The Linux Foundationは、国内外のユーザ企業向け技術カンファレンス「Enterprise User's Meeting 2013」を2013年12月11日(水) 、横浜赤レンガ倉庫において開催しました。
トップバッターを務めたThe Linux FoundationのExecutive Director Jim Zemlin氏の挨拶から始まった今年のカンファレンスは、The Linux Foundation Japan Directorの福安 徳晃氏が軽妙なトークで司会を進めつつ、簡潔に各セッションが展開され、さまざまな事例からハッカー文化、今後のオープンソースの方向性など多彩なトピックが紹介されました。
Jim Zemlin氏
福安 徳晃氏
午前中は、Black Duck Software社の金 承顕(キム ショウケン)氏が、「 ソーシャル・クリエイティビティ(社会的創造性) - 社会的協業による経済価値の創出」 、日本電気株式会社工藤 雅司氏が、「 オープンソースで立ち上げるSDN市場 ~OpenDaylightの狙いとNECの取り組み」と題して講演しました。
金 承顕氏
東証システムの「現在」
午後のセッション第1弾は、国内で最も有名なLinux大規模ミッションクリティカル事例である東京証券取引所の株式売買システム"arrowhead"のセッションです。( 株)東京証券取引所 IT開発部トレーディングシステム部長 川井 洋毅氏と富士通( 株) プラットフォーム事業本部 Linux開発統括部 企画部部長 坂本 智氏のお二人が登壇されました。
川井 洋毅氏
川井氏が現在の"arrowhead"の稼働状況、グローバル市場の変化に従う対応などをふまえ、次期"arrowhead"の方向性などを含めて紹介、それを受ける形で、坂本氏が富士通の取り組みを紹介しました。
昨年来の株高、証券会社による高速取引システムへの取引強化により、"arrowhead"の稼働当初は秒間7000だったトランザクションが今は3倍以上に増え、取引が拡大しています。そのため、処理能力の安定化、レスポンスの向上、適切なキャパシティの確保を常に検討しながら運用されているそうです。当初はアプリケーションの不具合もありましたが品質改善を続け、現在は問題が大きく減ったとのこと。一方、障害はファームウェア、OS、ミドルウェアが絡み合ったものが増えているそうです。
坂本 智氏
川井氏は、先般米国へ出張したおりに、米国の金融関係者から、「 日本は復活したね」という声を聞いたそうです。今後は、その復活した日本経済を支えるシステムのひとつとして"arrowhead"は次世代へと発展していくとのことでした。期待したいと思います。
OSSがつなげるコミュニティ、ハッカー、そして企業の現場
The Linux FoundationフェローGreg Kroah-Hartman(Greg K-H)氏は、Linuxカーネルを開発するコミュニティの仕組みを紹介しました。長くLinuxコミュニティに関わっている人であれば知っていることでも、新しく入ってきた人にとってわかりにくいのがコミュニティの仕組みです。どのような体制で、どのようなスケジュール感でLinuxカーネルがリリースされているかを、具体的な数字を使って紹介するセッションでした。
Greg Kroah-Hartman氏
「インターネット企業におけるOSSの利用とハッカー文化」と題して、登壇したのが楽天( 株) 技術理事 吉岡 弘隆氏です。楽天の取り組みだけでなく、ハッカー文化の紹介、オープンソースの歴史を含めて、幅広い内容を簡潔に説明、とかく誤解されがちなハッカーについて、熱く語られました。
吉岡 弘隆氏
NTTデータ先端技術( 株) NTT OSSセンタ テクニカルパートナ 菅原 亮氏は、NTT OSSセンタで取り組んでいる大規模システムに対する構築作業自動化について紹介しました。
サーバの台数が増えるつれ必要になることは、システムを効率的に構築すること、 運用がスムーズに実施されることです。そして、忘れられがちなテスト環境にも注意を図る必要があります。そこで、NTT OSSセンタではシステム構築自動化ツールPuppetを導入して、OS、ミドルウェア、アプリケーションのインストールと設定を実施できるようにしました。しかし、それを現場に紹介すると、ロールバックの仕組みを実装して欲しいなど、それだけでは「まだまだ」機能が足りないと指摘を受けたそうです。現場の声を聞き、さらにPuppetがカバーできない領域に対しては新たにツールを組み込むことで、構築から運用までの作業を大幅に削減する一連の仕組みを作り上げることに成功し、その概要をセッションで紹介されました。
菅原 亮氏
データセンターそのものをオープンソース化 ─Open Compute Project
続いてのセッションに登壇したのは、オープンソースソフトウェアという観点だけでなく、「 オープンソース」であるハードウェアや施設について、オープンソースという文化の広がりを紹介した( 株) ビットアイル ビットアイル総合研究所、フェロー 伊藤 正宏氏です。
まず伊藤氏は、データセンター事業者が置かれている立場を紹介します。それは「ユーザのインフラにかけるコスト単価は下落傾向」でありがらも「常に最新技術の導入」を求められ、同時に「コストダウン」も行い、「 ユーザのニーズに応え続け」ながら、事業を展開しなければならないというものです。そして、市場の競合状況も年々厳しくなっているとも述べます。
ビットアイルはこのような厳しい事業環境の中で、さまざまなサービスを提供しています。ビットアイルは、オープンソースソフトウェアですべてのサービスが提供しているわけではなく、たとえば、マイクロソフトのActive Directoriesサービスを提供するといった、顧客に求められる内容ごとにソフトウェアを選択しているそうです。また、オープンソースソフトウェアというとコストダウンを差別化にするということもよくいわれますが、実際には顧客の必要性な内容によっては、コストそのものは差別化にはならないこともあると説明されました。
そのような環境ではありますが、データセンターでオープンソースソフトウェアを活用する際の優位点を紹介しました。
修正、改変が自分たちで可能であること。
障害の原因追及が可能であること。
サポートに対する選択が可能であること。たちえば、OSSに対する有償サポートを外部から調達し、提供することも可能ですし、それを提供しないことも含めて、選択肢があるということだそうです。
修正、改編、問題解析については、社員を教育して対応する場合もあれば、外部から人を採用したり、外部の商用サービスを購入したりということを臨機応変に実施しているそうです。
伊藤 正宏氏
続いて、新しい動きとして、Open Compute Projectを事業者の視点から紹介しました。これはFacebookがリードする形でスタートし、現在ではサーバベンダ、CPUベンダだけでなく、多くのデータセンター事業者やユーザ企業が集まり、ソフトウェアのみならず、サーバやネットワーク機器、そして、データセンターそのものであるファシリティをオープンに開発するというプロジェクトです。
今まで、データセンターというと中に入ることも禁止され、場所さえも公開されないということが一般的でしたが、Facebookは逆に、積極的に内部を含めて公開する方針を持っています。彼らがオープンソースソフトウェアの成功を見てきたので、この動きをハードウェアやデータセンターに適用して、イノベーションを起こしていこうという動きといえます。つまり、
「オープンソースソフトウェア」から「オープンソース」へ
です。
プロジェクトの成果は、Webに公開されています。たとえば、サーバの仕様についても公開されています。そのデータを元にすれば、どこの国のベンダでも同じようなものを製造できます。実際に日本の事業者でも、そのサーバ仕様に合ったハードウェアを製造している台湾ベンダから購入を開始したところがあるそうです。データセンターそのものをオープンソースとするチャレンジングな取り組みは、今後大きな影響を与えていくと考えます。
新興国インフラとOSS
続いて登壇したのが、( 株)大和総研 クラウドサービス部長 伊藤 慶昭氏です。大和総研は、近年注目を集めているミャンマーで、証券取引所や証券会社のITシステム構築を支援しています。その中で、新興国における国内インフラに合わせたシステム構築で推進した取り組みを紹介しました。
伊藤 慶昭氏
ITインフラといえば、基本になるのは電力です。残念ながら、まだまだ電力供給は安定しておらず、UPSは必須であり、非常用電力ジェネレータが不可欠となっているそうです。ネットワーク環境も十分ではなく、官公庁でもまだまだ「紙」を使った業務処理をしているのが一般的だそうです。
そんな環境で最適なシステムを検討していく過程でたどり着いたのが、オープンソースソフトウェアになります。資金面もそうですし、ベンダの支援体制も十分に取ることができないという背景もあるそうです。
ひとつのボトルネックになっているのは、やはり「人的リソース」です。プログラマは確保できても、顧客との仕様を決めていくような上流工程をリードできる人材はまだ十分ではないそうです。最終的に本番システムが稼働すると、運用の仕組みを含めて、人材育成が運用工程にも必要になるでしょう。
証券システムは、2015年4月のスタートだそうです。
パネルディスカッション:いま最も使われているOSSは?
当日最後のセッションとなったのが、The Linux FoundationのワークグループSI Forumのメンバーによるパネルディスカッションです。SI Forumは、毎年「オープンソースソフトウェア活用動向調査」を実施しています。 この調査は日本国内のエンドユーザ、SI企業が活用できるオープンソースソフトウェアについての情報を提供しています。
小薗井 康志氏(デル株式会社)がモデレーターとなり、パネリストとして、橋本 尚氏(株式会社日立製作所) 、野山 孝太郎氏(富士通株式会社) 、鈴木 慶一郎氏(NECソフト株式会社) 、三浦 広志氏(株式会社NTTデータ)が登壇しました。
パネルディスカッションの模様
最新の調査結果では、Apache LuceneやApache Solrの採用実績が多数となり、また、ビッグデータ関連のオープンソースソフトウェアの採用も増えているそうです。このあたりは時代を反映していると思います。
Q/Aセッションを含めて、プロジェクトの継続性やコスト削減以外のオープンソースソフトウェアの価値とはどういうもの、といったことが、短い時間ながら活発に議論されました。
今回、初めて横浜赤レンガ倉庫で開催されたイベントに参加しました。赤レンガの建物の中に、味わい深いホールがあり、また、建物の外には、クリスマスツリー。すごく雰囲気のいい会場でした。
来年も、「 Enterprise User's Meeting」は開催される予定だそうです。参加することで得られるものも多いといえますが、講演者はオープンに募集されています。このイベントでユーザや企業の具体的な取り組みを話すことができるのです。みなさんも、来年は講演にチャレンジしてみてはいかがでしょうか?