テレビを作る人ってどんな仕事? しかも理系出身だと、どんな番組になるのでしょう? 今回は話題の科学番組「大科学実験」を手掛けるプロデューサーかつ女が誰でも惚れてしまうような姉御系キャラ・森美樹さんにお話をお伺いしました!
「変だ変だと言われて育ちました」
待ち合わせ場所に颯爽と登場した森さん、堂々として頼りになりそうな立ち振る舞いにうっとりしていたところ、開口一番「私、話すの本当に苦手なんです。」……意外!
――小さいときから科学好きでしたか?
森「はい。小さいときから母親にすごく変だ変だと言われて育ちました。子供のときの友だちはアリとかセミとかバッタとか」
――いえ、科学好きだから変ってことは(笑)。でも、虫系だったんですね
森「でも、昆虫系には進学しませんでしたね。小学校3、4年生のときの夏休みの研究課題で“アリはどんな液体を好むのか”という研究をやりまして。結果を模造紙に書いて提出したら「なんとか賞」をもらいました。母親はアリがすごく嫌いだったので、私が家に寄せたアリを踏みまくっていましたけど、受賞してからはアリを殺さないようにしようと思ったみたい」
――お母様、アリを踏みまくるって! でも、受賞の甲斐あって、アリを救いましたね。
森「とにかく生き物がすごく好きでした。特に生き物の仕組みを見るのが好きだったんですよね。翌年の自由研究は、カタツムリの中身の調査。生きているカタツムリをノコギリで二つに割って、どうなってるのかなとじーっと見たりとか」
――えっ! な、中身ですか……大胆ですね。私だったら卒倒しそうです。小さいときからのアリの観察実験とかカタツムリまっぷたつ実験、すごいと思います。何か参考書はあったんですか?
森「いえ、ありませんでした。やはり母の影響が大きかったのかと思いますね。申し訳ないけど、学校の先生からなにか理科的なことを教えてもらった記憶はないです。
うちの母親、全然理系じゃないんですけど、話し方がすごくロジカルでしたね。例えば些細なことですけど、「今は雲がこう流れているからもうじき雨が降るね」とか。話をするときに必ず理屈があって。○○だから◎◎だよね、と」
――なるほど、身近な方のそのロジカルな話し方を自然に思うか否かって、かなり違うでしょうね。
森「母は、虫は全然好きじゃなかったんですが、花が好きでした。この花はこういうところに置いておいたからこれだけ大きくなった、とか言う。そういうところに影響されたのかな。
とにかく虫や花をじーっと観ている子供だった。特にオオイヌノフグリの青色がすごく好きで。あの青っていうのは、表面に塗られているわけでもないし、中に入っているわけでもない。この青色になりたいと考えていたことがあって。」
――「青色になりたい」とは?
森「ええ、なりたいんです。オオイヌノフグリの青色に「なる」には食べたらいいのかな?…でも食べたら消えてしまう。抽出したらいいのかな?…でも抽出しても青になるわけでもない。この青色を自分のものにするにはどうしたら良いのかなと思ったときに、青色の発色の仕組みを知ったら自分のものになるんじゃないかと。」
――まず、私はその対象物に「なりたい」ということ自体、考えたことがない。すごい発想ですね。
森「それがすごく自分がサイエンスをやっていた動機になっている気がしますね。好きな生き物も自分のものにしたい。そのためには仕組みを知ったりとか、なんでここにあるのかとわかったら、自分がそのものと一緒になれるんじゃないかなーと、そういうことばっかり考えていましたね、小さいときは。」
――その思いを大学に進学するまでもち続けていたわけですね。理学部生物学科を選択したきっかけはありますか?
森「「ヒトがここに存在するのって、不思議だなあ」というようなこともずっと考えていたんです。そういうのを調べるにはどうすれば良いのか?と思ってたときに、ロシアの生化学者オパーリンの書いた『生命の起源』という本を読んで。ちょうどその頃(※)は日本でも分子生物学がだんだん進んできた時期でした。遺伝子で調べれば何でもわかるのか、と。それが、生命科学のほうに進学したきっかけです。」
テレビ局では稀少な理系女性
テレビ業界というと、いかにも文系!なイメージがありますが、ここまでの森さんの人生は理系の王道。一体どういったきっかけでこの道に進んだのでしょうか。
――修士を修了されてからNHKに入社されたんですね。
森「ドクターに進学するには親のすねをかじりすぎているかなと感じていたことと、ちょうど担当教員が退官になるという理由で、就職活動をしていました。就職活動は研究職。ちょうどバブルの時代だったから、バイオ系でたくさん募集はあったんだけど、受けるとこ全部落ちてしまったんですね。
どうしようかなーと思っていたときに、たまたま後輩が“僕こんどNHKのセミナー受けるんですけど行きましょうか?”と誘ってくれて。母親が常々“NHKみたいなところに就職したらいいわよ~”と言っていたので、参加してみようと。それに、自分の嗜好性として色んな世界を知りたかったし、色んな人に会いたかったから、テレビ業界も面白そうかなと思って。」
――後輩のお誘いにお母様の普段からのアドバイス、ご縁を感じますねえ。でも、研究者志望で最初就職活動していて、テレビ界となると、全然違うかと。
森「そういうところが私は全然気にならない、性格的に。ポーンと行っちゃうんですよね。」
――面白そうだから?
森「でもそれは30%ぐらいで、あとの70%は早く決めないと、みたいな(笑)。メディア系の社員募集は時期が遅いし。本当は夏休み使って研究のまとめをしなきゃいけなかったけど、ほとんどをNHKの試験対策にあててました。で、ようやくなんとか滑り込みました。ボス(担当教員)がすごくいい方で「NHKのほうが研究者より面白そうだよな」って言ってくれたのがありがたかったですね。」
――心の広い、懐の大きいボスで!
ある意味、勢いでテレビ業界に入った森さん。研究室生活とのあまりの違いに最初は相当苦労されたようで……
――ところで、理系女性でディレクターをやっている方というのはどのくらいいらっしゃいますか?
森「……どのくらいいるかなあ。すごく少ないですね。まずNHKの中でも女性職員は1割強しかいない。」
――えっ!そんなに少ないんですか。意外。
森「私もびっくりしましたね、管理職研修に行って。その1割の中の…いわゆる文系学科のほうが多いですよね。NHKに名古屋大学の大学院の理学部から入ったのは私が初めてだったんですよ。
院卒も少ないですね。もう、理系で女性で院卒っていうと三重苦だと思います、会社にとっては。最悪じゃないかなぁ、理屈が立つし。私の初任地の先輩や上司は嫌だったんじゃないかな。」
――いえいえいえ。でも、理系・女性・院卒がそんなに少数派とは思いませんでした。森さんにとって、異分子としてそのような環境にいくとなると、相当の刺激、いえ、大変さがあったかと思うのですが。
森「すごい苦労しました。全然できなかったですもん。まず考え方が全然違う。言葉が通じない。日本語なんだけど…何ていえばいいのかなあ…理屈が理屈じゃないというか。感覚や先入観…偏見はないけど、そういうのでモノを言う人が多かった。」
――「言葉が通じない」とは?
森「例えば、これは今思えば仕方ない気もするけど「あなたは理系出身だから科学の番組を作って」って言うんですよ。私にとってはそれは理屈が通っていない。理系出身ということと、科学の番組を作るということの間にはたくさんの要素があるじゃないですか…私が作りたいと思う、とか、ネタがある、とか。でも、「理系出身であること」がそれらを飛び越してガンと結びついちゃう。でも、そういうもんだと思うんですよね。」
――いえ、確かに、森さんの仰ることはわかりますけど。普通は結びつけちゃうでしょうね。
森「それに、こちらは科学をずっとやっていたから、形容詞がつけられないんですよ。科学というのは形容詞がつかないでしょう。」
――といいますと?
森「論文を書くとき“きれいな野菜”とは書かないですよね。何をもってきれいとするのか? というような定義からはじまりますよね。
でもテレビって定義なしの「形容詞」がないとできないんです。だから、私の企画案とか構成とかが理屈っぽいってずーっと言われてましたね。でも私から言わせると、文系の人達の感覚が粗すぎると感じてしまって。」
――では、コミュニケーションの場面では相当なご苦労が。
森「会議の仕方もわからなかったですね。番組の企画会議ってまず「これが面白いかどうか」から始まるんだけど、まずそこが漠然としている。何をもって面白いとこの人たちは言っているんだろう? とわかんなくて。「皆さんは何を面白いと思って聞いているんですか」という聞き方をして、先輩に相当叱られましたね。」
――でも、森さん的にはその面白いが…
森「わかんないんですよねえ。
でも十何年やってると段々わかってくるんですよねー。なんというんでしょう……現場感覚とかでき上がったものを客観的にみてぐっとくるものが。感情ってやっぱり理屈では計り知れないものがあるんで。」
――メディアのクリエイティブと、理系のそれは違いがあって、難しいんでしょうね。
森「そうですね。でも、私が番組制作や取材を通してわかったのは、能力のある人って非常にロジカルなんですよね。結局、番組って物語だから。物語は三段論法がきちんと成り立っていないとできないじゃないですか。そういう論法ができるヒトじゃないと物語はできないし、いい番組にならないと思うんです。」
科学番組は理系じゃないほうが……
――NHK教育テレビは、チャレンジングな番組が多いですよね。
森「他のプロダクションさんにも言われますね。『ピタゴラスイッチ』にしろ、『日本語であそぼ』にしろ。私が今やっている仕事は、そういった昔ながらの教育番組っぽくない、観ていてもっとエンターテイメント性のあるようなものを作っていこうと。そうでないと結局、理科好きな子は勝手に好きになっていくでしょうけど、嫌いな子はやっぱり引っかからないで終わってしまう気がして。だから、“理科!理科!”しない“科学!科学!”しない番組を心がけています。」
――まさに、「最初からその科目が好き」ではない潜在層にも届く番組だと思います。逆に、典型的な理科の番組というのはどのようなものでしょうか?
森「今までのNHKの典型的な理科の番組の作り方というのは、ちゃんと指導要領にのっとって作っています。でもそうすると、番組のストーリー性がぶれてしまうことがある。何でその話を入れてるのかわからないけど、いきなり入ってる、みたいな。」
――指導要領に沿うようにすると、話の筋がぶれてしまうのですか?
森「それは常に議論になりますよね。言っちゃえば指導要領が悪いということになるけど、違うのではないかなと。指導要領って、長年培われてきた“これは勉強しましょう”というエッセンスも詰まっている。指導要領にのる理由は必ずあるはずなので、勉強する理由を物語として紡いでいくっていうのは、演出側の仕事だとも思う。」
――科学の教育番組って、理系出身の方が得意、ってことはありますか?
森「科学番組って、科学をやっていた人間のほうが作りやすいことでもあるかもしれないし、反面、科学をやっていない人のほうが「なんでこれを勉強しなきゃいけないの」というのに引っかかって、そこにディレクターとして理屈を一生懸命つけてくれると思う。だからどちらかはわからないですね。そういうのは常日頃考えておかないといけない。」
巨大科学実験番組『大科学実験』
2010年3月からは「誰もが思わず見入ってしまう大実験をスタイリッシュな映像で描く」をコンセプトに、巨大科学実験番組『大科学実験』のチーフ・プロデューサーとしてご活躍されています。
――いま森さんが手がけている『大科学実験』、あれ、最高ですよね。大人としては子どもの頃「学研の科学」などを通じて妄想したことを、実際にやってみせてくれる。快感です。子どもにとっても当然楽しい。老若男女楽しめます。
森「ありがとうございます。10~12歳をターゲットに制作しているのですが、2歳のお子様から86歳の女性まで幅広い方から応援のメッセージをいただきます。みなさん、「大の大人がばかばかしいことを大真面目にやっているのが面白い」と言っていただいて、twitterでは放送直後に「大科学実験がまた馬鹿なことをやっている」とお褒めの言葉をいただきます。」
――それは最大級の褒め言葉ですよね。
森「制作チームは、コマーシャルのディレクターさんなのですが、みなさん理系ではありませんし、変な言い方ですが高学歴でもありません。でも、科学をとても面白がってくれるんです。」
――なるほど……だからこそ、あの加工をしていないような「生」の面白さが生まれるのかもしれませんね。
森「私の友人にもいるのですが、表現する人は科学、とくに純粋科学の事象や研究を素直に面白がってくれる人が多いです。変に構えずに「へぇ~、そうなってるんですか~」とか「どうしてこんなことが起きるんですか?」って、子供みたいに驚きます。下手に知ったつもりになっていない、そして、面白いと思ったことを表現したいと思ってくれるようです。」
――毎度「こうきたか!」と驚かされてしまいますが、ネタの発想が大変じゃないでしょうか?
森「知ったつもりにならずに不思議に思ったことを、ただ、“これを見たい!あれを見たい!”って、わがままに考えることが大切かな、と思います。海外でも好評をいただいていますが、やはりその発想が面白いと評価していただいています。」
――「自分のわがままに答える」って発想、なるほどですね。理系として勉強してきて、大人になると「これ、ほんとうは見てみたいけど……」という感覚をセーブしてしまう気がします。
森「今は、知識・情報は簡単に手に入るから、「DNAって何?」って聞かれたら「それはデオキシリボ核酸と言って~(云々)」と披露することはだれでもできると思うんです。
でも、本当にわかっているかというとそうではない。こういう時代だからこそ、情報を知っただけで簡単に納得しないようにして、自分で結果を見つけようとする姿勢が大切なんじゃないかと思います。
私たちは制作チームのことを愛情込めて「チームばか」と自称しています。私は、中でも一番のばかで、だからチームばかのチーム長なんです。番組を何本かやって、ディレクターに知恵がついてきてしまっているので、さらに私が一番のばかになっています。」
――「チームばか」、かっこいいですね! しかもそのチーム長、森さんは颯爽とつとめてらっしゃいそう。
森「もちろん私の学歴は世間でいう「高学歴」だから、これを話すと「またまた~」って言われますけど、ディレクターに聞いてもらったらわかると思います。私が一番ものわかりが悪いです。
でも、ばかだからこそ疑問に思うことを簡単に納得せず、あきらめずに、“本当にあいつらはばかだ”と言われても、知りたいことを朴訥に追求する。そうした姿勢そのものの大切さを子供たちにわかってもらえたらうれしいです。」
――考えてみれば、研究者も簡単に納得しないでいつまでも追究している人が輝いている。やはり森さんは研究者マインドの持ち主なんですね。
「夢は専業主婦」、えっ!
――学生時代、なりたかった職業ってありますか?
森「研究室時代は、具体的に何になりたいとかは全然なかった。お給料もらえていればそれでいい、ぐらいの。ちなみに私の夢は寿退社なんですよ。夢は専業主婦。志向を持っているつもりなんだけど、やっていることがそうじゃないみたい。」
――キャリア女性の階段を着実に踏みしめていらっしゃいますが(笑)
森「本当!そんなつもりじゃないのに(笑)! 」
――森さんは「初」とか「めったにいない」ってつくような領域に足を踏み入れていますよね。
森「会社の同僚にも“ミキちゃんはパイオニアになることが多いよね”って言われたりしますねえ。」
――なろうと思ってなれるものではないですからねえ、パイオニアは。森さんはそこを自然と切り開いているからすごい。かっこいい。
森「いやー全然そんなんじゃないんです。なんでもかんでもやってみなきゃわからない、って思うんですよね。【これをやると怖いとかじゃなくて、やんなきゃわかんないよねーっというのが頭にある】。そう思いません?」
――私はやってみて地雷踏んで倒れちゃいますけど(笑)。森さんはそうはならない。
森「踏んでても気付いていないのかも。いい経験!って思っちゃう。
今、制作している番組も、会社の中では初めてということになってるみたいですけど、初めてだろうがやらなきゃいけないじゃないですか。」
――そういう人がいないと組織が新しくならないですよね。パイオニアがいないと後に続く人がいない。
そして恒例のこの質問。
理系女性は痛い?!
――さて、こちらはお約束の質問なのですが……森さんの中で考える理系女子とは?
森「自分のことを棚に上げてもいいんですか? 友だちとかを見ていると、マニアックというか。男子はたまたま理系に来たっていう人もいるけど、女子の理系って、選ばないと行かないですよね。
私のイメージでは、オシャレに気を使わない。オシャレに気を使うのは本質的ではない、って思って、ただ、自分なりのこだわりはあるから、お尻まで髪の毛があったりとか、サングラスはこのブランドとか、妙なこだわりがある。そういうオタクぽさっていうか。そういうイメージです。」
――あははは。おしゃれは本質的ではない。だけど、こだわる方向が自己流(笑)
森「自分なりで、個性的。決して一般的には受け入れられなくても、一人に受け入れられたらいいの!みたいな。あるいは受け入れられなくても自分が納得しているからいいの!みたいな。」
――あえて理系を選んできた人達ってそういう傾向あるかもしれません。まだ自然と理系にきたという人はなかなかいないですからね。
森「それに、言われているほどまとめられるような気はしないと思う。世間一般で言われるくらいの女子のバラエティはいる。
あとよく言われるけど理屈っぽいかな。女のくせに、ってつきますけどね。でもそれって女のくせに理屈っぽい、んじゃなくて、女でも男の人にあえて論理で攻めている、っていうのであって。文系の人だってやろうと思えばできるんですよ、そこんとこを社交術としてやっていないだけであって。痛いですよね。」
――いや、痛いですね……(遠い目)。
対談を終えて
入社後は「理系・女性・大学院卒」という社内で異分子だったという森さん。でも、そんな状況をものともせず、着実に境界を越えて、パイオニアとして仕事を続けられています。幼い頃からのオリジナリティを発揮された姿勢がここにも活きている? パイオニアになるためには、あとに続く人に慕われるだけの人格も必要。真似して森さんのようになれるわけではありませんが、ひとかけらでもそのフロンティア精神をいただきたいものです。
(イラスト 高世えりこ)
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- プロフィール
森美樹(もりみき)
学生時代の専攻:分子生物学。
北海道大学理学部生物学科を経て、名古屋大学大学院理学専攻博士前期課程修了後、NHKに入局。『大科学実験』など科学系の教育番組を手がける。