[初出:ProductZine(翔泳社)]
本稿では、業務支援ツールのプロダクトマネージャーであり、データ活用の支援経験も豊富な、ゆずたそさんに、担当プロダクトのデータ活用施策を検討する際に、あらかじめ押さえておくべきステップを6つの視点で具体的に解説いただきます。(編集部)
はじめに
はじめまして。ゆずたそ(@yuzutas0)と申します。私は業務支援ツールのプロダクトマネージャーとして活動する傍らで、データ基盤&KPIダッシュボードの受託開発や、業務改善のコンサルティングを行っています。主な相談元は各社のCPO、CSO、CTO、VPoEといった方々です。
この寄稿記事では「データ活用施策を成功に導くステップ」について解説します。記事の内容は、拙著『実践的データ基盤への処方箋』(技術評論社)の1章9節「ユースケースを優先的に検討しツールの整備を逆算する」をもとに加工・編集したものとなります。
想定する読者は、担当プロダクトのデータ活用施策を検討する方です。「プロダクトの会員数ダッシュボードを用意しよう」「デジタル広告を見直して流入を増やそう」「クーポンメールを配信して売上を伸ばそう」といった施策を検討するときには、ぜひ参考にしてみてください。
データ活用施策を検討するにあたって「何か特別なことをしなければいけない」といった先入観に陥り、手段と目的が入れ替わってしまうことがあります。そうではなく、プロダクトの機能開発やUI改善と同じように、堅実なステップを経ることが大事だと気付いてもらえると幸いです。
データ活用施策とは何か
本稿における「データ活用施策」とは、データ活用によって「顧客や社員」の「作業や判断」の「Q:Quality(品質)」「C:Cost(費用)」「D:Delivery(期間)」「S:Scope(範囲)」を改善することを指します。
例えば、プロダクトマネージャーが売上の集計に1時間を費やしていたとしましょう。ダッシュボードを構築して、1分で売上を可視化できるようになれば「時間削減」が改善効果と言えます。同様に、スパム投稿を自動検知できれば巡回スタッフの負担を減らせますし、おすすめ商品をレコメンドすれば顧客が商品を探す手間を省くことができます。
一般的なECサイトであれば、以下のような施策を検討できます。
- 顧客数、売上高、在庫、販売数、仕入数、仕入原価、広告コストのモニタリング
- ECサイト閲覧から購入完了までの利用ファネルの可視化
- 法人販売チームごとの商談開始から契約完了までの営業ファネルの可視化
- 新機能開発による効果の見立てや、ABテストによる効果の計測
- 機械学習による商品のレコメンド
- 公序良俗に関する商品レビュー(迷惑投稿)の自動検知
- 顧客からの問い合わせの傾向分析
- 問い合わせ受信から対応完了までの時間(リードタイム)の推移の可視化
- 広告配信や検索結果の最適化
- インフォグラフィック(統計情報の可視化)を駆使した人気カテゴリ紹介のプレスリリース
- ECサイトが表示されるまでの時間(レスポンスタイム)の把握と障害検知
- 障害発生時に影響の対象となる顧客数の調査
プロダクトとデータは不可分です。プロダクトを取り巻くあらゆる活動において、データ活用のチャンスがあるはずです。
STEP1 事業目標を達成するには何が必要か?
データ活用施策が失敗する理由の1つ目は「事業目標にそぐわない」ことです。最初に、自社あるいは担当事業について、目標、現状、課題、施策を洗い出しましょう。企業によっては、既に中期経営計画やプロダクトロードマップなどの名称で設定されているかもしれません。例えば、以下のような内容です。
実務においては、これらを詳細まで検討します。例えば「登録過程のどこを改善すると効果的か」「何を改善すると解約を減らせるのか」「優良顧客の解約で平均単価が下がるリスクはあるか」といった課題について、調査・分析を行います。
データ集計に時間がかかる場合や、正確な数値にならない場合は、経営企画のモニタリング環境を整えることをお勧めします。筆者がデータ基盤を構築したところ、それまでは担当者が2日かけてデータを集めたり集計していたのが、同じ作業を10分で完了できるようになりました。
STEP2 優先順位が高い施策はどれか?
データ活用施策が失敗する理由の2つ目は「優先順位が低い施策を進めてしまう」ことです。データ活用施策の投資対効果を見立て、優先順位を定めましょう。
以下の表は、優先順位を決めるためのもので、意思決定マトリクスと呼びます。STEP1で提示された施策について、期待される効果と必要なコストを書き出し、総合的に判断して、優先順位を定めます。
データ活用施策の意思決定マトリクスの一例
| データ活用施策の案 |
①デジタル広告配信による登録促進 | ②解約候補者へのクーポンメール配信 |
意思決定の観点 | 施策によって期待される効果 | 売上への貢献度 | ◯:大きい | ◯:大きい |
影響する人数 | ◯:多い | ◯:多い |
顧客体験の向上 | ― | ― |
従業員体験の向上 | ― | ― |
施策実施にかかるコスト | 人数 | ◯:少ない (販売促進部) | △:多い (システム開発部) |
費用 | ×:大きい (集客予算が必要) | ― |
期間 | ◯:短い (すぐに実施可能) | ×:長い (開発期間が必要) |
リスク | ― | ― |
この例では、「①デジタル広告配信による登録促進」は、すぐに実施できる一方で巨額の集客予算が必要です。反対に「②解約候補者へのクーポンメール配信」は、集客予算は不要ですがシステム開発に時間がかかります。予算、開発進捗、チーム人員、市場動向などを踏まえて「①を行う」「②を行う」「両方同時に行う」「両方とも棄却する」といった判断を下します。
STEP3 誰のどのジョブをリプレイスするか?
データ活用施策が失敗する理由の3つ目は「リプレイス対象が明確になっていない」ことです。施策を設計するにあたって「どの顧客または社員の」「どの作業または判断を」「どのように置き換えるか」を書き出しましょう。以下がその一例です。
- 顧客が商品を探す
- →その手間を削減するために、検索機能をつくる
- 経営企画部門が売上を集計している
- →その手間を削減するために、売上ダッシュボードをつくる
- 販促部門がクーポン配信対象を探している
- →その手間を削減するために、クーポン配信システムをつくる
上記を考えるにあたって、業務改善やUXデザインの手法が役に立ちます。例えば、顧客への価値提供であればカスタマージャーニーマップ、社員への価値提供であればバリューストリームマッピングや業務フロー図といった手法が存在します。これらの手法の体系的な説明については、書籍などを参照してください[1]。
STEP4 データ利用の状況を5W1Hで言えるか?
データ活用施策が失敗する理由の4つ目は「利用イメージが具体的になっていない」ことです。データの利用状況について、5W1H(誰が、いつ、どこで、何のために、何を、どうするのか)を書き出しましょう。
例えば、社内向けにプロダクトの売上ダッシュボードをつくる場合は、以下のようになります。
- ◯◯部長が(誰が)
- 水曜日の朝10時に(いつ)
- 役員ミーティングで(どこで)
- 進捗確認のために(何のために)
- 週次の売上推移を(何を)
- 報告する(どうするのか)
ここまで明確になると「データはリアルタイムで集計する必要はない」「◯◯部長が報告しやすいようにレイアウトを整えよう」といった創意工夫が可能になります。利用状況を考慮せずにただダッシュボードをつくるよりも、効率良く高い成果を出せるはずです。
STEP5 利用者に適したツールか?
データ活用施策が失敗する理由の5つ目は「テクノロジーの選定ミス」です。記事や書籍を読み漁ると、BIツール(Business Intelligence)によるモニタリングや機械学習によるクーポン配信など、テクノロジーやノウハウは無数に見つかるでしょう。5W1Hに対してベストなツールを検討しましょう。
「部署や役割によって最適なツールは異なる」ということを念頭に設計してください。例えば、筆者が担当現場でモニタリング業務についてヒアリングしたところ、以下のような回答が寄せられました。
- マーケティング部門:
- Excelを使いたい。圧倒的に使い慣れている。手元で数値を変えて、簡単なシミュレーションを行うには便利だと感じる。
- アナリティクス部門:
- Tableauを使いたい。高価格なので全員に配布できるわけではないが、専門部隊に限定すればライセンスを購入できる。高機能なので多様な分析要求に対応できる。
- Webディレクター:
- Redashを使いたい。関係者へのダッシュボード共有という観点で便利だ。SQLを書いたらデータをグラフィカルに表示してくれる。最近はSQLを勉強しているメンバーが増えている。SQLを見せながらソフトウェアエンジニアに相談できる点も良い。複雑なことをやるのは難しいが、手軽に利用できる。
- Webアプリケーションエンジニア(機械学習のチームを含む):
- Jupyter Notebookを使いたい。プログラミングや統計解析のスキルがある人間にとっては使いやすいツールだ。Pythonを実行できるので、凝ったデータ加工処理を行うこともできる。データ可視化や記録、共有の観点でも必要な機能が揃っている。
上記はあくまで一例です。部門ごとのおすすめツールを紹介しているわけではありません。新しいツールが次々に誕生していますし、既存ツールも日々進化しています。筆者があるBIツールを使い始めたときは、2週間に1回の頻度で新機能が追加されたということもありました。
ここで伝えたいのは、個々のツールの優劣ではなく「自分にとって使いやすいツールが、必ずしも他の役割を担う人々にとってベストではない」ということです。向き不向きを考慮せずに特定のツールを押し付けるだけでは、データ活用施策は成功できません。
STEP6 改善サイクルは回っているか?
データ活用施策が失敗する理由の6つ目は「PDCAサイクルを回せていないこと」です。施策実施やツール導入の後には、以下の3点に注目してモニタリングしましょう。
- 導入したツールが活用されているか? 配布したクーポンは利用されているか?
- 施策を通して期待する効果が得られているか?
- 想定外のトラブルや労力が発生していないか?
施策実施前の想定と現実の活用状況にギャップがある場合は、改善施策を講じましょう。企画時にすべてを考慮できるとは限りません。改善サイクルを繰り返すことで、現場の業務への定着を目指しましょう。
例えば、「売上ダッシュボードが使われていない」といった課題であれば、◯◯部長にインタビューして「月曜までの数字しか反映されていない」「細かく表示しすぎて議論が本筋から逸れる」といったコメントが引き出し、データの更新速度向上や、表示内容の調整を行います。
クーポンの場合も同様に、クーポンを使うケースとそうでないケースの違いを分析して「メール配信時のテキストを変更する」「対象商品を見直す」といった改善が可能です。
データ活用施策を進めるために
データ活用施策を成功に導く6つのSTEPを紹介しました。プロダクトの機能追加やUI修正を行うときの流れと同じだったのではないでしょうか。あくまでデータ活用は手段に過ぎません。「何か特別なことをしなければいけない」といった先入観に陥り、手段と目的が入れ替わってしまわないようにご注意ください。
強いて挙げるなら、機能追加やUI改修と異なり「過去のデータを取り直すことはできない」といった特徴があります。データ活用施策を次々と講じるには、データを安心・安全・簡単に使うための基盤システムが必要になるでしょう。
「基盤をつくるのは大変そうだ」「まずはExcelで小さくデータ分析を試したい」という考え方も間違いではありませんが、Excelでデータ分析を行うには、そのデータを誰かがどこかから抽出する必要があります。データテクノロジーを武器にしてプロダクトを成長させるなら、基盤への先行投資は必須だと筆者は考えます。
ただし、どれだけ技術的に難易度の高い挑戦をしても、活用施策が満足のいかない結果に終わるのであればビジネス価値はありません。データの活用方法を描き、ゴールから逆算する形で、データ収集・整備の投資判断を行います。「とりあえずデータを集めてみた」という場当たり的な整備では、データ活用につながりません。
データ基盤を考えるにあたっては拙著『実践的データ基盤への処方箋』(技術評論社)を参照いただけますと幸いです。もし「専門的な話はよく分からない」「データ活用について相談したい」とのことであれば、筆者までお気軽にお問い合わせください。
本稿を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。データ活用を考えるときには、ぜひ参考にしていただけると嬉しく思います。