オリンピックイヤー2020 スポーツアナリティクスの最前線――「SAJ2020」レポート

2020年2月1日、東京ガーデンテラス紀尾井カンファレンスにおいて「SAJ2020(スポーツアナリティクスジャパン2020⁠⁠」が開催されました。SAJは日本初のスポーツアナリティクスカンファレンスとして2014年から毎年開催されており、今年で6回目の開催となります。

数々のセッションが行われたINNOVATION HALL
数々のセッションが行われたINNOVATION HALL

スポーツアナリティクスは近年、日本でも注目を集めている言葉です。本イベントの主催であるJSAA(日本スポーツアナリスト協会)はスポーツアナリストを、⁠選手及びチームを目標達成に導くために、情報戦略面で高いレベルでの専門性を持ってサポートするスペシャリスト」と定義しています。今年は東京オリンピックの開催を控えていることもあってか関心は非常に高いようで、参加者は競技者・アナリストだけではなく多種多様、会場は活気に満ち溢れていました。

今回驚かされたのは、スポーツアナリティクスという分野が、スポーツを「する」だけではなく、⁠支える⁠⁠、⁠観る」といった形で関わっているアクターにも広がりを見せているということです。この記事では、スポーツを支える、観るという切り口でそれぞれ1つずつ、計2つのセッションを抜粋して紹介します。

アマチュアの指導においてデータの活用は可能か――支えるためのデータ分析

『プロ野球の知見をアマチュア野球に活かすためのポイントとは?〜パフォーマンス向上のためのデータ活用とコンディショニングの考え方〜』と題されたセッションで、データスタジアム株式会社取締役執行役員の松元繁氏、フェローの金沢慧氏、そして株式会社Mac's Trainer Roomの高島誠氏の3人が議論を交わしました。

プロの野球においてデータの位置づけはどう変わったか

今、MLB(Major League Baseball)の野球において、データはどのような位置を占めているのか――金沢氏は出版された本の系譜をたどることによって、MLBにおけるデータ分析の位置づけの変化をとらえることができると言いました。

金沢慧氏
金沢慧氏

日本でも有名な『Moneyball: The Art of Winning an Unfair Game』⁠邦題『マネーボール⁠⁠)が刊行されたのが2004年。この本におけるデータ分析は、選手を評価する新たな手法として注目されていました。その後テクノロジーとともにデータ分析も進化、2015年刊行の『Big Data Baseball: Math, Miracles, and the End of a 20-Year Losing Streak』⁠邦題『ビッグデータ・ベースボール 20年連続負け越し球団ピッツバーグ・パイレーツを甦らせた数学の魔法⁠⁠)では、戦術にまで踏み込んだデータ分析が取り上げられます。そして2019年に刊行されたばかりの『The MVP Machine: How Baseball's New Nonconformists Are Using Data to Build Better Players』では、尖った選手がデータを活用することによってMVP級の選手に成長する過程が描かれました。MLBの世界では、選手のパフォーマンス向上にデータが有用であることに注目が集まりはじめているのです。

松元繁氏
松元繁氏

一方、NPB(Nippon Professional Baseball)でも2000年代以降から、プロ野球全12球団がデータ分析/映像閲覧ツールを使用しています。しかし、データの収集方法がスコアラーの目視からカメラ・レーダー・GPSセンサーなどのデバイスによるものへ置きかわるなど、データ分析の現場はこの20年で大きく変化しました。これまで肉眼ではとらえることのできなかった新たな情報・指標が次々と登場するにつれて、それをどのように戦術・育成へとつなげていくのか、NBLでも模索が続いている状況だと松元氏は述べました。

プロの現場でも使用されている分析ツールの例
プロの現場でも使用されている分析ツールの例

アマチュアの指導にデータを活かすために

プロの世界では次々と先進的な取り組みが生まれている――ではアマチュアではどうでしょうか。設備・情報・人材など数々の制約があるなかで、アマチュア野球でデータ分析を行うためには何が必要かということが、このセッションでは問いかけられました。

高島誠氏
高島誠氏

小学生から社会人まで、多くのアマチュア選手の成長をトレーナーとして支えている高島氏は、⁠motus BASEBALL」「Rapsode」といったデータ解析ツールが出てきたことが指導の助けになっていると述べます。ボールの軌道や回転軸、投げるときの肘の角度などの客観的なデータは、選手の気付きを促す1つの材料となるそうです。

ただしアマチュアでデータ分析を行う際には、乗り越えるべきハードルが未だにあるという話題が挙がりました。その1つに、データ集計・解析ができる人材の不足があります。指導者側にデータに対する理解がなければ、それはただの数値の羅列となってしまいます。松元氏は指導者の自助努力にただ任せるのではなく、ツール自体をデータの意味を平易に伝えられるものへと進化させていく必要があると述べました。それを受けて高島氏は、回転数と球のノビの相関や打ちにくさの正体など、データと現象の関係性についての議論を深めていく必要があると語りました。また金沢氏は、アマチュアのおけるデータ分析の振興を図る上では、まずはデータを収集し、数値として「見える化」する習慣をつけることが第一歩になるのではないかと述べています。

高島氏が活用している分析ツールの例
高島氏が活用している分析ツールの例

これからの展望について

本セッションでは最後に、松元氏、高島氏の今後の展望が語られました。松元氏は、一部の専門家のもとに分散して存在しているデータの知見を、それぞれの相関関係を明らかにした上でまとめ、知識がない人でも理解できるサービスとして提供したいという意気込みを語りました。高島氏は、廃校などをデータ収集設備の整った練習場としてよみがえらせ、選手の育成だけでなく地域振興にもつなげたいと述べました。金沢氏は、データに基づいた練習で子どもたちが成長するのであれば、アマチュアにおけるデータ活用は社会的意義を持ちうるのではないかとまとめ、今後の発展を祈願しながら本セッションは終了しました。

アナリティクスとエンターテインメントの融合――観るためのデータ分析

「ディズニーを超えるスポーツアナリティクス」と題されたこのセッションは、スポーツを観るという角度から、アナリティクスとエンターテインメントの融合を提案する意欲的なものでした。登壇者は、アビームコンサルティング株式会社P&T Digitalビジネスユニット、ダイレクターの竹井昭人氏、CRMセクターシニアコンサルタントの髙見航平氏、そして松岡修造氏の物真似でおなじみのスポーツキャスター、こにわ氏です。

日本と欧米における観戦体験の違い

竹井昭人氏
竹井昭人氏

我々は10年先も食べていけるのか――セッションはスポーツアナリティストのリアルな収入の話からはじまりました。スポーツアナリティストの平均年収は、欧米では1,000万円を超えているのに対し、日本は580万円程度。さらに少子高齢化が進み日本全体の活力が低下していくなかでアナリストが生き残っていくためには、スポーツアナリティクスの市場そのものを欧州諸国並みに拡大していく必要があるのではないかと竹井氏は語りました。このセッションのメインテーマである、スポーツアナリティクスとエンターテインメントの融合は、その打開策の1つとして想定されていました。

髙見航平氏
髙見航平氏

そこでヒントとなるのが、スポーツを観るときに感動するポイントに、欧米と日本で違いがあるということでした。欧米では速い・高い・強いなどの「現象」に感動する観客が多いのに対し、日本の観客やテレビ番組は、選手の努力やバックグラウンドに注目することが多いとされます。こにわ氏は、錦織選手のプレイ解説の物真似を引き合いに出しながら、松岡修造氏の解説の面白さは、起こったことだけではなくその裏にある選手の気持ちや、そこに至る経緯などの「文脈」を共感的に提示することにあるのではないかと述べました。生の現象や数字をいかに有意味な文脈の上にあるものとして提示できるか、アナリティクスとエンターテインメントの融合を日本で実現するうえでの重要なカギがここありました。

こにわ氏
こにわ氏

文脈の視覚化というエンターテインメント

その糸口の1つとして、同社が取り組んでいる車いすバスケットボールの競技支援システムが挙げられました。これはする人が試合に勝つために開発されたものですが、実は観る人にもワクワクを与える可能性を秘めたシステムになっていると、髙見氏は語ります。このシステムでは、それぞれの選手が今いる位置からシュートした場合の成功率などの情報を、視覚的に、リアルタイムで把握できるようになっています。目の前に広がっている現象だけではなく、これまでの試合の流れや選手それぞれの特性といった文脈をともに把握することで、観客はより一層観戦を楽しめるというわけです。

車いすバスケットボールのゲーム分析画面の例
車いすバスケットボールのゲーム分析画面の例

日本式スポーツ振興の可能性

本セッションでは最後に、アナリティクスとエンターテインメントの融合によって生まれる、支える人、する人、そして観る人の間での好循環について述べられました。スポーツアナリティクスの知見を有効に活用することによって、する人が長く・楽しんでスポーツを続けることができるようになれば、その歴史・成長の過程が選手固有の文脈となって、観る人により深い共感を与えることができます。その結果競技全体が活性化され、支える人の環境がより良いものになる、というサイクルが生まれることが期待されます。これは、文脈を大切にする日本ならではスポーツ振興の在り方と言えます。

スポーツアナリティクスは競技者が勝つための道具を与えるだけではありません。エンターテインメントの宝庫であり、スポーツ界全体の活性剤となる可能性を秘めています。これからの日本スポーツ界においてスポーツアナリストが果たす役割への期待と希望をもって、本セッションは終わりました。

当日はその他20を超える独創的なセッションが開催され、スポーツアナリティクスという分野の裾野の広さと可能性を感じることができる1日となりました。

このイベントを主催しているJSAAのホームページには、最前線で活躍するアナリストたちのインタビュー記事が掲載されています。スポーツアナリティクスの世界に興味を持った方は、是非ご覧になってみてください。

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