新春特別企画

2022年のWebアクセシビリティ

あけましておめでとうございます。株式会社ミツエーリンクスの中村直樹です。昨年に引き続き、技術仕様と国内法整備に関して、2022年のWebアクセシビリティの短期的な予測をしてみます。

WCAG 2.2とWCAG 3.0

WCAG 2.2に関しては、2020年末では2021年2月にCandidate Recommendation(勧告候補)になる予定だったものが、ずるずるとスケジュールが後ろ倒しになっており、執筆時点の2021年12月初頭になっても未だに勧告候補のステータスにはない状況です。一方で、執筆時点でのWhat’s New in WCAG 2.2 Working Draftによれば、2022年6月にRecommendation(勧告)を発行するスケジュールとのことです。

このスケジュールに間に合わせるのであれば、逆算すると4月までに勧告候補を発行する必要があります。よって、4月に勧告候補が発行されているかどうかがターニングポイントといえるでしょう。

1年前の記事で取り上げたWCAG 3.0に関しては、2021年1月に最初の草案が発行され、2021年の6月と12月の2回にわたって更新こそされましたが、最初の草案から表面上は大きな動きは見られませんでした。

その一方で、コントラスト比の新たな考え方として提唱されているAPCAについては、バージョンが0.98G 4gにアップデートされています。Lookup Tableに注目するとわかると思いますが、一見して基準を満たせているのかが判断できないような、かなり複雑なコントラストの計算結果となっています。バージョンが1に満たないことから、まだまだ追加のアップデートがされていくことでしょう。

これとは別に、Explainer for W3C Accessibility Guidelines (WCAG) 3.0という草案文書が発行されましたが、これはWCAG 3.0の2021年1月版の一部を切り出した上で、WCAG 3.0とは何者なのかを説明した文書という認識であり、この文書自体に目新しい情報はないと思われます。

WCAG 3.0の動きはWCAG 2.2が勧告候補に達してから議論が本格化していくことになるでしょう。

JIS X 8341-3:2016について

JIS検索によれば、2020年10月20日付けでJIS X 8341-3の確認が実施されています。原則として5年ごとに規格の確認が行われますから、次回の確認は遅くて2025年となり、主に海外情勢の変化による特段のアクションがなければWCAG 2.0の一致規格であり続けるといえます。

ただし、WCAG 2.2がISO化されてWCAG 2.0から更新されることになれば、ISOとの一致規格であるJISも原則として更新されることになります。仮にWCAG 2.2が6月にW3C勧告となり、勧告と同時にISO化のプロセスが開始されるとしても、今年中にISO化されることはないといえます。

EPUBアクセシビリティ

2021年初頭にISO/IEC 23761が発行されました。これは、電子書籍の規格であるEPUBに対するアクセシビリティの適合要件を定めるものであり、W3C Member Submissionとして発行されたEPUB Accessibility 1.0をベースとするものです。EPUB Accessibility 1.0については、日付が古いものですが有志による翻訳文書も存在します。

EPUB Accessibilityがどのような適合要件を要求しているのかですが、4.3 WCAG Conformanceから1文を引用しますと、

EPUB Publications must meet [WCAG 2.0] Level A to be conformant with this specification, but it is recommended that they meet Level AA.

と記述されており、端的にはEPUB出版物はWCAG 2.0レベルAを満たさなければならないとあります。

この国際規格はJIS X 23761としてJIS化作業が進められていますEPUBアクセシビリティのJIS規格化について|日本DAISYコンソーシアムも参照⁠⁠。JIS X 23761の策定とともに、電子書籍業界にWCAGをベースにしたWebアクセシビリティの考え方が浸透していくきっかけの年になるといえそうです。

なお、W3CではEPUB Accessibility 1.0の後続となるEPUB Accessibility 1.1の策定作業が進められています。上記の引用箇所の文言は変更が入っていますが、EPUB Accessibility 1.1は策定途上であるため、ひとまずは脇に置いておくとよいでしょう。

アクセシブルなルビ

2021年10月に、日本DAISYコンソーシアムがブラウザベンダー、W3C、WHATWG宛ての公開書簡を送付したのは記憶に新しいところではありますOpen Letter to Browser Vendors, W3C, and WHATWG: Towards Accessible Ruby⁠。

この文書で指摘されている既知の問題の1つとして、HTMLにルビが含まれている場合に、スクリーンリーダーはそのHTMLのルビを読み上げてくれないという問題があります。

これは現状のWAI-ARIA仕様にruby要素をはじめとするルビ関連のHTML要素について、ロールの規定がされていないことが直接の原因になります。しかし、この問題に対処するためには、単にWAI-ARIAに手を加えるだけにとどまらず、HTMLやCSSも絡めて考慮する必要があると考えます。そのため、短期的に大きな動きが起きるとは考えにくく、中長期的な議論が必要になってくるでしょう。

WAI-ARIAについて

2021年12月にWAI-ARIA 1.2がCandidate Recommendation Draft(勧告候補草案)として更新されましたが、まだat risk(不安定)とされる機能が4つほど残っています。この4つが解決すれば勧告まで一気に進むことになりますが、これまでの速度からして2022年のうちに勧告まで進むのかは微妙なところでしょう。とはいえ、仕様としてはほぼ完成している状態ですから、ここから劇的に技術的内容が変化することはないと思われます。

その一方で、WAI-ARIA 1.2の後続となるWAI-ARIA 1.3のFirst Public Working Draft(初回公開作業草案)の発行も2022年に行われても不思議ではありません。いずれにせよ漸進的にロールとARIA属性の追加が行われていくことにはなります。

改正障害者差別解消法の施行にむけて

2021年6月に障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)が改正され、遅くとも2024年6月に施行されることになりました内閣府ホームページ⁠。

この改正では合理的配慮が民間事業者にも義務化されるようになるのが大きなポイントとなってくるわけですが、ではWebサイトにおけるWebアクセシビリティは合理的配慮になってくるのでしょうか。

総務省が発行しているみんなの公共サイト運用ガイドライン(2016年版)では、⁠ウェブアクセシビリティを含む情報アクセシビリティは、合理的配慮を的確に行うための環境の整備と位置づけ」とされていますが、これはあくまで公共サイトを対象としたガイドラインであることに留意が必要です。

一方、2021年に行われた『デジタル社会に必要な情報 アクセシビリティ』講演会において、内閣府の障害者政策委員会の委員長を務めている石川准先生による発表情報アクセシビリティに関わる法制度の現状と課題では、Webサイトやモバイルアプリがオンライン上の店舗と考えれば、障害者差別解消法の合理的配慮が求められてくるのではないか、というような解釈を示されています。

環境の整備は従前のとおり努力義務ですが、合理的配慮が義務化されることで、法律上の重みが変わってくることになります。何が義務となってくるのか判断に迷ってしまうことがないように、合理的配慮に関する一定の目安を行政にしっかりと示してもらう必要があると考えます。

2022年夏には政府が障害者差別解消法に関する施策を総合的かつ一体的に実施するための、基本方針の改定案が作成されるというスケジュール案が示されています。

この基本方針をもとに、事業者のための対応指針が定められるわけですから、基本方針の作成が1つの山場といえるでしょう。Webアクセシビリティに携わるものとしては、Webアクセシビリティの技術仕様であるWCAGを尊重するような基本方針や対応指針が作成されるよう期待したいところです。

合理的配慮の義務化にあたって、Webアクセシビリティについてどのように対応していけばよいのかのガイドラインの整備も必要とされるでしょう。前述のみんなの公共サイト運用ガイドライン(2016年版)は、あくまで公的機関を主眼に置いたガイドラインであり、民間事業者を対象としていません。法律上の義務を果たしていく観点からも、民間事業者も対象とするガイドラインの整備について政府への働きかけが求められてくるのではないでしょうか。

第5次障害者基本計画にむけて

2022年(令和4年)度までが現行の第4次障害者基本計画の期間であり、2022年には第5次障害者基本計画の審議が本格化し、年内に計画案の取りまとめがされることになっています。第5次では2023年度から向こう5年間の政府施策の枠組みが決定されるわけですから、こちらも動向として見逃せないものになってくるでしょう。

国立国会図書館が発行するEUのアクセシビリティ指令によれば、EUではWCAGを念頭に置いた、包括的な製品やサービスに対するアクセシビリティの考え方が示されていると理解しています。

その一方で我が国の施策として、筆者の主観になりますが、情報のアクセシビリティについては、全体として一体感が欠けているように感じています。先に取り上げた情報アクセシビリティに関わる法制度の現状と課題でも述べられているような、分野を横断する一体的な「情報アクセシビリティ法」の整備が必要になってくると考えます。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧