キーパーソンが見るWeb業界

第17回バカメディアに見るIAとコンテンツ

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今回は株式会社ライブドアにて、おもに広告企画を担当する他、個人として『バカ日本地図』⁠chakuwiki』などを運営している谷口正人氏をゲストにお迎えして、IAの考え方、バカメディアが目指すこと、個人としての働き方などについて、レギュラーメンバーの2人と語っていただきました。

今回、阿部淳也氏はおやすみです。

谷口正人(たにぐち まさと)
株式会社ライブドア 広告企画ディレクター

IAとして多くの大手サイトのリニューアルを行ったあと、ライブドアで広告企画を行う。 個人としてバカサイト「借力」を主催。これまでに『バカ日本地図』⁠バカ世界地図⁠⁠バカ日本語辞典』⁠バカの門』⁠ご当地バカ百景』⁠ご当地バカ百景2』など多くの 書籍を出版する。最近では個人ブログ「OL男子の4コマ書評」で新たな出版を目論ん でいる。趣味は空手とヌンチャク。

長谷川 敦士(はせがわ あつし)
株式会社コンセント 代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(Ph.D⁠⁠。ネットイヤーグループ株式会社を経て、2002年株式会社コンセントを設立。情報アーキテクチャの観点からWebサイト、情報端末の設計など幅広く活動を行っている。著書に『IA100 ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計⁠⁠、監訳に『デザイニング・ウェブナビゲーション』などがある。武蔵野美術大学非常勤講師。情報アーキテクチャアソシエーション(IAAJ)主宰。NPO法人人間中心設計推進機構(HCDNet)理事、米Information Architecture Institute、ACM SIGCHI、日本デザイン学会会員。株式会社AZホールディングス取締役。

森田 雄(もりた ゆう)
株式会社ツルカメ 代表取締役社長 UXディレクター

2000年に株式会社ビジネス・アーキテクツの設立に参画し、2005年より取締役、2009年8月同社退職。読書家と称した充電期間を経て、2010年5月よりめでたく社会復帰。IAおよびUX、フロントエンド技術、アクセシビリティ、ユーザビリティのスペシャリスト。CG-ARTS協会委員。広告電通賞審議会選考委員。米IAInstitute会員。アクセス解析イニシアチブ会員。Webby Awards、NewYorkFestivals、WebAwards、アックゼロヨン・アワード グランプリおよび内閣総理大臣賞、グッドデザイン賞など受賞多数。趣味は料理とカメラ。

個人の活動から

谷口:私は元々IAという立場でWeb業界に関わっていました。最初は、制作会社で働いてからセピエントに移り、そこでIAをアメリカ人より学び、海外のIA事例に多く接しました。それらを活かしてWebの業務に携わっていました。

当時は、まだ日本国内ではIAという考え方がほとんど浸透していなくて、日本の大手企業のユーザビリティ監査やサイトリニューアルなどを請け負っていました。そういった業務を4年ほど続けてから、今度は自分でサービスを作りたいと思い、今のライブドアに転職しています。

ライブドアでは、livedoor Wikiなど新規サービスの立ち上げに関わり、現在は広告企画を担当しています。最近は、ロケタッチといった位置情報系サービスを含めた、従来の広告とは異なる、店舗を持っている企業とのコラボレーションに注力しています。

IAという職種になって思ったのが、そもそもIAというのは「メタ情報をどう扱うか」⁠視点をどう切り替えるか⁠⁠、この2点が本質で、大量の情報を大胆に整理する技術です。そこから派生して生まれたのが、技術評論社さんから書籍としても刊行された『バカ日本地図』や、現在のChakuWikiです。

森田:ちなみに僕、バカ日本地図のメンバーだったんですよね。サイトのマークアップをお手伝いしていました。そのころ、僕の中ではIAという意識はなくて、純粋にバカに共感したという気持ちが強かったですね(笑)

IAの仕事って何?

長谷川:やはりバカ日本地図もIAだからこそできるの仕事だと思います。あのサイトは、人々が(日本地図を)どう思っているかを、視覚的表現で実現しているからです。情報というのは思い浮かべるだけでは誤解を招くことも多いですが、視覚化することで具現化することができます。また、バカ日本地図に関しては良い意味の悪ノリにつながり面白いサイトになっていますが、実際には面白いだけでない、構造化をするためのサイトになっているわけです。

そもそもIAというのは、編集することです。⁠Webサイトの情報設計」は、IAの一部でしかありません。元々、編集者から提唱されたこのIAという概念は、編集の仕方、つまりどうすれば読みやすくなるか、探しやすくなるかのことであり、インデックスを作ることで、情報に価値を与える作業なのです。ですから、Webサイト構築で言うところのIAはプロジェクトの1つでしかないと言えます。

谷口さん個人が行っている、情報を編集して発信するというのが本質的なIAと言えますね。

森田:たしかに、WebのプロジェクトとしてのIA っていうのは役割としては末端に位置するでしょうね。IA ってもともとは、もっとアカデミックなものですよね。

長谷川:辞書の編集のように財になりにくい、アカデミックな作業になりますね。

森田:今の流れで、たとえば電話帳の編集ということを考えてみると、これまでは誰の番号をどういう順番で掲載するか、それが編集作業であり、IA的な作業でもありました。しかし、これだけ携帯電話が普及したり、状況が変わってくると、電話帳をどう届けるか、どうやって見てもらうかまでを考えるのがIAにもなりますね。

谷口:それおもしろいですね。もっと突き詰めていけば、週刊電話帳みたいなスタイルで、A4一枚サイズに、その週に話題になった電話番号をまとめたメタ情報を届けたほうが、今の時代にマッチしているように思います。

長谷川:IAという仕事は、メタ情報かどうかを考えるのではなくて、メタメタな情報を考えて、レイヤを行き来するときに、⁠メタ情報を)どうつなぐかということになります。

メタ情報だと抽象度が高いので、今見ているユーザの、何かのレイヤに紐付けて可視化する、つなぐことが重要になります。

谷口:そうですね。視点を設定して、それに関係ないものはバッサリ捨てる作業、とも言えます。

IAとUX

森田:ちなみに、今現在は存在しなくても、5年後には存在するかもしれない、そういう情報を考えるのはIAに含まれると思いますか?

谷口:情報量が多すぎる時代にはメタ情報が慢性的に不足します。なので5年以内に新しいタイプのメタ情報が多く登場するとは思いますね。

長谷川:そう考えていくと、最近よく同一に取り上げられるUX(ユーザ体験)とIA ってまったく別物なんです。IAは情報をどうデザインするか、UXは経験をどう提供するかなわけです。おそらく、エディトリアルデザインとプロダクトデザインぐらい違いがあります。

ただし、IAでは抽象度の高いデザインをするために、実際の業務としてシナリオを考えたり、UXまで意識するケースがあるのだと思います。

森田:たしかに、UXデザイナーというのはアートディレクターに近いですね。現実的な落とし所をきちんと目指しているというか。UXは理想的な体験を純粋に突き詰めていくだけのものではないです。

ですから、よく言われるような、何かのロール→IA→UXデザイナーというキャリアパスは、僕はあまりないかなと思っています。

長谷川:コンセントでも、IAのパスと、UXデザイナーのパスは違っています。キャリアパスといえば、谷口さんのようなIAをリクルートしたいですね(笑)

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企画の出しやすさ

谷口:うちも人材を探しているんですよ(笑⁠⁠。キャリアパスの話で言うと、今、私がライブドアにいる理由は、制作会社と違ってメディア企業にいることで、メディアでの露出が確保できるのでさまざまな企画を実験しやすい、悪くいえば失敗しやすい環境だからということです。私個人としては、制作会社が作るクリエイティブと、メディアが作るクリエイティブを比較すると、メディア側のもののほうが規模が小さいと思います。言い換えれば、小粒なものをたくさん作るチャンスがあります。

長谷川:たしかに。それは、失敗しやすいというよりは、ケーススタディを貯めやすいのがメディア側ですね。

森田:メディアは自分のところでプロジェクトをやれますが、プロダクションは相手(クライアント)のところでプロジェクトをやりますから、その違いは大きいですね。

人の雇い方

谷口:ところで、キャリアパスの話から、私は個人活動をしながら会社員としても働いているわけですが、お二人は経営者として働いていますよね。何か、働き方について考え方ってありますか?

森田:経営者ではありますが、僕が意識しているのは「インディペンデント(独立して⁠⁠」で働けるかどうか、ですね。経営者の立場としてはそれが重要です。ただし、実際の業務として考えた場合、考えるだけではなくて手を動かす人も重要なわけで、それが従業員に求める部分だと思います。

長谷川:企業・組織という形態を取るメリットには、大きく2つ、つまり「システムで(体系的に)できること」「頭を使って十分に考えられること」があると思っています。Webサイトのコミュニケーションを考えた場合、頭を使うだけではなく、仕組みによって量を担保することが求められます。ですので、私は、一人じゃなくて、会社を立ち上げようと思ったわけです。当然ながら、システムとして、仕組みとして機能させるには、それなりの規模が必要となります。

森田:僕も、ビジネス・アーキテクツ時代、とくに後半は経営として会社の仕組みづくりをしていました。しかし、今のツルカメでは、現実としてそういうものはまだあまり必要ないんですよね。何年後かに100人規模、などそういう計画があるならともかく。一緒にツルカメを作っていくという意志のある社員が何人かいたら、仕組みづくりと実際の運営とがもっと噛み合うだろうなと思っています。

バカメディアは儲かるのか

谷口:なるほど。私は会社員でも自分に100%向いているところにいたいと思っています。ですので、広告企画のグループで珍しい案件ばかり請け負うようになっているのですが、それは、自分が常に新しい企画をしたいのでそういうふうになるように仕向けた部分(意識した部分)もあります。

中でも、この3年間、バカメディアをどうやってマネタイズするかを考えてきました。そこで、ようやく今年のエイプリルフールでタイアップ企画を受注することができたのですが、これは、先ほど話しにも上がった『バカ日本地図』をはじめ、バカメディアに対する(クライアントの)理解度が深まったからだと思っています。

ソーシャルメディアの時代には、かっこいい広告よりも、話のネタになるコンテンツのほうが話題を呼びやすい。なのでバカに対する扱いは『バカ日本地図』を開始した時期に比べて、大きく変わっています。そもそも「バカ」という言葉自体が、以前はタブーだったように思っています。

ところが、ソーシャルメディアの時代に移ってきてから、クライアント側としても、メディアをコントロールすることは難しいというのを認識しはじめました。大きなシフトですね。

今は、バナーなどの純粋な広告ではない、コンテンツだけれども広告としても成果がでるものを画策しています。

森田:たしかにソーシャルメディアはコントロールできない領域ですし、いくつかあるソーシャルメディアの広告事例は、たまたまサイトの性質を持っているということが言えますね。

そういえば、こういうソーシャルメディアに対する投資や予算って、どこから捻出するのが良いのでしょう?広報?宣伝?

谷口:難しいところですね。コントロールできない分、先が読めないわけですから。1つ大事なのは、スタートさせるときに「ユーザをできるだけコントロールしないけど、荒れないように意識する」ことでしょうか。それを考えているかどうかでマネタイズしやすくなるように思います。

たとえば、デイリーポータルZの林さんにお話を聞いたとき、自身の知見から「荒れない経験則」というのをお聞きして、ソーシャルメディア上でも応用できると感じました。

ソーシャルメディアはキャンペーンに向いていない?

森田:荒れることも1つの特徴ではありますけどね。あと、ソーシャルメディアの予算を考えるときに伝えたいのは、そもそもソーシャルとは、クチコミが重要な要素なわけで、そう考えると短期間で結果を求めるものではないと思います。ところが、ソーシャルメディアをキャンペーンに当てはめた途端に、1週間だったり1 ヵ月だったり、非常に短期間で成果を求めがちです。仮に、1週間で結果ができないと、結局TV CMを打つなどの施策をしています。これって本末転倒ですよね。

実は、ソーシャルメディアはキャンペーンに合わせづらいメディアである意識は大切だと思います。

長谷川:もう1つ、ソーシャルメディアは個人の責任、レスポンシビリティが出てくるわけですから、そもそもとして企業が扱う必要があるかどうかを考えなければいけません。また、ソーシャルメディアを扱うことで、企業の意味が変わってしまうケースがあります。

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コントロールできないコンテンツでのタイアップの可能性

谷口:コントロールに関しては、いかに作家性を前面に出すか、というのも1つのポイントだと思っています。クライアントの要望ベースで作るとユーザをコントロールする仕組みになりがちです。そこはできるだけメディア側の世界観を通すことでできるだけ自由に使いやすくしたいですね。

ライブドアで始めているロケタッチという位置情報サービスは、ソーシャルメディアでかつ、ユーザは実際に体を動かして店舗に行くので、そんなことをコントロールしようとしても無理で、本当にそこに行きたいと思ってもらわないとはじまらない。そこはクライアントにも理解していただいていますね。

たとえば最近スタートしたローソンさんとのタイアップでは、店舗に本当に足を運んだかを店員が厳密に確認するよりも、よりカンタンにキャンペーンに参加することを重視しています。

ただ、これも1つの事例であって、将来的には、ライブドア以外でもさまざまなメディアを横断的にわたるコンテンツを作りたいですね。コントロールできないコンテンツでタイアップができるのかどうか。たとえば、昔のテレビ番組にあったような『オレたちひょうきん族』のようなライブ感を活かしたコンテンツが、Webでも実現して、システムとして回せるのかどうか、など、気になっています。

森田:ちなみに、位置情報って儲かってます?

谷口:現実的にはこれからですが、問い合わせの数からいって、かなり期待をしています。

谷口:最後にもう1 つ、私が最近個人で取り組んでいる「OL男子の4コマ書評」の話をさせてください。これは、名著を4コマ漫画で書評したらどうなるか、という企画なんですが、これも冒頭で言った、書籍という大量の情報に対してメタ情報を作る作業の1つなんですよね。

この4コマ漫画は、石原都知事を風刺した内容で人気になったのですが、そこで感じたのは「批判っておいしい」ということでした。批判をすることによって、新しいバイラルが生まれますから。ただ、私自身、武道に取り組んできたこともあり、武道の先生からは「人を批判すること」を否定されてきたので、その点で葛藤はありました。これについても、先ほど紹介した林さんから「強い相手を批判するのであれば問題ないんじゃない」というコメントをいただいて、すっきりしたところです。

森田:メディア的暴力にならなければ、まあ概ね問題ないと思います。

長谷川:そうは言っても、自分より強いからすべていいかどうかというのは議論の余地がありそうですね。

谷口:はい、とくにバカメディアとしては、批判の方向には行ってはいけないと思っています。というのも、批判を進めていくことによって悪ノリが悪ノリで収まらなくなるからです。それでも、煽り系から生まれるPVの魅力はありますけど(笑)

いずれにしても、これからもバカメディアに取り組みながら、それをマネタイズして盛り上げていくっていうのは私の仕事の方針にしていきたいですね。


今回、ゲストを含めた3名が旧知の仲ということもあり、非常に濃くて深い、そして、今のソーシャル時代にもマッチした内容で話が展開しました。谷口氏が述べている、IAという概念とコンテンツによって生み出された「バカメディア」というものが、今後Webの中でどう展開されていくのか、注目していきましょう。

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