YAPC::Asia Tokyo 2015×gihyo.jpコラボ企画 ― YAPC::Asia Tokyo 2015の作り方

第3回実装編

今回はカンファレンス開催までの準備期間に行う様々な事を書き出してみます。特に一般の目にあまり触れないところを敢えて拾い出してみたいと思います。

スポンサー交渉

前の記事で書いた通りYAPC::Asia Tokyoを開催するためには多数のスポンサーに協力してもらう事が必要不可欠です。そこで主催としての私の仕事はまずスポンサーを見つけてくる事です。

大変ありがたいことにこれまで協力していただいてきた企業が「是非今年も」と申し出てくれる事もありますし、新たに名乗り出てくれる企業もいます。かといって前年まで協力いただけたところが必ずしも今回も協力いただけるわけではありませんし、協力いただけても前年までと同じようにはいかないということもありえます。

要は主催としての私は少なくとも蓋を開けてみたらお金が足りないという状況にだけはならないように協力していただけるスポンサー様の数を管理・獲得していくことなわけです。

あまり知らない相手にスポンサーになって欲しいというお願いをしようとするのは腰がひけてしまう方も多いと思いますが、ここで尻込みしてしまうようでは主催はつとまりません。すでに声をかけてもらっている方々、去年まで協力してもらっている方々、そして今年は協力してほしいと思っている方々にそれぞれメールでとにかく連絡をしていきます。

その後返事をいただけて面会の約束を取り付けられた企業から1社1社説明に伺いました。今回は自分でもびっくり、なんと9割以上のスポンサー候補の方々に直接説明と交渉をさせていただきました。その際「スポンサーメニュー」という名称の資料を持って行きます。これはYAPC::Asia Tokyoをスポンサーしてもらう皆さまにどういう形のスポンサーをしていただけるのか、全てのアイテムを網羅している資料です。

「スポンサーメニュー」表紙
「スポンサーメニュー」表紙

YAPC::Asia Tokyoでは数年前まで「拠出いただく金額」に応じてゴールド、シルバー等のスポンサー名称を与える形にしていました。ところが協賛のお願いをしに説明をさせていただく過程で特に初めてYAPC::Asia Tokyoに協賛していただこうとしている方々には、ゴールド、シルバー等の名称だけでは協賛していただいた際にどういう形での効果が得られるのかがわりづらいという指摘を受けました。そこである年から細かくスポンサーしていただく「商品」を網羅したメニューを作る事にしたのです。

このメニューに載っている商品には例えば以下のようなものがあります。

  • 懇親会スポンサー
  • Tシャツスポンサー
  • Wi-Fi スポンサー
  • 同時通訳スポンサー

それぞれに「支払っていただいたお金がどこに使われるのか」⁠スポンサー側にどのような効果が得られるか」⁠料金」等の情報が書いてあり、好きな商品を組み合わせて協賛していただけるようになっています。さらにこれらの商品を組み合わせの例や、組み合わせた際のディスカウント幅なども明記してあります。このスポンサーメニューの導入でスポンサー企業の皆さまに、より短時間でより具体的なイメージを共有してもらうことができるようになったのではないかと思います。

こうして2015年1月~3月の始めまで、自分はとにかくあちこちの企業に訪問させてもらいYAPC::Asia Tokyoについて説明させてもらいました。説明に伺わせてもらうのは比較的簡単ですが、その後スポンサーになっていただく可能性を少しでも高めるためには文字や口頭の説明ではなく、いかにビジュアルでパッケージ化するのかが重要です。

ゲストスピーカーとの交渉

今回のYAPC::Asia Tokyo 2015は我々がこの数年間目指していた「多様な技術コミュニティの人達が集まるお祭り」の集大成にしたいという運営としての密かな野望がありました。これを実現するため様々な人に助言をいただき、本当に幅広いジャンルの方々に声をかけさせてもらいました。

ゲスト候補の方々に登壇を打診し始めたのはYAPC::Asia Tokyo 2015の計画が始まった直後の2014年11月頃です。この頃にまずその時点で少しでも「来て欲しい!」と思った方々10名弱に予定を伺うという形でまず意向を聞いていました。開催8~9ヶ月前くらいの事です。ほとんどのゲストは海外からの方でしたので、細かい条件はともかく来日する意思があるということと、スケジュールの押えだけはこれくらい前にしておいたほうが良いと個人的には思っています。

ゲスト招聘の最初の一手はまずとにかく一度打診してみることです。今回打診した方々の中には元々つながりのある方々もいましたが、大多数はその際初めて連絡をする方々です。一切のコネはありませんがとにかくまず1回連絡をしてみるのです。イベントが盛り上がるためならとにかく行動あるのみ! 断られたところで少なくとも損はしません!

ちなみに打診したゲストの人達全員が実際に来られるわけではありませんし、やはりある程度は来てほしい優先順位というものは存在します。手当たり次第声をかけてしまい予想より多くの方がやる気になってしまった場合はオーバーブッキング状態になってしまいます。そこで折角来てくれると言ってくれたのに断るのは辛いので、このような場合はいきなり⁠Invite(招待)⁠というような表現を避け、⁠Preliminary(予備・準備的な)⁠⁠Inquiry(質問・問い合わせ)⁠という表現で、まずはスケジュールの空きの確認としてとどめるだけにして、正式な招待状はまた別途送付するのが楽です。以下、私が実際に送ったメールの一部抜粋です。

Subject: Preliminary Inquiry About Your YAPC::Asia Tokyo 2015 Attendance

It's still 2014, but yes, we're already working on YAPC::Asia Tokyo 2015 :) We just got the Tokyo Bigsight venue for 8/20-8/22 2015, and we have a capacity of 1800+ (!) people. We are aiming to gather around 2000 attendees.

This year we're working on this even earlier than previous years because of a few reasons -- but most notably: this is going to be the last YAPC::Asia Tokyo. Unlike previous years where we were just hoping to get new organizers, JPA is calling it quits -- at least in the YAPC format... I don't know if we'll do some other type of conference in the future.

We intend to send you a formal invite come next year, but for now we just wanted to check your availability. Let us know if you can make it. We hope to see you soon!

このようにして打診をいくつかした後、予定が合いそうな方々の中からゲストを選んでいきます。

蛇足ですがこれまでの経験上、最悪の場合でも登壇お願いメールを無視されることはあっても怒られるような事はまず滅多にありません。誠意を持ってメールをすれば断られるにしてもちゃんと丁寧な返事がきますので、皆さまも恐れずに自分の主催するイベントでしゃべってほしい人に連絡をするべきだと思います。

その後まず最後のYAPCということで、Perlの産みの親であるLarry Wall氏はすぐ決定しました。またPerl 5のPumpking(開発責任者)であるRicardo Signes氏もすぐに決まりました。交渉に時間がかかったのでイベント発表当初には公表できませんでしたが、Perl 6の主要開発スタッフであるJonathan Worthington氏も決まりました。

ここまではいかにもYAPC(Yet Another Perl Conference)という感じですが、もう一人すぐ決まったのはGo言語の開発に携わっているBrad Fitzpatrick氏です。氏はもともとPerl界でも有名な方でしたのでまんざら縁が無いわけでもなかったのですが、実は彼を招聘することは1年以上前から密かに目論んでいたことだったのです。彼が2014年のGoconという別のイベントで来日していた際、別のミートアップに偶然彼が顔を出すと聞きつけた筆者は即座に予定を変更しそのミートアップに参加することにしました。彼とは面識はありませんでしたが、ガンガン話をしてついでに「YAPC::Asia Tokyoを運営していた」⁠そのうち機会があったらまた呼んでもいいか」などと話しておいたのです。その後ゲストスピーカー選定の際に「は、今だ!」と思い彼にオファーを出したところ快諾していただきました。個人的には全ての布石がピタリとはまった気持ちの良い瞬間でした。

ここまでは外国の方を中心に考えてきましたが、最後のYAPC::Asia Tokyoにふさわしい国内の大物も呼びたいという事も考えていました。一応面識はあるものの大したコミュニケーションを取った事もなかったのですが、ゲスト招聘モードの自分には怖いものなぞありません。スタッフと軽く相談したうえですぐにまつもとゆきひろ氏にメールをしました。ちょっと時間はかかりましたが、無事ゲストスピーカーとして招待する事ができました!

YAPC::Asia Tokyo 2015の軸となるゲスト達が決まったところで、さらに2015年2月~4月にかけて今度は自分の直接の観測範囲にいない人達にも声をかけようと色々と手を打ちはじめました。知り合い通して「誰かその話を聞いてみたいスピーカーはいない?」⁠誰か知り合いでおもしろそうな話をしてくれそうな人はいない?」など聞いて見て回り、直感で面白そう! と思った人には全て一度お伺いのメールを出しました。実はかなりの大物にもメールを出したところ「行きたいけど残念ながら予定が合わない……」⁠ぜひ来年声をかけてくれ!」と言われました。来年ないんですが……なにか他のイベントを主催したらまた絶対に声をかけてやる! とリベンジを誓いました。

そんなこんなや他のスポンサー関連のツテなどでGitHubのBen Lavender氏、そしてCoreOSのKelsey Hightower氏の参加が決まりました。お二人は正直全く個人的にはつながりがなかったのに、快く招聘に応じていただけてかなり興奮しました。さらにGitHubつながりでBen Ogle氏、そして現在Pivotalで活躍されているCasey West氏も来日していただけることになり、ついにYAPC::Asia Tokyo 2015のゲストスピーカーラインアップが決まったのです。

スタッフ

この連載の最初の回では主催の筆者と一緒に企画・準備をしていただくコアスタッフの方々を紹介しましたが、当然当日のオペレーションを10人強で回すことは不可能ですので、例年通り当日の準備・運営を手伝ってもらうボランティアスタッフを募集することになりました。今回は5トラックが確定していたので一部屋に4~5人のスタッフを常駐させるのと、受付スタッフを10人前後配置するとして、そこに交代要員の分も追加すればだいたい50人くらいを考えてしました。

募集をGoogle Formを使い、一月ほどの間に連絡をいただいた方々に手伝ってもらう事になりました。蓋を開けてみたところちょうど55名の応募があり、一安心といったところでした。ちなみにこの応募プロセスでは「Google Formから応募があったらno-replyからメールが来る」という形にしたかったのですが、そのためのGoogle Formのプラグインを設定するのが一番難しかったです……。

ボランティアスタッフはとにかく数が多いので、イベント当日に会って終わったら解散ではさすがに何もつながりが生まれません。最低限知り合うきっかけを作るため、事前に顔合わせのための飲み会を開催するようにしております。今年はイベント開催前にコアスタッフ、ボランティアスタッフ、そしてネットワークを担当していただいているCONBUスタッフから都合の合う方々を招いての飲み会を都合2回行う予定です。

この飲み会はまずお互いの顔を知ってもらう事が最も重要な目的です。特にコアスタッフの顔を知っていただかないと当日の運営にも関わってきますので、ここで紹介をします。またCONBUの皆さまも当日は違うエリアで仕事をされているのでなかなか知り合いになる機会も少ないため、紹介をします。あとはスタッフ同士お互いに可能な限り前持って一通りの交流を持ってもらう事によって、当日に誰も知らない中でいきなり仕事をしなければならない状況が生まれないようにしています。

ノベルティの発注

Tシャツ等のノベルティの発注は運営側でかなり気を遣う事の一つです。なにせ本番の日から逆算して考えた締め切り日を逃してしまうと、当日必要なノベルティが届かないと言うことが充分ありえるのですから。逆に万が一余るほど発注してしまった場合は無駄な出費となってしまいますし、イベント後の処理も問題になってきます。

Tシャツに関しては「個人個人でサイズが違う」という悩ましい問題があります。サイズの合わないシャツをもらっても迷惑なだけですので、なんらかの形で参加者が望むサイズを提供する必要があります。

YAPC::Asia Tokyo ではTシャツは大まかにサイズごとの発注をしておいて、来た人から自己申告で自分に合ったTシャツサイズを持って行くというオペレーションにはしていません。100%全ての来場者に正しいTシャツサイズを渡すというのは無理にしても、可能な限り多くの来場者に希望するサイズのTシャツを持って帰って欲しいとの思いから、チケット購入の際に前持って申告してもらっています。この情報から、チケット販売終了のタイミングに合わせて合計値を出したうえで多少のバッファを追加して発注をかけています。なおこのバッファは筆者による長年の経験と勘によって算出されています。

スタッフ用のTシャツも同様に前持って申告された数に微妙な調整を加えてからの発注をしています。

Tシャツサイズはついつい聞き忘れてしまうものなのですが、一旦チケットを売り始めてしまった後に気づいてもそうそううまくリカバーできないので、事前にこの辺りのオペレーションを考えておくとよいでしょう。

ちなみに筆者は初めてYAPC::Asia Tokyoを主催した年はいくつかのノベルティを多く注文しすぎ、大赤字を出してしまいました。この反省をその後活かして可能な限りの厳密なカウントと微調整でロスを最小に抑えるようになりました。

予算管理

他のカンファレンスの予算管理を見たことはないのでどのような方針で管理しているのかわかりませんが、YAPC::Asia Tokyoでは予算の段階での黒字がしっかり出るように努めています。利益を出すことが目的ではないのですが、全てを滞りなくすすめるためには経費を予算内におさめることが予算管理責任者としての最重要事項だと思っています。

さらにYAPC::Asia Tokyoではこれまで数年間それなりに高額な予算を扱ってきましたが、YAPC::Asia Tokyoは継続的なビジネスではないので開催する際に上がる売上の中で全ての経費をまかなう必要があります。つまり赤字が出てしまうとそれを後の売上で補填することはできないのです。そもそもどれくらいのスポンサーを募集するか、チケットの代金をいくらに設定するかを考えるうえで、予算にある程度のバッファを作れるように計算しているのですが、経費とは必ず予想以上にかかるものです。

もちろん不必要な経費は削りますが、どうしても必要なものなら来場者達のためにも削るわけにはいけません。そうして結局経費は予想以上にかさむのです。そこで私の管理する予算表(Google Spreadsheet)には、毎年必ず全体予算の10%前後のバッファを最初から入れ込んでいます。

全体予算の10%前後のバッファを最初から入れ込んでいる
全体予算の10%前後のバッファを最初から入れ込んでいる

これを筆者は「下駄」と呼んでいるのですが、この値だけは全ての経費と収入が確定してから外します。そうすることによって早めに視覚的に、経費が予算の限界に近づいて行ってるのかどうかを確認することができます。

また収入に関してもチケット売上は蓋を開けてみるまでわかりません。ありがたい事にYAPC::Asia Tokyoのチケットは毎年それなりに売れていますが、だからといって運営側は今年もまた必ず売りきれるつもりで運営していると、予想が間違った時に取り返しがつきません。そこで最後まで未確定のチケット収入に関しても希望と現実を混ぜないように、チケットが実際に売れた数から計算した値、完売した場合、7割しか売れなかった場合等を必ず表示するようにしています。

チケットが実際に売れた数から計算した値、7割しか売れなかった場合、などを表示
チケットが実際に売れた数から計算した値、完売した場合、などを表示

ここまで神経質になるのも、やはり最初の開催で大赤字を出してしまったせいであるとは思います。その際は他に方法がなかったためいくらか個人的に補填しましたが、その後の予算管理体制を整えるきっかけになってくれたので比較的安い授業料だったと思っています。

おわりに

これら以外にも大小様々な準備が同時並行で走っています。カンファレンス運営にこれから望む方々に、少しでも参考になれば嬉しいです。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧