンテスト応募者からは「楽しくて、みんなの役に立つものづくり」を満喫している雰囲気が会場に伝わってきた。
「おもてなし」を取り入れたプラットフォームを目指すEvernote
今回のカンファレンスは、Evernoteが開催する初の技術会議であったが、Galleryの発表など開発者にとっては開発のプラットフォームになることへの野心、そしてユーザにとっては日常になくてはならない生産性を高めるユビキタスなツールを長期にわたって提供するプラットフォームになることへの壮大な計画があるような印象を受けた。
カンファレンス会場に到着してからなんとなく感じていたことだが、Evernoteには「おもてなし」の文化があると思う。すべてにとても心がこもっている印象を受けるのだ。まず、会場のビルの入口には、スタッフが早朝からひとり立っていて、「ようこそ」と笑顔で入り口に案内。ランチは、オーガニックの食材を使った温かみのある日本のお弁当、夕食はオーガニックのチキンバーベキュー。伊藤園のカラフルなお茶シリーズが飲み放題に振舞われ、珈琲もその場で豆を挽いて丁寧に淹れてくれる。椅子やテーブルの配置など会場の設定ひとつひとつも参加者同士が話しやすいように配慮が行き届いた設定だ。
それらすべての演出が非常に吟味されて心がこもっているのが感じられる。会場スタッフの一人ひとりが笑顔で参加者に気を配り、満足してくれるように気を配っているのが伝わってくるのだ。なんというか、老舗旅館にでも宿泊したときに受ける、あのおもてなしの感覚。
Evernoteのサービスは、使えば使うほど愛着がわく。そして、楽しくてわくわくする。Evernoteから一貫して伝わってくるメッセージ、それは「おもてなしの心」と、開発者にとっては「楽しくて、みんなの役に立つものづくり」を可能にするプラットフォームの提供にあるのではないか。100年後にも皆に愛され使われるサービスを提供する企業、Evernoteのこのカルチャーがあればきっと実現するにちがいない。