電子出版は燃えているか? CESで見たアメリカのいま

毎年年初にラスベガスで開催される、家電見本市「インターナショナルCES⁠⁠。例年この時期のテクノロジー系メディアは、CESで発表された膨大な新製品、新サービスの紹介記事で埋め尽くされます。

会場内の様子
会場内の様子

世界中から出展があり、⁠インターナショナル」と銘打ってはいますが、CESは本来、米国市場に向けた商談の場。海外からの取材者としては、出展される具体的な製品・サービスも重要ではありますが、それらの製品やサービスを「米国人/米国市場がどう見ているか」を知ることができるという貴重な機会でもあります。

電子出版ビジネスの研究のため、2010年から毎年CESを訪れていますが、今年のCESは、⁠アメリカにおける電子出版」を垣間見るという意味では意義深いものでした。一般的なメディアではあまり伝えられないデバイスの紹介なども含めてお伝えします。

消えた電子リーダー関連業者

一昨年のCESは電子リーダーが、昨年はタブレットが、それぞれホットなデバイスとして注目されました。電子出版業界の視点からは、とくに2010年のCESが印象的でした。

2010年は、Kindleの爆発的な売れ行きを背景に、多数の電子リーダーが出展されました。会場内には「テックゾーン」という、テーマごとに出展社をまとめた小コーナーが複数設けられるのですが、⁠Access on the Go」というコンテンツ消費デバイスをまとめたゾーンには、世界中の電子リーダーメーカーや関連事業者が集まり、壮観でした。

しかし、今年は、電子出版ブームに乗ってデビューしたそうしたメーカーの多くが、撤退や事業の方向転換などで出展を見送り、同コーナーは非常に寂しい雰囲気でした。

過去CESに出展・紹介された電子出版関連事業者の「その後」を簡単に振り返ってみます。

Plastic Logic

軽量・薄型の革新的なプラスティック製電子ペーパーディスプレイをひっさげ、10年のCESでは大きな話題となりました。その後経営難に見舞われ、長く製品をリリースできずにいましたが、ロシア企業の出資を受け事業を継続、2011年9月、ロシア市場向けにPlastic Logic 100を発売。→CESからは撤退。

Spring Design

電子ペーパーと液晶を組み合わせた「Alex eReader」を発表、低速でマルチメディアに向かない電子ペーパーと、高速だが電力を消費する液晶の「いいとこどり」端末として注目を集めました。同コンセプトのNOOK(初代)をめぐってBarnes and Nobleを提訴、多額のライセンス料を得たと言われています。ですが、端末製造・販売からは撤退。過去のCESでは出展こそしていませんでしたが、製品はMarvelのブースで展示されていました。→今回のCESには参加も展示もなし。

enTourage

Alex同様、電子ペーパーと液晶のダブルディスプレイ端末「eDGe/POCKET eDGe」を開発。2010年、11年のCESには出展していましたが、2011年春に製品販売から撤退。現在は企業サイトも閉鎖。→当然参加なし。

iRex technologies

オランダ・フィリップス社からスピンオフした電子リーダーの老舗。10年のCESには自社参加はなかったものの、クアルコムのブースで薄型でおしゃれな新機種「iRex DR800SG」を見る事ができました。同製品を発売できないまま、同年6月に経営破綻。→当然参加なし。

Interead

英国の電子リーダー事業者。カラーバリエーション豊富な電子リーダー「COOL-ER」が会場に彩りをそえていましたが、10年6月に経営破綻。→当然参加なし。

Liquavista

フィリップスからのスピンアウト企業。水が油をはじく原理を利用したエレクトロウェッティングという技術を使ったカラー電子ペーパーを開発。2010年のCESでは人気の展示でしたが、その後製品化の噂は聞こえてきません。Samsungが買収。→今年は参加なし。

txtr

ドイツの電子出版ベンチャー。前々回CESで端末が展示されましたが、結局端末をリリースできず、アプリとサービス提供へと事業ドメインを変更したとのこと。→今回不参加。

なお、SamsungのeシリーズやAcerのLumiReadなど、過去にCES等を賑わしたものの、結局発売されなかった端末たちも、当然のことながら出展はありませんでした。

こうした「鳴かず飛ばず」系だけでなく、しっかり事業を続けている事業者も、今回CESでの展示は地味目でした。

前回「Access on the Go」に出展していた中国のHanwang/漢王科技。Amazonに次ぐ世界第2位の電子リーダーメーカーとされる同社は、今回メイン会場のコンベンション・センターからは撤退。ただし後述するようにクアルコムのブースで新製品が展示されていました。

これも同コーナーに前回大々的に展示していた中国のHanlin/津科韓林は大幅にスペースを縮小して隣接するホテルに移転。実務に徹した展示内容で新製品や新技術もありませんでした。

Koboなど多数の電子出版事業者に端末を提供している台湾の電子リーダー製造大手、Netronix/振曜科技も同コーナーからは姿を消し、同じ会場内ではありながらも新しく立ち上げたストア「GREENBOOK」に力点を置いた展示をしていました。

GREENBOOKのブース
GREENBOOKのブース

この他、事業継続中ではあっても今回出展をとりやめた事業者としては、中国のOnyx Internationalウクライナに本社を置き東欧圏でビジネスを展開するPocketBook Globalがあります。

昨年GALAPAGOSを大々的に展示したシャープ、日本で読書端末を発売しており、昨年はタブレット試作機を並べていたパナソニックも、今年のCESでは電子リーダーを出品しませんでした。CES後に日本国内で読書端末の発売を発表した東芝も同様です。

なお、Amazon、B&N、Koboなどは、もともとCESには出展していません。CESだけでなく、この種のハードウェアの見本市に出展したことはないようです(ただし、Amazonは技術者募集の説明会を開催、B&Nはコンファレンスには社員を出席させていました⁠⁠。

カラー電子リーダーが気を吐く

もちろん、2010年のブームから、継続して出展を続けている事業者もあります。

フランスのBookeenは、独自技術「HSIS」により高速表示を可能にした「Cybook Odyssey」を展示していました。

たしかに、電子ペーパー端末としては異例の表示速度で、メニューの表示、フォントのポイント数変更の速度なども液晶にかなり近づいた感じでした。

「電子リーダー」やタブレット端末というカテゴリーに入れていいかどうかは不明ですが、料理レシピに特化したタブレット端末「QOOQ(クック⁠⁠」や「NetChef」といった端末も人気でした。

料理レシピ専用タブレット「QOOQ」
料理レシピ専用タブレット「QOOQ」
料理レシピ専用端末「Netchef」
料理レシピ専用端末「Netchef」

東芝の反転型液晶を使った「JetBook」を販売しているECTACOは、E Inkのカラー電子ペーパー「Triton」を使ったカラー電子リーダー「JetBook Color」を出展しました。

筐体を触った印象では、前述の中国のHanvonがリリース済みの「Hanvon Color WISEreader」と性能は同じようで、発色もタッチパネルの精度・反応もいまいち。タッチパネルは電磁式で添付のスタイラスを使います。価格は499.95ドル。

説明員によると、メインターゲットは東欧で、ロシアでは電子教科書端末として導入されているとのことでした。

独自のカラー電子ペーパーMirasolを擁するクアルコムは、今回電子出版的にはもっとも大きなニュースを提供した企業ではないでしょうか。

同ディスプレイを採用した、すでにリリース済みの韓国・教保文庫のKYOBO eReaderに加えて、中国盛大(Bambook)「Bambook Sunflower⁠⁠、漢王科技の「C18」を出品したのです。

クアルコムのMirasolデバイス展示ブース(左から、KYOBO eReader、Hanvon C18、Bambook Sunflower)
クアルコムのMirasolデバイス展示ブース(左から、KYOBO eReader、Hanvon C18、Bambook Sunflower)

MirasolディスプレイはE Ink系電子ペーパーの欠点を克服し、高速のカラー表示を可能にした「夢の表示デバイス」として長くリリースが待たれていたもの。筆者はKYOBO eReaderを所有していますが、会場に展示されていた3製品はいずれも筆者所有のものよりも表示が高速。説明員に聞いたところ「最新のアップデートでかなり改善された」とのこと。

KYOBOとBambookは同じ筐体でしたが、Hanvonの製品はさらに薄型軽量になっており、日本での発売を期待したいところです(なお、同様にMirasolディスプレイを使った台湾のKoobeの電子リーダー「Jin Yong Reader」が2月1日、台湾ブックフェアで発表されました⁠⁠。

クアルコムのMirasolディスプレイを使ったHanvon C18
クアルコムのMirasolディスプレイを使ったHanvon C18

通常の表示モードと、モノクロですが低消費電力の「電子ペーパーモード」の2つのモードを持つ「Pixel Qi(キ、と読む⁠⁠」はブースは出していませんでしたが、Pixel Qiを表示デバイスとして採用するOLPC(One Laptop Per Child)「XO 3.0」が、CESのプレス向けプレイベントで紹介され、報道陣の注目を集めていました。

OLPC(One Laptop Per Child)「XO 3.0⁠⁠。太陽電池と手回し充電に対応
OLPC(One Laptop per Child)の「XO 3.0」。太陽電池と手回し充電に対応

このように、あちこちで端末の新製品もリリースされてはいたものの、会場全体から見ると、⁠電子出版」の影は薄かった印象はぬぐえないのが今年のCESでした。

電子出版はもはや「日常」

ではタブレットが目立っていたかといえば、そうでもなく、⁠タブレット元年」といわれ、100種類以上のタブレットが発表されたとされる昨年と比べると、新製品の発表や展示はかなり減った印象があります。

Sony Readerの展示ブースは賑わいがいまひとつ
Sony Readerの展示ブースは賑わいがいまひとつ

ニューリリースのタブレットを展示する場合も、端末そのものよりも、そこに提供するサービスやコンテントにフォーカスした見せ方が主体となっている例がほとんどでした。米国向けには未発売だった「Droid Xyboard」を公開したモトローラが典型的で、新製品であるにも関わらず、機器そのものよりも、⁠映像配信を楽しむ」「PC的と連携させて使う」など、利用シーンごとの活用例が前面に出ていました。注意して見なければ端末が新製品であることに気づかないほどです。

またそこでも「電子出版」が特別強調されていないところは、昨年、一昨年と違う点です。

何が起きているのか。さまざまな解釈が可能です。1つ考えられるのは、CESという「見本市」との相性の悪さ。家電の付加価値の付け所が、ハードからソフト、サービスに移行していることから、CES自体、存在意義を問われている、という指摘がニューヨーク・タイムズからありました。ソフトやサービスというのはハードウェアと比べてその性質上「展示」が難しい。実際、今回のCESでも、タブレット+他の家電という展示が多く、ぱっと見はどこも似たり寄ったり、これでは「展示」の意味がないのでは? と思わされました。

電子出版という事業の本質も、コンテンツ=ソフトであり、サービスであるとするなら、CESでのプレゼンスが低下するのも自然な流れです。

もう1つ、ありそうなのは、⁠電子出版」自体の人気の低下。日本でも何度も「電子出版元年」がやってきては去って行ったように、アメリカにおいても、⁠電子出版」は一過性のブームに終わった……というストーリーです。

確かに、最近米国の電子出版市場が失速しているという指摘がありました。電子出版に積極的に乗り出している出版社も、一部を除いて業績は悪化しているようです。

ただ、これは「電子出版」をコンテンツ供給という一面から見た見方。あえて「端末」という側面から、また会場の外に出て見ると、別の風景が表れてきます。

今回、街のあちこちでタブレット、電子リーダーの利用者を目にしましたし、Wal-Martなどのような日常使いのスーパーマーケット、Office DepotやRadioShackのようなショッピングモールならどこにでもある店に、電子リーダーコーナーが設けられているのを目にしました。大学生協でも見ましたし、地域の図書館では、50万ものタイトルの中から自由に選んでレンタルができるようになっています。

B&NのNOOK展示コーナー
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Office Depotの電子リーダーコーナー
Office Depotの電子リーダーコーナー
ラスベガス市内のBest Buyの電子リーダーコーナー
ラスベガス市内のBest Buyの電子リーダーコーナー

つまり、米国において電子出版や電子リーダーは、わざわざ展示会でプレゼンするようなものではなく「日常」になったのではないか、というのが私の解釈です。

「下り坂」なのか、⁠日常化」なのか、今後の推移を見なければわからないですが、いずれにしろなかなか立ち上がらない日本を尻目に、米国は「次のフェーズ」へと移行しつつある、ということはいえそうです。

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