Webクリエイティブ職の学び場研究

第11回若手社員の単能工化を食い止める~株式会社アイ・エム・ジェイ川畑隆幸氏が赤裸々に語る!IMJ人材育成への挑戦①

しばらくお休みしていた当連載ですが、急きょ復活。きっかけは、以前第78回取材したIMJの川畑隆幸さんからの逆指名?現在IMJでは、全社的な動きとして人材育成に本腰を入れだしているとのこと。よかったら話を聴きにこないかとお声がけいただき、二つ返事で取材に訪れました。デジタルマーケティング業界では最大手といえるIMJが、今どんな人材育成に取り組み、どんな課題を抱えているのか、業界の縮図としても大変興味深く伺いました。

「成長は実践からしか得られない」という固定観念に疑問を投げかける

OJT頼みの風習を打ち破り、より良い人材育成の仕組みをつくろうと、2013年4月に教育推進室を新設。準備段階から1年がかりで、この動きの中心的役割を担っているのが、現在、執行役員として、人材戦略本部、プロジェクトマネジメント本部の管掌を務める川畑さんです。

株式会社アイ・エム・ジェイ川畑隆幸氏
株式会社アイ・エム・ジェイ川畑隆幸氏

ここ数年は、OJTのほか各本部単位で外部の研修に参加したり、有志が集まって自主的な勉強会を開いたり。そこから、もっと全社的に人材育成に取り組もうという見解に至ったいきさつとは?

川畑さん「IMJはもともと、成長やスキルアップはプロジェクトからしか得られないという固定観念が強かったんです。それはある意味、業界全体としての傾向かもしれないのですが…。ただ、成長ってそれ一本やりでいいんだっけ?と。実践が大事っていうのはもちろんそうですし、それは今後も絶対に変わらないと思いながらも大変なプロジェクトに若手を突っ込み、崖から突き落とし、這い上がってくる人だけが生き残るって、もうそういうの嫌なんですけど!という話を社員総会でしました。プロジェクトで死ねばいい。というのをやめようと総会で話をしたときには、会場から笑いが漏れましたが(笑⁠⁠」

これは相当、社員の胸をつくプレゼンだったのでは……。

人参しか切ったことがない「単能工」化に危機感

さらに深掘りしてお話を伺うと、人材育成への危機感はWeb業界全体に通じる根深いものを感じました。

川畑さん「プロジェクトは年々大型化、複雑化し、仕事は細分化が進んでいます。それは、逆に言えば、全体がわかる人が少なくなっているのでは?という状況につながっています。つまり、ひとつの工程の仕事のみを行う人が増えてきている。比喩的に言うならば、IMJは⁠肉じゃが⁠を作りたいときに、もちろん作れますし、それもかなりたくさんの量を作ることができる会社です。でも、大量の⁠肉じゃが⁠を作るには作業工程を細分化する必要があります。そのため、入社してから人参を切る経験しかできない人、玉ねぎを切る機会しか得られなかった人が存在するという状況が生まれてしまいます。非常に速くきれいに材料は切ることができるけれど、味付けは経験していない。しかし、クライアントからは当然、⁠肉じゃが⁠の味付けを求められるし、見た目の飾りつけも求められます」

大量生産を前提とした工場であれば、単一工程のみを扱う作業員のチーム編成は確かに能率的ですが、変化スピードが速く、複雑化する一方のデジタルマーケティング業界で社員が「単能工」化するのは非常に危険。これに対する危機感をお持ちの方は多いのではないでしょうか。今求められるのは⁠肉じゃが⁠の作り方の全容を把握し、他工程にも知識を拡張させながら、自分の担当領域を専門的に深めていける人でしょう。

川畑さん「さらに、プロジェクト経験から得られるのは、プロジェクト固有のやり方・手法に偏ってしまうことも多く、業種や業態が異なる他のプロジェクトに移った途端に、極端に言うと今までの経験がゼロに戻ってしまうということも起きてしまいます」

こうした危機感から、個人の努力だけに依存しない全社的な人材育成の仕組みをつくろうと動きだしたわけですね。実際調べてみると、⁠スキルアップしたい」⁠成長したい」という社員の声は多く、個人で勉強している人や、自費でスクールに通っている人も少なくなかったそう。

何を育成し、どうプログラムに展開するのか

IMJはOJT頼みを脱し、年間数千万のコストをかけて社員研修導入に舵をきります。しかしコストをかける以上、やみくもに研修をするわけにはいきません。何にフォーカスして社員を育成するのか、これを考え出すと、おのずと次のような「そもそも」が疑問にあがります。

  • メンバーはどう成長したいのか
  • 役職者はメンバーに、どう育ってほしいと思っているのか

何を学ばせるかという講座のテーマ設定は、川畑さんが中心となって落とし込んだそうです。

川畑さん「たまたま自分が現場出身だったということもあって、どういう要素を学ばせるべきかは肌感覚がありました。そこに対して外部のパートナーのどのプログラムを適用するか、学ばせたいものと実際のプログラムを3~4ヵ月かけてマッチングし、教育機関の人や研修会社の人たちとたくさん会いました。

そこから一人でシラバスを作ったあの時期が一番大変でしたけど、結果としては良かったかなぁと思います。いざやってみて、全然はまらない、不評なプログラムもありましたし、予想以上に好評だったプログラムもありました。でも、そこはもう、やってみないとわからないですし」

川畑さんは本来目的から重心がぶれず、その手段や仕組みを変えることをいとわない軽やかさが一貫しています。結果が自分の期待と食い違っても、それを素直に受け取って改善策の材料にする。この抜け感が大きな推進力になっているのだろうなぁと思いました。

メンバーからは、やってみてフィードバックを得る

メンバーはどう成長したいのか。川畑さんは研修の実施過程でその検証ができるよう、あらかじめ社員の皆さんに働きかけを行っていました。

川畑さん「社員総会のほかでも、社内に向けて説明するときに、⁠本当に初めての試みなので、正直わからないです⁠と繰り返しました。⁠皆さんに適したプログラムを提供できている自信もまったくないので、ダメだったらダメって言ってください⁠って、相当開き直った説明を最初はしていましたね。リスクヘッジです(笑⁠⁠」

役職者のニーズと社員の戦闘能力を棚卸しする

役職者はメンバーに、どう育ってほしいと思っているのか。これは、教育推進室をつくる前から段階的に検討がなされていたようです。数年前までさかのぼって、この取り組みの発端をうかがいました。

川畑さん「IMJは、これまでたくさんの会社と合併してきました。社員はいろんな会社から来て、もともと育ってきた環境が異なります。たとえば、ディレクターという職種ひとつをとっても求められる要素が違っていました。最初からIMJの人は、ナショナルクライアント向けの大規模構築が得意で、グループ会社出身ですとPR系が得意で、モバイル関連会社出身ですと、規模は小さいけれど、アカウントから納品まで全部できるなど、スキルセットは当然のようにバラバラでした。それが、ディレクターという1つの職種にくくられたため、各メンバーにどれだけの戦闘能力があるかを一回整理する必要があり、このプロジェクトが始まりました」

実際どんなふうに、戦闘能力の棚卸し作業は進めたのでしょう。

川畑さんIMJのディレクターに求められる要素を縦軸に全部書き出して、横軸にメンバーの名前を書いて、5点満点の採点方針で全員採点しました。何回も議論を続けるなかで、そもそもこの測り方でいいのか?みたいな議論も行いました。採点の結果、合併に関係なく、圧倒的に点数が低い場所が見えてくるなど、全体感をつかむことができました。

戦闘能力だけで単純比較をしてしまうと、ドラゴンボールでいう、フリーザ様からヤムチャまでいる。という状態になってしまったのですが、逆に、私としては、個人を知っている現場出身だからこそ⁠戦闘能力に現れない強さ⁠みたいなものの重要性を感じました。

⁠定量化できるスキル⁠と⁠定量化できない価値⁠というのを感じながら、スキルを定量化するのは現実的なのか?という疑問や難しさを感じたのも事実です。

この採点は、マネージャーたちの主観でしかないのも事実ですし、どういうものを提供すれば5点満点に行き着くかも試してみないとわからない。いずれにしてもプロジェクト経験だけではダメで、幅広い知識を得るための研修などをしっかりと考えていく必要があるね。というのは、全員の合意だったと思っています。その話をしはじめたあたりが、もともとのスタートですね」

川畑さんが研修プログラムのシラバスを作り込み始める前に、⁠役職者がメンバーに求める能力」⁠これから伸ばしていかなければいけない能力」を洗い出す工程が、時間をかけてじっくりなされていたわけですね。

4ヵ月で24講座、ユニークで240名弱が参加

今年度上期(実質6~9月)の実施状況を伺ってみると、さすがに規模が大きい×気合いが入っているだけあって、最初からかなりのエネルギー投下。

川畑さん「講座づくりは、外部のパートナーに協力していただきながら進めています。社内講師を想定し、講師手当制度も作りました。現在は、外部から購入したプログラムを多少カスタマイズして、いろいろな方法を試しながらトライアンドエラーしている感じです」

講座数24講座
申込件数1400件
ユニーク申込者数240名弱
講座テーマプロジェクトマネジメント、ソーシャル、ファシリテーション、フロントエンド用の専門研修、コピーライティング、ディレクション、ビジネス研修、英会話のプライベートレッスンなど
講座時間基本2時間
開催ペース週2~3講座

川畑さん「教室となる会議室の都合上、定員は35名ですが、24講座中19講座は30名以上の申し込みがある状態です。年間で40講座を予定、同じ講座を再度開催することもあるので、実際には、年間70~80講座くらい開催する見込みです」

参加を強制しないポリシー

申込件数があるということは、希望者が自由に参加できるスタイルってことですよね?

川畑さん「はい。今回、研修の参加には一切強制力は持たせないことを教育推進室のポリシーとして始めました。⁠みんながスキルアップしたいとか、機会を提供してほしいって言ってるんだから、もちろん参加するんだよね!⁠というスタンスです。私の中では、これでメンバーが参加しなかったら、⁠口だけじゃないか!⁠って言って止めてしまおうかというくらいの乱暴なスタンスだったんです。

さらに言うと、自分なら、強制されたら参加しにくいなと(笑⁠⁠。ですから、イントラサイトで告知して、⁠今月こういうプログラムがありますので、ぜひ参加してください⁠というメールを流すだけです。そして、会議室のキャパシティを超えたら抽選となります」

しかし結果的に、社員からはかなり好反響を得られた様子。社内でも、この取り組みが認められるようになってきたとのこと。

「やって良かった!」と実感できる効果

では、この上期を終えてどのような効果を実感されているのか。6つのポイントでまとめてみました。

【効果1】「会社が自分たちに投資してくれている」という意識変化

川畑さん「3ヵ月に1回、中間層・若手層を25名くらい集めて合宿を行っています。ここでは役員と一緒に、今後のIMJをどうしていくべきかという議論をします。これまでは、度々⁠教育研修制度がない⁠という問題がでていましたが、研修を提供し続けることにより、⁠会社が自分たちのスキルに投資してくれている⁠と、好意的な声が聞かれるようになったのは大きいですね」

【効果2】おぼろげな概念知識を「実践知」に転換する機会に

川畑さん「ソーシャル系、マーケティング系などは、概念的知識しかない人も多く、たとえばソーシャル系ではトライバルメディアハウスの池田紀行さんを講師に迎えて、導入事例や、提案するときのポイントをダイレクトにお話しいただいたことで、自分たちの提案に活かそうという動きが確実に出てきています。

他のテーマでも、今までわかったつもりでいた知識を再整理する機会として大いに活用されています。当初は、競合から講師を招聘することに心配もされたのですが、IMJの中にはない考えや視点が得られたのは、大きな成果になったと思っています」

【効果3】普段からまないメンバーとのコミュニケーションの場に

川畑さん「研修のときは、普段業務で、からまない人たちをできるだけ同じグループにしました。事務局側でこれを地道にやり続けた結果、他部署メンバーと交流できる点に参加者から好意的な声が多く寄せられました。⁠あなたのプロジェクトではそんな進め方してるんだ!⁠というプロジェクト事例の共有が一部ではあるようです。インナーコミュニケーションの部分は直接的にねらった効果ではなかったのですが、副次的に大きく寄与しました」

【効果4】となりの人の仕事を知り、自分の仕事とつなぐ

川畑さん「これまで専門知識は、その職種の人しか持っていませんでした。例えば、マーケティングリサーチ研修の内容は、リサーチユニットの人間しか知らず、調査の種類や調査設計、パネル設計も、みんなおぼろげな知識でした。それが研修を終えて、⁠今度からリサーチ部門に何か頼むときには、こういう情報をそろえて頼もうと思います⁠など、本当に小さなことですが、それだけでも理解することができたのは、非常に大きかったですね」

【効果5】「学びたい」「学ぶべき」という気づきを与える

川畑さん「アンケートの結果を見て、やはり一番大事なのは、⁠学ぼうと思った⁠というきっかけを提供すること以外にないと思いました。⁠そういうことを考えながら仕事しなきゃいけないんだ⁠と、気づいてもらえたらいいですね。私は、そんな結論をなんとなく感じながら、スタートしています」

【効果6】事務局が社員のスキルを把握できる

川畑さん「私は、プログラムを自分で作っていながらも、そもそも社員がどれくらいのスキルを持っているかを把握していませんでした。何を提供すれば簡単すぎず、難しすぎず適切なのか。ですので、まず上期は⁠知る⁠をゴールに提供し、簡単すぎるという声が多ければレベルを上げ、難しすぎるという声が多ければ、もっと基礎からみっちりやろうと。この上期は、そんなスクリーニングをするのにも有用でした。

ただ、この⁠スキルを把握する⁠という意味では、道半ばどころかまだ全然できていません。加えて、求められるスキルが急速に変化する業界で、今このタイミングのスキルを可視化することにどれだけの意味があるのか。という矛盾した思いもあり、下期から来期へと続く課題だと思っています」

「知る」という上期ゴールから、下期の課題に向けて

「知って、理解して、実践して」っていうステップの「知る」に上期はフォーカスしたという川畑さん。その背景をこのように語ります。

川畑さん「これは私見ですけれど、IMJの人たちは、どちらかというと右脳で考える人たちが多いですね。すごく豊かな発想を持っています。逆に、フレームワークによって様々なものを整理することは、ちょっと苦手かもしれません。そこで、まずは、世の中にはフレームワークというものがあり、それに沿って物事をそろえていく基礎知識を押さえておく必要があります。フレームワークというと、SWOTや3Cとかの話に聞こえてしまいがちですが、どちらかというと⁠考える上での土台⁠みたいな意味ですね」

さて、第一歩踏み出した効果は確認できたものの、やればやったで新しい課題は続々と出てくるもの。⁠知る」の後の「できる」はどう身につけるの?研修の実施効果はどう測るの?次回は、研修導入後に直面するさまざまな課題と、IMJのさらなる挑戦に迫ります。すでに研修プログラムは展開しているけど、その仕組みをいかに育てていくか試行錯誤中という方は、ぜひ次回もお見逃しなく!

おすすめ記事

記事・ニュース一覧