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パターン、Wiki、XP ―― 時を超えた創造の原則

はじめに

「はじめに」『パターン、Wiki、XP ―― 時を超えた創造の原則』
pp.iv-viiより転載
江渡 浩一郎

パターン,Wiki,XP。この3つから,どんな共通点を思い浮かべますか。

パターンは一般に,「デザインパターン」の略として用いられます。プログラミングをしていると,繰り返し現れるコードの記述を目にすることがあります。デザインパターンは,そのような記述に名前を付け,再利用しやすい形式にまとめたものです。デザインパターンは今では,ソフトウェア設計の定石集として広く使われるようになっています。

Wikiは,インターネット上のコラボレーションシステムです。1つのWebサイトを多数の人が共同で作り上げていくことができます。Wikiの最大の事例は,誰もが編集に参加できる百科事典「Wikipedia」でしょう。Wikipediaは多数の人の協力によって,非常に充実した百科事典へと成長しました。

XPは「エクストリームプログラミング」の略で,ソフトウェア開発手法の一つです。ソフトウェア開発において良いとされるさまざまな手法を,極限にまで適用してみようという発想で考案されました。XPは,プログラマを中心に支持が広がっています。

この3つには,共通の祖先があります。それは,建築家クリストファー・アレグザンダー(Christopher Alexander)による建築理論です。長い年月を経てできあがった街並は,調和した美しさを備えています。彼は,そのような街並が持つ美しさを,どうやって建築で実現するかを考えました。植物は,種から芽が出て,花が咲き,実が生じるといった自ずから成長する力を備えています。アレグザンダーはそのような自ずと成長する力を備えた建築を実現しようとしました。彼はその方法を追い求め,「時を超えた創造の原則」としてまとめました。その原則の一つがパターンランゲージです。

パターンランゲージは,建築において繰り返し現れる構造を再利用しやすい形式にまとめたものです。一般に建築は,利用者が要望を出して,それをもとに建築家が設計を行うというプロセスで進めます。しかしアレグザンダーは,その関係性を変えようとしました。利用者と設計者の共通言語としてパターンランゲージを使うことで,利用者が自分自身で建築の設計を行い,本当に望んだ建築を実現できるようになることを目指したのです。

そして,パターンランゲージを始めとしたアレグザンダーの理論を,建築以外の分野に応用しようと努めたのがウォード・カニンガム(Ward Cunningham)とケント・ベック(Kent Beck)の2人です。そうして生まれたのが,デザインパターン,XP,Wikiです。デザインパターンとXPはソフトウェア開発において,Wikiはコラボレーションにおいて,利用者と設計者をつなぐ「創造の原則」として働きます。

デザインパターン,XP,Wiki,そしてその前史にあたるアレグザンダーの思想。これらを調べた結果は,1960年代にまでさかのぼる,約半世紀にわたる物語になりました。本書では,それらの概念が誕生した経緯を年代を追って解説していくことによって,建築の世界の思想がソフトウェアの世界で花開くまでの過程をお伝えします。

本書で紹介する原則がみなさまの創造の現場で活用され,さまざまな社会的関係性が改善されていくようになることを期待しています。

謝辞

本書は,たくさんの方々のご協力によって完成させることができました。

まず,Wikiの作者であるウォード・カニンガムさんに,メールによるインタビューに答えていただきました。Wikiやデザインパターンなどの歴史に関する本を書くという試みに暖かい言葉をかけていただき,心の支えになりました。

建築家の中埜博さん,難波和彦さんのお二人には,クリストファー・アレグザンダーという特異な建築家と共に仕事をされた経験をもとに,彼の思想や活動のさまざまな側面について具体的に教えていただきました。お二人の話によって,アレグザンダーの活動の実体がようやく見えてきました。

都市計画の専門家であり翻訳者でもある山形浩生さんには,都市計画におけるアレグザンダーの評価について,専門家としてのバランスのとれた意見を聞かせていただきました。

アジャイルソフトウェア開発の専門家である平鍋健児さんには,業界の主要なメンバーと交流してきた経験をもとに,アジャイルムーブメントが誕生した過程について詳しく教えていただきました。

このようなそれぞれの分野における第一人者の方々へのインタビューによって,本書を書き上げることができました。インタビューにご協力いただいた皆様に深く感謝いたします。

また,本書に掲載した一部の図版は,クリストファー・アレグザンダーさん,ウォード・カニンガムさん,ジェイミー・フェントン(Jamie Fenton)さん,テッド・ケーラー(Ted Kaehler)さん,山宮隆さんの許可によるものです。許可をくださった皆様に感謝いたします。

本書の執筆は,さまざまな方々の支援によってようやく進めることができました。島田慶樹さんには,Wikiの歴史についての調査など,本書執筆についての多大なる支援をいただきました。塚本牧生さん,しばむらしのぶさんとは,「Wikiばな」などのイベントでWikiに関する議論を続けさせていただいており,Wikiの起源を追及するきっかけとなりました。産業技術総合研究所の西村拓一さん,濱崎雅弘さんとは,Wikiに関する論文を共に執筆させていただき,研究としてのWikiを掘り下げることができました。角谷信太郎さん,懸田剛さんには,本書のレビュアとして深い洞察によるコメントをいただきました。技術評論社の稲尾尚徳さんには,編集者として,執筆が遅くなりがちな筆者の活動を辛抱強く支えていただきました。本書の執筆を支えてくださった皆様に深く感謝の意を表します。

最後に,本書の執筆によって多忙な生活を送ることになった私を支えてくれた,妻と子どもたちに感謝します。本当にどうもありがとう。

著者プロフィール

江渡浩一郎(えとこういちろう)

1971年生まれ。慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。在学中よりメディアアーティストとしてネットワークを使ったアート作品を発表する。1996年,sensoriumプロジェクトにて「WebHopper」を発表。sensoriumは1997年にアルス・エレクトロニカ賞グランプリを受賞。1998年,Canon ARTLABとの共同制作として「SoundCreatures」を発表。2001年,日本科学未来館「インターネット物理モデル」の制作に参加。2004年,メーリングリストとWikiを統合したグループコラボレーションシステム「qwikWeb」を公開。2005年,仮想生物の制作・共有環境「Modulobe」を発表。現在,独立行政法人産業技術総合研究所サービス工学研究センター研究員。

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