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はじめに
事業が順調に成長しているにも関わらず,現場が疲弊してきてアクセルを緩めざるをえなくなってしまった。
ユーザー数が伸びるにつれて多くの要望が出てきても,新しい機能をスピーディーに追加できなくなってきた。
- なぜ,そうしたことが起きてしまうのか。
- その原因は,変化に適応できないからです。
私は,社会人になってからエンジニアとして12年間過ごしたあと,ソフトウェアの受託開発を生業とする株式会社ソニックガーデンを創業,12年に渡り経営してきました。今は,株式会社クラシコムにも社外取締役として関わらせてもらっています。クラシコムは,社長の青木耕平さんと実の妹の佐藤友子さんのお2人で創業された会社で,雑貨や洋服などを販売する「北欧,暮らしの道具店」を運営しています。ECだけにとどまらず,メディアを持ち,オリジナルのWebドラマやラジオなども展開するユニークな会社です。その独自の世界観を実現するために,クラシコムには社内にエンジニアチームがいて,ソフトウェアを内製しています。より良いソフトウェアとエンジニアチームを実現するべく,私の開発と経営の両方の経験を活かせるのではと,2018年に参画することになりました。
私が参画した当時,ソフトウェア開発は社長である青木さんが直接マネジメントしていました。青木さんは非常にロジカルな考え方を持ち,物事や構造を抽象化して捉えることができる人なので,エンジニアだった私から見てもプログラミングの素養があるように思えました。
とはいえ,青木さんにはプログラミング経験があるわけではないため,ソフトウェアならではの気をつけることや,一般的な製造とはプロセスが大いに異なること,エンジニア特有の人材マネジメントのポイントなど,たくさんのことをお話してきました。たとえば……
- 人を増やしたからといって,速く作れるわけではない
- 正確な見積もりを求めたら,見積もりが膨らんでしまう
- 一度に大きく作ろうとするほど,結局は損をしてしまう
あるとき,青木さんとこれまでのことをふりかえりながら話をしていたときに,ふとこんな言葉をもらいました。
「でも,こういうソフトウェアならではの話って,普通に経営だけしていたら知る機会ないよね」
たしかに,私自身はエンジニアであり,経営者でもあるのであたりまえのこととして伝えてきましたが,ソフトウェアそのものに長く触れたことのない人にとっては,人生でソフトウェアの特徴を知る機会はありません。
今のビジネスにおいて,ソフトウェアは欠かせないものになっているにも関わらず,ソフトウェアの特性を知らないがゆえに,経営者やマネージャーがよかれと思っていても,じつはまちがった施策を進めてしまうのはとても惜しいことだと考えるようになりました。
ソフトウェアに関する知見をまとめて,エンジニアに向けて専門的に書かれた書籍は世にたくさんありますが,エンジニア以外の人たちにとっつきやすく,それでいて本質を知ることのできる書籍は少ないのかもしれません。
「そのギャップを少しでも埋められたら,きっと世の中のビジネスもソフトウェアももっと良くなるし,ソフトウェアを必要とする人とソフトウェアを開発するエンジニアの双方が幸せになれるのでは」
そう考えたのが,本書を書いたきっかけです。
起業家や経営者,それに事業責任者やマネージャーがプログラミングを学ぶことは,エンジニアの考え方やソフトウェアの特性を知るうえで,とても意義があることです。しかし,多少プログラミング言語をかじった程度では,その本質まで理解することは難しいのも事実です。なにより,マネジメントに携わる忙しい人たちにとって,自分でプログラミングを身につけてソフトウェア開発を学ぶのは現実的に無理があります。
本書は,そういった多忙な人たちであってもサッと読めるように書きました。なるべく専門用語は使わずに,たとえ話を使ったり,平易な表現にすることで,大事なポイントだけは押さえられることを試みました。
本書で紹介するのは,「手っ取り早く安くソフトウェアを作る方法」ではありません。ですが,長い目で見て成長し続ける事業や,変化し続けるサービスに適応し続けられるソフトウェアが欲しい方にとって,きっと役立つ本になっているはずです。
本書を通じて,より多くのソフトウェアが柔軟に変化していけるものになり,読者のみなさんの事業やサービスを持続的に支えていくことを願っています。