Nの世界 ─NASAアーカイブから垣間見る宇宙

#5決め手は太陽からのおくりもの ─ボイジャー1号はいかにして太陽圏外と認められたのか

9月12日(現地時間⁠⁠、NASAから世界中の人々を大喜びさせるニュースが発表されました。

「1977年9月5日に打ち上げられた宇宙探査機⁠ボイジャー1号(Voyager 1)⁠が1年前の2012年8月、すでに太陽風の影響が及ぶ太陽圏(heliosphere)を離脱し、現在は太陽から190億km先の太陽系の端から星間空間(interstellar space)へと向かいつつある」

36年前に作られたリソースを現在もきちんと運用し続け、文字通り未踏の地へと送り出そうとしている事実に、あらためてNASAという組織のすごさを実感せずにはいられません。

この喜ばしいニュースを聞いてひとつ気になるのは、太陽圏を抜けたことを証明するまでに1年以上もの時間を要している点です。ですが、NASAの研究者の立場であれば、むしろ1年で済んだのはラッキーだったと言えるのかもしれません。実は、太陽からの"予想外のおくりもの(unexpected gift)"がなければ、ボイジャー1号が太陽圏を抜けたと断言するにはもっと長い時間がかかったかもしれないのです。

NASAのアーティストが描いた星間空間を航行するボイジャー1号。星間空間に含まれる星間物質は、数百万年から数億年前に起こった超新星爆発が生み出したプラズマ粒子やイオン化されたガスによって構成されている。星間空間のプラズマは遠くから見るとオレンジ色に輝いており、たとえばハッブル宇宙望遠鏡が捉えたオリオン座の馬頭星雲にくっきりと写る星間物質はよく知られている。
NASAのアーティストが描いた星間空間を航行するボイジャー1号。星間空間に含まれる星間物質は、数百万年から数億年前に起こった超新星爆発が生み出したプラズマ粒子やイオン化されたガスによって構成されている。星間空間のプラズマは遠くから見るとオレンジ色に輝いており、たとえばハッブル宇宙望遠鏡が捉えたオリオン座の馬頭星雲にくっきりと写る星間物質はよく知られている。

痛恨のプラズマセンサーOFF

我々の地球を含む太陽系の惑星は、太陽風が運ぶ荷電粒子が形成するバブルに包まれている太陽圏内にあります。太陽風の速度は太陽から遠ざかるほど遅くなりますが、その理由は太陽系外に拡がる星間空間からの圧力が高まるからだといわれています。

星間空間とは文字通り恒星と恒星の間に拡がる空間で、真空ではなく星間物質と呼ばれるプラズマ粒子やイオン化されたガスが存在しており、この星間物質の密度が高くなると、相互作用の影響で太陽風の速度は低下し、やがて音速以下までになります。これまでの観測で、ボイジャー1号は2004年にはこの太陽風が音速以下となる地点(末端衝撃波面)に到達としたことが判明していました。

末端衝撃波面まで到達したのであれば、太陽圏からの離脱まで遠くないとNASAの研究者たちは予測し、データの収集および分析にさらに注力しはじめます。もしボイジャー1号が確実に太陽圏外に出たのであれば、その地点における星間空間からの圧力はずっと強くなり、プラズマ粒子の密度も太陽圏内よりも高くなるはずです。つまりプラズマ粒子の密度を示すデータが手に入れば、太陽圏とボイジャーの位置関係がはっきりすることになります。ですが、ここにひとつ大きな障壁がありました。NASAは2007年、ボイジャー1号に搭載していたプラズマセンサーのスイッチを切っていたのです。

NASAが36年もの間、ボイジャー1号および2号を運用できた理由のひとつに、いくつかの搭載機器のスイッチを計画的に切りながら、電力消費量を段階的に減らしてきたことが挙げられます。しかしプラズマセンサーが稼働していない状態では、ボイジャー1号を取り巻くプラズマ粒子の状況を把握するのは難しく、たとえ太陽圏外に到達していたとしてもそれを知るのに数年単位の分析期間が必要となるかもしれません。

ですが、そこに意外な助っ人が登場しました。ボイジャー1号にとってはすでにはるか遠い存在となった太陽から、予想もしない「おくりもの」が届いたのです。

※)
ボイジャー2号はボイジャー1号よりも2週間ほど早い1977年8月20日に打ち上げられています。

バイオリンのビブラートのように、プラズマ波観測装置は振動した

太陽活動としてよく聞く現象に太陽フレアがありますが、太陽フレアよりも地球の磁場に強い影響を与えるものに"コロナ質量放出(Coronal Mass Ejection, CME)"があります。太陽の磁気エネルギーが巨大な質量をもったプラズマの塊として宇宙空間に放出される現象で、質量が膨大なだけでなく、そのエネルギーを保ったまま太陽風よりも速く進むという特徴があります。

2012年3月、突発的なコロナ質量放出が観測されました。このプラズマの塊がボイジャー1号の推定位置に届くには約1年ほどかかりますが、もしそのときにプラズマ波の振動を確認できれば、ボイジャー1号が太陽圏外に出たと証明することに近づきます。幸いなことに、プラズマセンサーはオフになっていても、プラズマ波を観測する装置は現在も稼働中です。プラズマ粒子の密度が高いところに、膨大なプラズマのエネルギーがぶつかれば必ず振動が観測できるはず ─NASAの研究者たちは祈るような1年を過ごすことになります。

“まるでバイオリンのビブラートのように、ボイジャー1号のプラズマ波観測装置は振動した⁠─NASAのリリースには当日の様子がそう記されています。2013年4月9日、NASAの研究チームはプラズマの揺らぎをたしかに観測しました。やっと欲しかったデータを手に入れたときのことを、プラズマ波チームのリーダーでアイオワ大学 ドン・ガーネット教授は「我々は文字通り、椅子から飛び上がって喜んだ」と表現しています。ボイジャー1号は間違いなく、ヘリオボーズ(太陽圏と星間空間の境界)を超え、太陽圏の外にいる─NASAの研究者たちにとって、そのプラズマの振動は、どんな旋律よりも心地よく響いたのではないでしょうか。

さらなる調査により、ボイジャー1号の現地点におけるプラズマ密度は太陽圏の果てのプラズマ密度に比べて40倍以上も高いことが判明しています。さらに過去のデータも含めた分析から、ボイジャー1号が太陽圏外に出た最初の兆候を示したデータが2012年8月25日に観測されたことも明らかになっています。NASAはこの日をもって、ボイジャー1号が太陽圏を離脱したとしています。

ここ1、2年、ボイジャー1号および2号の観測データにより、太陽圏の果てと言われるヘリオポーズ周辺に関する新たな事実が次々と判明しています。ボイジャー1号が本当の意味での太陽系外に出るにはまだ長い時間が必要ですが、少なくとも2020年までは確実に稼働するとのこと、さらに多くの発見を我々に見せてくれることでしょう。太陽圏は別名"ソーラーバブル(Solar Bubble)"とも呼ばれています。そのソーラーバブルに最初の穴を空ける存在となったボイジャー1号は、天文学の世界にも新たな穴を開けたといえそうです。

ソーラーバブルこと太陽圏を離脱したボイジャー1号はすでに星間空間に向かって新たな旅を開始している。ボイジャー1号より2週間先に打ち上げられたボイジャー2号は現在、ヘリオシーズ(末端衝撃波面からヘリオポーズまでの空間)を航行中で、数年後にはボイジャー1号につづき、ソーラーバブルに人類による2つめの穴をあけることになるはずだ。
ソーラーバブルこと太陽圏を離脱したボイジャー1号はすでに星間空間に向かって新たな旅を開始している。ボイジャー1号より2週間先に打ち上げられたボイジャー2号は現在、ヘリオシーズ(末端衝撃波面からヘリオポーズまでの空間)を航行中で、数年後にはボイジャー1号につづき、ソーラーバブルに人類による2つめの穴をあけることになるはずだ。

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