アクセシビリティを組織で向上させる──社内外の認知・効果測定から、新規開発への組み込みまで

第5回アクセシビリティを7つの視点で効果測定し、実績を証明する

本連載は『Webアプリケーションアクセシビリティ─⁠─今日から始める現場からの改善』を補うものです。紙幅の都合で同書に収められなかった原稿を再構成しました。
同書の第7章「アクセシビリティの組織導入」の続編にあたります。同書第7章は、会社内でたった一人でアクセシビリティの取り組みを始めてから、正式なチームを立ち上げるまでのノウハウを紹介しました。本連載はそこからさらに取り組みを広げていくためのノウハウをまとめます。

全8回でお届けする本連載、第5回のテーマは効果測定です。

さまざまな取り組みを進めていくと、気になってくるのが「アクセシビリティの効果測定」でしょう。社内外に活動が認知され、取り組みの拡大に向けた流れが見えはじめたら、状況把握としての測定が必要です。今後の活動を継続していくためにも不可欠です。

アクセシビリティの効果は測定できる

アクセシビリティの取り組みの直接的な効果は、⁠多くの状況でユーザーがアクセス可能になっていること」です。たとえば、公開サイトであれば「アクセシビリティ改善はトラフィック増加と相関がある」という記事があります。しかし、自社のサービスに対してどういうユーザーが訪れているのか、そのユーザーがアクセシビリティを必要としているかどうかは、アクセスログから追うことは困難です(なぜ困難なのかは後述します⁠⁠。

アクセシビリティ「だけ」は測定できない

アクセシビリティ「だけ」を改善し、前後比較として評価できるケースが少ないことも、測定の難しさに拍車をかけます。たとえば、サイバーエージェントのAmebaサービスでは、「テキストサイズとコントラストの改善により数値の改善が見られた」という記事があります。しかし、このようにアクセシビリティのみに着目した改善で、かつ結果を定量的に測定できるケースは多くありません。アクセシビリティ以外のさまざまな部分を同時に改修することがほとんどだからです。

取り組みの目指す先は、⁠アクセシブルになった結果、自社の事業に対して良い影響が出ていること」です。この点でも、アクセシビリティのみを取り出してどういう影響が出ているかを測ることは難しいでしょう。アクセシビリティは、企画、デザイン、エンジニアリング、マーケティングと不可分であり、単独での影響として分解することは難しいからです。

アクセシビリティによる変化は測定できる

では、測定は不可能なのか? というと、そんなことはありません。アクセシビリティだけに絞り込んだ効果測定は難しくとも、アクセシビリティに取り組みはじめてからの会社の変化、周囲の反応の変化を測定することは可能です。それが「アクセシビリティに取り組んだことの効果」であることに疑いの余地はありません。

測定の7つの視点

以下の7つの視点で、社内から社外へ、開発からユーザーへ、広報から市場へと、⁠内から外へ」の変化をトラッキングしていけば、全体的な状況をつかめます。これは、同書の第7章および本連載で紹介する活動の成果を、さまざまな観点から測ることです。

  1. 社内の理解度や取り組み開始状況を測定する
  2. アクセシビリティの課題の数や割合を測定する
  3. 改善活動の度合いを測定する
  4. 会社のステークホルダーの反応を測定する
  5. プロダクトへの顕在的なニーズを測定する
  6. ユーザーによる評価結果を測定する
  7. 市場のニーズを測定する

1. 社内の理解度や取り組み開始状況を測定する

手始めに、社内での普及啓発の活動が実を結んでいるかどうか、状況を計測します。上昇していれば、社内のアクセシビリティ普及度を推定できます。

アクセシビリティ研修の実施率

全社員に対する研修の実施割合を計測します(研修の実施方法については、本連載の第6回で詳しく紹介します⁠⁠。プロダクト開発や広報、マーケティングなど、部門別に研修状況を可視化しましょう。

本連載の第6回でも触れますが、新入社員向け研修のほうが始めやすく、入社プロセスに組み込んでしまえば実施状況のカウントも容易です。一方、既存メンバー向けはあとからの研修実施になり、実施率を上昇させるには繰り返しのアナウンスが必要です。そのため、既存メンバー側の実施割合を重点的に確認すべきです。

また、研修後のアンケート結果も合わせて確認し、内容のチューニングに活かしていくとよいでしょう。

アクセシビリティチャンネルの参加人数や活性度

社内コミュニケーションツールのアクセシビリティチャンネルに参加している人数や、会話の流量、リアクション数を計測します。

チャットツールや社内SNSツールには分析機能が付いているケースが多く、簡単に確認できます。

話題提供や相談などが行われていれば、やりとりは増えます。ただし相談に関するメッセージの流量は、やがて一定のラインで落ち着きます。理解が浸透してくると、わかりにくい問題以外は淡々とチェックしていくからです。

アクセシビリティに関わるメンバーの理解度

メンバーに対してアクセシビリティに関するクイズを出し、その正答率で計測します。

noteでのalt勉強会では、代替テキストに関するクイズを交えながら解説するスタイルで実施してみたところ、好評でした図1⁠。研修で話している基礎的な内容にフォーカスし、少し引っかけ問題を入れるバランスがよいでしょう。定期的に続ければ、理解度の分布や注力ポイントを検討できます。

図1 noteでのalt勉強会のスライド
図1 スクリーンショット:Googleスライドの内容。「問17. 次の状況における代替テキストを考えよ」というタイトル。以下のようなnoteの特定画面のスクリーンショットがある。雑誌が重なったものに¥マークがついたアイコン的画像がおいてあり、その右に「定期購読マガジンの申し込み 月額の定期購読で、マガジンを販売できる機能です。noteプレミアムご登録の方に限りお申し込みいただけます。定期購読マガジンについて」というテキストブロックがある。この場合の画像の正しい代替テキストは何かを考えさせている。

手動アクセシビリティチェックの実施率

開発案件のプロジェクト数を分母として、アクセシビリティチェックが実施された割合を測定します。

freeeでは、案件管理表の中にアクセシビリティチェック実施有無を記載する欄があり、その記載を四半期で集計しています図2。実施状況の例は「2022年、freeeのアクセシビリティを振り返る」をご覧ください⁠⁠。

図2 社内Slackでアクセシビリティチェック率を伝えている状況
図2 スクリーンショット:Rikiya Ihara 18:17 :お祝い:アクセシビリティチェック率上昇のお知らせ:お祝い: 集計終わりの速報です。みなさまのご協力のおかげで、FY22Q1→Q2でかなり上昇しました!すばらしい!! PD1:73.0% → 100% PD2:87.0% → Growth / NUX / 記帳 91.7%, コアエンジン/ 申告 / アドバイザー100% PD3:18.2% → 60.0% PD4:69.1% → 82.8%(そして称賛のリアクションがたくさん付いている)

本連載第3回で触れたとおり、チェックリストをフォームで呼び出した際に「何の案件で誰が呼び出したか」が記録されるため、突き合わせて内容を確認できます図3⁠。

図3 生成されたチェックリストの一覧。どのプロダクトの誰が何の画面をチェックしているのかが、チェックリスト提供側から見える
図3 スクリーンショット:Googleスプレッドシート。フォームから発行されたアクセシビリティーチェックリストが一覧されている。

2. アクセシビリティの課題の数や割合を測定する

プロダクトのチェック結果としてアクセシビリティの課題がどの程度存在しているかは、わかりやすい計測ポイントです。課題の発生度合いがわかれば対策を考えられます。課題が減ってきたなら、研修・チェック・改善のサイクルによって社内の理解度が上がってきた結果です。

自動チェックによる課題発生率やスコア付け

Pull Request時にCIContinuous Integration、継続的インテグレーション)として自動チェックを回している場合は、開発案件のプロジェクト数を分母として、課題が出た割合を集計します。

Webサイトやアプリケーションを定期的にクロールして「定期健康診断」を実施するアプローチもあります。axe Monitormablがそうしたやり方を支援します図4⁠。

図4 mablのアクセシビリティテストの定期レポートのサンプル(mabl.comより)]
図4 スクリーンショット:アクセシビリティチェックの定期レポート。横軸が日付、縦軸が問題数になっている棒グラフ。毎日機械チェックをかけて、Critical、Serious、Moderate、Minorの数を色分けして表示している。グラフの下には問題として挙げられた項目が並んでいる。

どこまでを「課題」とするかの考え方や、スコア計算の手法は、さまざまなものがあります。

  • エラーの内容を問わずに単純に足し合わせる
  • 重視している課題のみに絞って集計する
  • エラーの内容ごとに深刻度を振り、それを計算する
  • Lighthouseが出す点数を集計する

「web accessibility metrics」でGoogle検索すると、さまざまなスコア付けの提案記事が出てきます。ただし、集計ロジックを解説するのが大変なので、あまり凝った形にはしないほうがよいでしょう。

手動アクセシビリティチェックによる課題発生率

開発案件のプロジェクト数を分母として、手動チェックをかけた結果の課題発生割合を計測します。

freeeでは、前述のとおり、どの案件でどんなチェックを行ったかが記録されます。実施済みチェック結果を四半期ごとに集計して、前期までの課題発生率と比較したり、どの達成基準で問題が発生しやすいかを確認したりしています図5⁠。ただし、自動チェックと違い、人の手による分析が必要です。

図5 チェックシートを集計し、チェック項目ごとのNG率を算出している
図5 スクリーンショット:Googleスプレッドシート。チェックシートの結果を行にとり、チェックIDを列にとって、チェック項目ごとにOK数、NG数、該当なしの数、保留の数を計測し、NG率を算出している。

また四半期の集計とは別に、freeeではアクセシビリティガイドラインの執筆陣による「チェック結果のレビュー会」を週次で行っています。機動的に問題に対処していくためです。どういうチェックが行われているか、問題が起きがちな部分がどこかを把握して、それを埋める参考資料を作ったり、研修内容に反映したりしています。

3. 改善活動の度合いを測定する

前述のチェックによって出現した課題が、どの程度改善されているかを測定します。

アクセシビリティの問題とは、平たくいえば特定の利用状況でのバグだといえます。そのため、本連載第4回で紹介した「アクセシビリティのチケットを特別扱いしない」⁠チケットのレビューや取り扱いを決める」という取り決めがあれば、一般的なバグトラッキングの指標で測定できます。その指標をアクセシビリティのチケット関連に絞り込むだけで、改善状況が確認できるのです。

アクセシビリティ関連IssueやPull Requestの起票数・完了数

リポジトリに対する絶対値としてIssueやPull Requestの数を集計します。また、対応して完了になった数、逆に対応せずに完了になった数も集計します。

これらを測ることで、アクセシビリティに関する改善がどの程度活発に行われているか、また、改善がどの程度見送りになっているかを測れます。

以下は、改善プロセスが途中で止まっていることを示します。

  • チェックは実施しているのにIssue化されない
  • IssueはあるのにPull Requestが少ない
  • Issueに対して対応なしで完了になっている率が高い

こうした場合は、以下の状況になっていないかを確認すべきです。

  • 開発メンバーと改善について合意が取れていない
  • 改善方法がわからないまま保留になっている
  • 問題の重大度が正しく認識されていない

アクセシビリティの課題解決にかかる期間の平均時間

アクセシビリティissueが完了になるまでの期間を集計します。

この値が長大になる場合は、チェックとissue化だけが先行していています。開発チームでアクセシビリティの重要性が認知されていなかったり、改善プロセスが開発計画に織り込まれていなかったりすることが考えられます。いくつかプロジェクトをピックアップして個別にヒアリングを行い、対策を考える必要があります。

この値があまりに短く安定しているケースも要注意です。常に対応なしで即座に完了しても、短く安定するからです。ほかのIssueと同様、アクセシビリティのIssueも適切に評価し、必要ならばきちんと対応されるように調整しなければなりません。

リリース前にアクセシビリティissueを改善できた割合

開発案件のプロジェクト数を分母として、リリース前にアクセシビリティIssueを対応して完了できた割合を集計します。

この割合が低い場合は、⁠リリース直前のQAQuality Assurance、品質保証)の段階でまとめてチェックした結果、大量に課題が出現してさばききれない」のかもしれません。デザイナーやエンジニアで、以下の状況になっていないかを確認しまます。

  • アクセシブルなデザインや実装の必要性を認識できていない
  • デザイン時や実装時におけるチェックの必要性に気付いていない
  • デザインシステムが自動的に担保してくれていると誤解している
  • チェックに慣れていないので見送っている。QA段階に任せている

こうした状況には、研修や、チェックのワークショップを行う、デザインや実装のレビューを行うといった方法で地道に対処します。ただし、時間がかかります。短期的には、Issueがさばききれず、本連載第4回「初期には、修正必須とせずリリースする判断も」で紹介したような状況は起きるでしょう。

しかし、ことアクセシビリティに関しては、そこからが粘りどころです。⁠アクセシビリティの課題は、利用不能になるバグである」という理解を得たうえで、開発中の品質向上を目指していけば、⁠アクセシビリティに取り組んでいる会社」としての期待に応えるアウトプットが出せます。

この割合が上がっていくことは、多くのユーザーがはじめから使える状態でリリースできる体制に近づいていることを示します。ぜひそれを目指しましょう。

デザインシステムのコンポーネント適用率

アプリケーションの全画面を分母として、デザインシステムのコンポーネントがどのぐらい適用されているかを計測します。

デザインシステムのコンポーネントにアクセシビリティを織り込む施策が実行されていれば、そのコンポーネントを使う画面は一定の品質に至っていると推定できるからです。デザインシステムについては同書の第6章で紹介しています。

ただし、同書の第6章でも触れているとおり、⁠コンポーネントを使っている=アクセシブルである」とは言い切れない点に注意が必要です。使い方を間違えていたり、値を指定すべきところが抜けていたりするとアクセシブルではなくなります。この集計結果は、あくまで参考値にとどめておきましょう。

なお、デザインシステムのコンポーネントに対しても、チェックや改善がコンスタントに実施されているかを確認しましょう。Storybookのアクセシビリティチェックアドオンなどを活用できます図6⁠。

図6 SmartHR UIのStorybook
図6 スクリーンショット:SmartHR UIのStorybookの表示。AccordionPanelのコンポーネントサンプルとともに、アクセシビリティチェック結果が一覧されている。

4. 会社のステークホルダーの反応を測定する

アクセシビリティの取り組みを社外に発信した結果を集計します。

ここが上昇していれば、⁠この会社はアクセシビリティを前提としている」と認識する人が増えていると推定できます。

アクセシビリティに関する開発者・デザイナーの発信への反応

所属エンジニアやデザイナーが書くブログなどでの、アクセシビリティに関する記事への反応(SNSコメント数・ブックマーク数・被リンク数など)をカウントします。ほかにも、以下のような点をカウントしてみるとよいでしょう。

  • アクセシビリティに関する登壇依頼が来た回数、集客した人数、アンケート結果
  • 公開中のアクセシビリティ関連リソース(ガイドライン、チェックリスト、デザインシステムなど)への反応や、Issue数・Pull Request数

これらの発信のひとつのゴールは、取り組みの目指す先に共感する人が増えること、その結果として共同作業者が増えることです。カジュアル面談や面接などでアクセシビリティに言及してくれた人の数も把握できるとよいでしょう。

アクセシビリティに関する広報発信への反応

アクセシビリティ関連のお知らせやプレスリリースへの反応をカウントします。

コーポレートサイトの記事閲覧数、外部配信での閲覧数、SNSでのアクティビティなど、ふだんから広報としてカウントしているものを集計するとよいでしょう。IR資料などでアクセシビリティに関する情報開示をした場合は、それもカウントします。

広報発信の目的は、取材などの反響を呼ぶことです。そのため、問い合わせやメディア取材がどの程度発生しているのかも計測します。さらに、活動の結果、企業のブランドに影響が生じているのかをアンケートなどで把握できるとよりよいでしょう。

5. プロダクトへの顕在的なニーズを測定する

自社プロダクトにアクセシビリティの求めが具体的にどのぐらいあるのかを測定します。ユーザーからの求めを待つだけでなく、こちらから聞きに行くアプローチを織り交ぜることがポイントです。

ユーザー向けお知らせコーナーにおけるアクセシビリティ関連記事の反応数

サポートサイトやアップデート情報ページなどの「ユーザー向けお知らせコーナー」で、アクセシビリティ改善をお知らせする記事を出し、その記事への反応をカウントします。たとえば、サイボウズでは「製品アクセシビリティ情報」として、定期的にアップデート情報を出しています図7⁠。

図7 サイボウズの製品アクセシビリティ情報
図7 スクリーンショット:製品アクセシビリティ情報の記事一覧のページ。プロダクトごとのアクセシビリティアップデート情報が1ヵ月〜3ヵ月の単位でまとめられて一覧されている。

1記事ごとのアクセス数は大きくなくとも、発信を続けることで認知は高まります。測定は実施するものの、この数字を引き上げていくよりは、姿勢の表明として、日々の運用に組み込んでいくのがよいでしょう。

サービス内で、自身の障害や利用状況に言及しているユーザーの数

ユーザープロフィールを設定するサービスでは、自身が障害者であることや高齢者であることを明示するユーザーの数、またそれに伴うPCやスマートフォンの利用状況などに言及するユーザー数を測定します図8⁠。

図8 noteのクリエイター検索で「視覚障害」で検索した様子
図8 スクリーンショット:noteの検索欄で「視覚障害」と入力し、クリエイターのタブを選択している。検索結果は約100件と表示され、クリエイターが一覧されている(アイコンと自己紹介文にはぼかしをかけている)。

C2CConsumer to Consumer、消費者間取引)のECサービスや、クラウドソーシングサービス、SNSやブログサービスなどが典型例です。

こうしたユーザーは、特に活動初期では、数は多くはないかもしれません。現時点でまだサービスがアクセシブルでなければ、アクセシビリティを必要とするユーザーは「使えない」のでプロフィールを記載することもままならないはずです。また、障害や年齢を明らかにすると不利に働くケースがあるため、自身の属性を明かさずに活動している人も多いでしょう。

それでもなお、こういったユーザーの存在が確認できれば、幸運と考えるべきです。さらに、SNSやブログサービスであれば、サービスのアクセシビリティ上の課題を自身の記事で指摘しているユーザーに出会えることもあります(noteやアメーバブログでは実際にそうしたケースがありました⁠⁠。

まだアクセシブルでないサービスでも、何とかして使おうとする、障害を明示したうえで利用する、課題を自ら指摘するユーザーが存在することは、サービスにそれだけのポテンシャルがあり、アクセシビリティ改善の期待が明確にあることです。ぜひインタビューを申し込みましょう。

ユーザーアンケートでの「アクセシビリティが必要」の回答数

自社サービスのユーザーや見込み顧客に対してアクセシビリティをテーマにしたアンケートを実施し、⁠アクセシビリティを必要とする状況か?」にYESと答えた人数をカウントします。

先に挙げたユーザープロフィール欄があるサービスや、ユーザー数が多く問い合わせもある程度よせられるサービスであれば、そこでユーザーの存在を確認できます。しかし、そういったサービスでなければ、アンケートをするのが手っ取り早いでしょう図9⁠。アクセシビリティへの取り組みをすでに始めていれば、それをより推し進めるためのアンケートだと説明すれば、社内的にもユーザーコミュニケーション的にも問題なく実施できるはずです。

図9 ユビーのアンケートフォーム
図9 Googleフォームのスクリーンショット。「「ユビー」についてのご感想を聞かせてください」というタイトル。「誰のためにこのサービスを利用していますか?」「このサービスの利用は何回目(1日以上間をあけて)ですか?」「このサービスの利用目的は何ですか?」という質問とともに「ユビーを利用する上で下記の障害がありますか?」と質問している。回答項目は「視力が弱い、見えにくい/全盲/手や腕が動かしづらい/特にない/その他」となっている。

なお、業務アプリケーションでは、⁠その業務に関わる従業員がアクセシビリティを必要とするケースがあるか?」⁠アクセシブルであるかどうかが導入の意思決定にどう影響するか?」といった点を重点的に確認します。

ただし、このアンケートも初回の値は低く出るはずです。取り組み初期には、アクセシビリティを必要とするユーザーに、自社サービスを認知してもらえていない可能性が高いからです。上昇させるには、広報やマーケティングを継続的に実施する必要があります。

後述の市場アンケートでの回答と比較することで、市場全体のニーズと自社がリーチできている層とのギャップが可視化できるでしょう。

ユーザーからの、アクセシビリティ関連の問い合わせの件数

問い合わせフォームやカスタマーサポートによせられた、アクセシビリティ関連の問い合わせの件数をカウントします。

初期には、問い合わせ件数は少ないでしょう。前述と同じく「まだアクセシブルでないので、今は使える人しかいない」⁠属性を明らかにしたくないケースがある」⁠アクセシビリティを必要とするケースにリーチできていない」からです。

この件数が増えていれば、ユーザーが「アクセシビリティ改善を期待してもよいサービスだ」と認知しつつあると推定できます。問い合わせが増加している場合は、アクセシビリティの課題を解消したり、対応状況を解説するページに誘導したりといった施策が必要です。むしろその状況であれば、喜ばしいことです。

なお、そもそも「アクセシビリティに関する問い合わせを受け付けている」と表明図10していなければ、なかなか問い合わせにはつながりません。残念なことに、ユーザーは「アクセシビリティに関する問い合わせをしても、どうせ無視される」と考えている場合が多いからです。この点は注意しておきましょう。

図10 サイボウズのアクセシビリティ改善フォーム
図10 スクリーンショット:「サイボウズ製品のアクセシビリティ改善に協力」というフォーム。「本フォームで送信されたご意見は、サイボウズ株式会社のアクセシビリティチームが受け取り、サイボウズ製品のアクセシビリティ改善を目的として利用します。」と記載してあり、ご意見ご感想の種類を教えてください/コメントを入力してください/お使いの製品と質問が続く。

ユーザーインタビュー時・ユーザビリティテスト時にアクセシビリティに言及された数

プロダクトの企画時に、ユーザーに対して利用状況のインタビューや観察を実施することがあります。その際にアクセシビリティに関わる言及があった数を記録します。インタビュースクリプトや観察時の質問に、アクセシビリティに関わる質問を入れると確認できます。

アクセシビリティに関わる質問はいろいろな形で可能です。以下のようなさまざまな切り口があります。

  • 文字の大きさや読みやすさ
  • スマートフォン利用時の画面の見やすさ、色の見分けやすさ
  • 画面が暗く感じるか・まぶしく感じるか
  • エラーを起こして修正する際の手順
  • キーボードで操作するときの経験

時には、こちらから質問しなくても、インタビュー中にふとした拍子に「ちょっと見えにくかったので」という発話があったり、ユーザーの操作の観察中にアクセシビリティに関係する課題が生じて操作の流れが変わったりすることもあります。これらは、既存ユーザーからのアクセシビリティへの求めだと解釈してよいでしょう。

すでにプロダクトに対するユーザビリティテストを行っていれば、そこで生じている課題のうち、上記の「アクセシビリティに関係ある課題」をまとめておくとよいでしょう。

後述の「アクセシビリティにフォーカスしたテスト」の結果との相関が見えるようにすれば、アクセシビリティの改善が全体的なユーザビリティの底上げに貢献していることを示せます。

サービスの商談や導入時にアクセシビリティに言及があった件数

B2BBusiness to Business、企業間取引)サービスや業務アプリケーションでは、商談問い合わせ、商談、導入支援といった段階で顧客からアクセシビリティに言及があった数をカウントします。

商談スライドなどにアクセシビリティの紹介を入れておけば、そこに言及するかどうかを確認できます。上昇していれば、アクセシビリティを要件のひとつとして考える顧客が増加していると推定できます。

6. ユーザーによる評価結果を測定する

アクセシビリティチェックや改善を実施するとともに、ユーザーによる評価も定期的に実施し、結果を測定します。

ガイドラインやチェックリストはあくまで問題回避のプラクティス集です。本当に使えるかを確かめるには、実際のアプリケーションを、実際のユーザーが試す必要があります。

「アクセシビリティにフォーカスした」ユーザビリティテストによる問題の発生数

定期的に「アクセシビリティを必要とするユーザー」によるユーザビリティテストを行い、生じた問題の数を集計します。

特に、操作不能になったり、先に進めなくなったり、時間がかかりすぎてあきらめたりする課題(つまりアクセシビリティの課題)を重点的に数えます。

アクセシビリティにフォーカスしたユーザビリティテストの実施方法については、「ユーザーテストは準備が8割! 弁護士ドットコムで実施した「準備の様子」⁠シナリオ」の一部を公開」や、「ユーザーと一緒に進めるアクセシビリティ 〜1年でアクセシビリティを組織に浸透させたnoteの取り組み〜」が参考になります。

定期的にテストを行うには、ユーザーリクルーティングが課題です。同書の第7章や前述の「5. プロダクトへの顕在的なニーズを測定する」で挙げた方法で、協力してくれるユーザーを探しましょう。

アクセシビリティへの取り組みが進み、投資できるようになれば、⁠テストを業務委託する」⁠従業員としてテスターを雇用する」ことで常に被験者がいる状態を作れます。

サニーバンクという障害者専門のクラウドソーシングサービスでは、障害当事者によるウェブアクセシビリティ診断のサービスを展開しています。SmartHRでは、アクセシビリティテスターの雇用を開始しています図11⁠。

図11 SmartHRのアクセシビリティテスターの募集要項
図11 スクリーンショット:【アルバイト】アクセシビリティテスターの募集ページ。募集背景として「SmartHRは「労働にまつわる社会課題をなくし、誰もがその人らしく働ける社会をつくる。」というミッションを掲げ、働くすべての人を後押しするプラットフォームをつくっています。そのため働く人の権利や仕事の楽しさについて考え、一人でも多くの人が価値ある仕事に取り組めるようなプロダクトを目標にアクセシビリティの向上に取り組んでいます。より多様な従業員を雇用する企業でもSmartHR製品の人事・労務業務をスムーズに行えるようプロダクトのアクセシビリティ品質を向上していただける方を募集します。」と記載されている。

通常のユーザビリティテストと、こうしたアクセシビリティを必要とするユーザーによるテストを別け隔てなく並行で行い、両方の「品質向上への取り組み」が相互に良い影響を及ぼすことが理想です。

7. 市場のニーズを測定する

プロダクトを展開する分野で、アクセシビリティを必要とする人がどのくらいいそうかを測定します。

測定結果と、前述の「プロダクトへの顕在的なニーズ」にギャップがあるなら、自分たちがリーチできる伸びしろがあるということです。

市場アンケートでの「アクセシビリティが必要」の回答数

前述の「5. プロダクトへの顕在的なニーズを測定する」で挙げた「ユーザーアンケートでの『アクセシビリティが必要』の回答数」と同じ内容のアンケートを、広く市場に向けて行います。

アクセシビリティの必要性をテーマに以下の設問のようなアンケートを実施すれば、市場の全体感を理解できます(なお「アクセシビリティ」という単語は一般的ではないため、詳しくなくても回答できるように調整とテストを行いましょう⁠⁠。

  • 今どういう作業や業務を行っているか
  • 今の作業や業務になっている理由や経緯はどういったものか
  • 作業や業務を行う人の中にアクセシビリティを必要とする人がいるか。いるとしたらどんな属性か
  • 今の作業や業務でアクセシビリティ上の課題が起きているか
  • 課題に対し、今どのような対策や運用を行っているか
  • 今の作業や業務に対してどのような改善が必要か

市場アンケートはリサーチ会社経由で行います。最近はセルフサービスで調査票を作ってリサーチできるサービスもあるので、低コストで調査できます。ただし、こうした調査の多くは、Web上のポイントサイト経由でモニターや回答を募集しています。そのため、⁠現時点でWeb利用ができる層が回答している」というバイアスがかかる点には留意が必要です。

アンケート回答者からインタビュイーを募集できれば、予算が許す範囲でぜひインタビューも行いましょう。実際にどういった現場でアクセシビリティが必要になるのかを理解することが、⁠誰に何を言えば届くのか」を考える材料となります。今後の広報活動やマーケティングでの重要な情報となります。

アクセシビリティを必要とする人にプロダクトの存在を伝え、実際に使ってもらえる状況を生むことは、マーケティング活動そのものです。ターゲットの期待に応えられるようにプロダクトを改善しただけでは、使ってほしい人には届きません。顧客群をリサーチにより特定し、適切な手段でメッセージを伝え、リーチする必要があります。

しかし、リーチしただけではまだ使える状況にならないかもしれません。特に業務アプリケーションでは、ユーザーのリテラシー自体を上げなければならないなど、越えるべき壁がいくつもあります。壁を越えていくには、同じ目標を持つ会社どうしで協力し、新たな市場を創出していくアプローチが必要だと筆者は考えています(詳しくは本連載第8回で解説します⁠⁠。

利用ログからニーズを定量的に測定するのは避けるべき

本記事の冒頭で「自社のサービスに対してどういうユーザーが訪れているのか、そのユーザーがアクセシビリティを必要としているかどうかは、アクセスログから追うことは困難です」と述べました。

「アクセシビリティの必要性を測定する」と考えると、このアプローチを思い浮かべる方が多いはずです。しかし、これはかなり困難かつリスキーです。前述の1〜7の測定をもって効果を測るアプローチのほうがお勧めです。

Webアプリケーションにおける支援技術ユーザーを見分ける方法はない

Webの世界では、2つの理由により、⁠スクリーンリーダーで自社プロダクトを利用している人は何人いる」といったことは把握できません。

1つ目は、支援技術の実行状況をブラウザ側で確認するのが難しいという技術的な問題です。OSやソフトウェアによる支援技術は、ブラウザが描画した結果をもとに動作します。このため、ブラウザ側ではその実行状況を知る術がなく、トラッキングできないのです。

2つ目はプライバシーの問題です。どのアクセシビリティオプションを使っているかは個人の医学的な点での障害に関連している可能性が高く、プライバシーに関する情報です。同意なく収集するのは問題があります。そのため、サイト側がブラウザの設定状況を取得することは制限されています。

詳しくは「How Many People With Disabilities Use My Website?」を参照ください。この記事では、機械的に測定しようとするのではなく、アメリカの障害者比率を自社のサービスのユーザーに当てはめて考えようと提案しています。

モバイルアプリならアクセシビリティオプションの設定状況を取得できるが……?

iOSアプリやAndroidアプリでは、ユーザーがOSのアクセシビリティオプションのどれをオンにして利用しているかを計測することが技術的には可能です。ネイティブアプリケーションはOSの設定を直接取得できるからです。

ただし、計測や集計を行う場合は、事前にオプトイン(収集についてユーザーの同意を得ること)を行うべきですし、その記録も個人に紐付かないよう管理するなどの対応が必要です。前述のとおり、プライバシーに関わる情報だからです。

Discordのアプリ版では、スクリーンリーダーの利用を検知すると、改善のために匿名での記録を許可するかどうかを尋ねるダイアログが表示されます図12⁠。

図12 Discordのダイアログ
図12 スクリーンショット:Discordで表示されるダイアログ。以下のような記載がある:We're working to improve Discord for all screen reader users. It looks like you're one of them! Would it be okay if we anonymously record that so we can improve Discord for everyone who uses a screen reader?

測定結果の取り扱いには注意を要する

アクセシビリティオプションの設定状況の集計は、誤解の原因になり得る点に注意しておくべきです。

たとえば、集計結果としてアクセシビリティオプションをオンにしているユーザーが少なかったとします。アクセシビリティの意義に明るくない人は、⁠少ないから対応はいらない」⁠少ないから優先度を落としてよい」と考える可能性があります。この考えはさまざまな誤りを含みます。

  • 現時点でアクセシブルでなければ、アクセシビリティを必要とするユーザーは「使えない」ので少ないままになる
  • 現時点でアクセシブルであっても、アクセシビリティを必要とするユーザーに伝わっていなければ「使ってみようとしない」ので少ないままになる
  • 今は割合は少なくてもプロダクトが成長したら絶対数は増える可能性がある。また、みんなで使うプロダクトであれば、1人が使えないだけで大きな負の影響がある
  • アクセシビリティを必要とする人は、アクセシビリティオプションをオンにしている人だけではない。オプションをオンにするほどではないが見えづらい・聞こえづらいという状況はいくらでもある

アクセシビリティオプションの設定状況は、たとえ取得するとしても、定量的に評価すべきではありません。実際の使い方のトラッキングと組み合わせて、⁠プロダクトの使い方がオプションの有無でどう変化するか?」といった定性的な理解に用いるべきです。アクセシビリティを必要とするユーザーが現実に存在しており、そのユーザーによる使い方を推定するための材料であると考えましょう。

「別バージョンの用意」はアンチパターン

アクセシビリティオプションの設定状況の取得には、もうひとつの課題があります。設定状況をフラグにして表示の出し分けを行う、つまり「アクセシビリティが必要な人には専用の別プロダクトを提供する」という考え方を生むことです。

「使えるものを短い期間で生み出す」という点では合理的なアプローチかもしれません。入り組んだアプリケーションをアクセシブルにするには、さまざまな前提条件や制約との共存を考える必要があります。アクセシビリティの最大化を目指した「シンプル版」をゼロベースで作ってしまったほうが早い場合もあるでしょう。

しかし、このアプローチは継続性に問題が生じやすいです。

  1. 別のバージョンを作ると、本体と整合するようにメンテナンスするコストが必要になる
  2. 別のバージョンに手を入れられる人が属人化しやすく、機動性や継続性に問題が生じる
  3. 別バージョンを作ると、本体側をアクセシブルにする活動が起きづらくなる
  4. 別バージョンが本体の更新に追従できなくなると、両者で機能差が生じ、結果的にユーザーを振り分けて差別する結果になり得る
  5. 別バージョンの提供をやめると、本体側がアクセシブルになっていないため、別バージョンのユーザーがサービスを受けられなくなる

「Accessibility — Separate but Equal is Never OK」 という記事は、実際にこのアプローチを取った企業が訴訟で敗訴した事例とともに、この「特別版」を作るべきではない理由を挙げています。

アクセシビリティオプションの設定状況を取得することは、誤った判断のきっかけになり得る、リスキーな行為です。取得や取り扱いには慎重さが必要です。成熟した考え方を持つ前に、手を出すのは避けるべきです。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧