アジャイル開発者の習慣-acts_as_agile

最終回 信頼貯金を増やす

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プラクティス「まず自分が相手を信頼する」

信頼貯金を増やすためには,相手から「この人は信頼できる」と思われなければなりません。では,信頼に足る人物であるにはどうすればよいでしょうか。それは,信頼できる人物であることを示すしかありません。……これでは誰も身動きできません。

情けは人のためならず

この状況を打破するためのアドバイスが,Tom DeMarcoの著書『ゆとりの法則』注6にあります。それは「いつも信頼に足ることが示されるより少し前に信頼を与えなさい」というものです。

自分の信頼貯金を増やすためには,まずは自分から回りの人に信頼を貯金しましょう。人は自分を信頼してくれる人を信頼してみようと思うものです。

リスクはチャンス

本当に信頼に足ることを示される前に相手を信頼することには「信頼に応えてもらえないかもしれない」というリスクがあります。

リスクというと避けるべきことのように思われるかもしれませんが,リスクはチャンスでもあります。挑んでみる価値があるものととらえる視点も忘れないでください。

自分がまず信頼して,同僚に仕事を任せてみる。マネージャに自分の仕事に対する考えを話してみる。お客様に正直に状況を打ち明ける。できますか?

人について何を本当に信じているか?

『リーン開発の本質』注7によれば,リーン活動注8に着手する前に答えるべき最後の問いが「人について,何を本当に信じているか?」です。ソフトウェアをつくるのは人だ,とよく言われますし,本連載でも言ってきました。では,⁠人」について何を本当に信じていますか?

私は周囲の人に対して次のように信じています――少なくとも信じようとしています。

私は人について何を本当に信じているか?
人は,自分の仕事がより良くなると判断できれば,私の話を聞いてくれる。そして,人は自分の立場からそれを判断できる。

もちろん,判断するには判断を下すための材料が必要です。また,時間が必要なこともあります。自分の主張が論理的に正しかったとしても,それを受け入れてもらえるとは限りません。

あなたは人について何を本当に信じていますか?

注6)
『ゆとりの法則 ― 誰も書かなかったプロジェクト管理の誤解』⁠トム・デマルコ(著⁠⁠,伊豆原 弓(訳⁠⁠,日経BP社)
注7)
『リーン開発の本質 ― ソフトウエア開発に生かす7つの原則』⁠Mary Poppendieck/Tom Poppendieck(著⁠⁠,平鍋 健児(監訳⁠⁠,高嶋 優子/天野 勝(訳⁠⁠,日経BP社)p.278
注8)
本連載の文脈では「開発をアジャイルにすること」です。

プラクティス「ユーザ価値のある成果を届ける」

ソフトウェア開発で最も確実な信頼貯金の増やし方は,ユーザ価値のある成果を届けることです。これはつまり,お客様に「ありがとう」と思ってもらえるような仕事をするということです。お客様からの評価は必ず社内での評価にもつながります。

定期的に目に見える成果を出す

お客様に評価してもらうためには,目に見える成果を出さねばなりません。ソフトウェア開発であれば,設計書よりも実際に触れるプロトタイプ,プロトタイプよりも実際に機能するソフトウェアのほうが喜ばれるはずです。

連載の第2回で紹介した,反復を繰り返しながら(イテレーティブ)少しずつ進んでいく(インクリメンタル)という,ソフトウェアを「育てる」アジャイル開発の手法はそのためのものです。

図1注9はVersionOne社が提唱する,従来型の開発に対するアジャイル開発のメリットの一つ「可視性」です。インクリメンタルかつイテレーティブにソフトウェアを提供すると,従来よりも早い段階から開発の成果を目にすることができます。

早い段階から頻繁に成果を確認できれば,開発するソフトウェアの成果と,開発チームに対するお客様の不安の解消につながります。お客様に安心してもらうことも立派なユーザ価値の一つです。

図1 アジャイル開発の可視性

図1 アジャイル開発の可視性

タイムボックスと信頼

定期的にユーザに見える価値を提供するには,タイムボックス化が欠かせません注10⁠。そして,タイムボックスを厳守できるように,作業には優先順位をつけて取り組みます。

タイムボックスに作業が収まらない場合は,タイムボックスを遵守できるように作業の分割や優先順位の見直しを行います。作業の見直しでも重要なのは「正直は割に合う」というマインドセットです。

無理をして作業を詰め込んでも,それは長続きしません。本当に緊急であれば仕方がないこともありますが,それが常態化するのは危険です。

タイムボックス化と,そこで成果を出すことを何度か繰り返せれば,ユーザは1回のタイムボックスで達成できるおおよその成果への見通しと期待を持てるようになります。そして,チームが適切に期待に応えることは安心感をもたらします。たとえ遅れが生じたとしても,誠実に対応し,タイムボックスを遵守し続ければ,それは信頼につながります。

注9)
私にこの図を教えてくれた平鍋健児さんは,この図を「バスタブモデル」と呼んでいました。
注10)
タイムボックス化については本連載の第1回「フィードバックを重視する」を参照してください。

プラクティス「素振り」

「まず自分が相手を信頼する」というプラクティスに対応する形で存在するのが,このプラクティスです。

相手から信頼されたときに信頼に足る存在であることを示すには,常日頃からの備えが大切です。

「素振り」という言葉に込めた思いは「プロフェッショナルの日常的な鍛錬」です。たとえばプロ野球選手は試合以外にも練習をします。私たちソフトウェア開発者はどうでしょうか。私たちにとっての「試合」は日々の現場での作業です。それ以外に「練習」はしていますか? 自分のスキルの向上に意識的に取り組んでいますか? 実際に自分の手を動かしていますか? 自分の頭で考えていますか?

四六時中こうしたことに取り組んでいるべき,とは言いません。しかし,私の周囲のアジャイルな開発者たちは,自分で考えることや手を動かすことに自然体で取り組んでいる人が多いのは確かです。

「素振り」や「試合」を通じて向上させるべきアジャイル開発者のスキルとその磨き方を,このあと紹介します。

著者プロフィール

角谷信太郎(かくたにしんたろう)

(株)永和システムマネジメント,サービスプロバイディング事業部所属プログラマ。「『楽しさ』がシステム開発の生産性を左右する」と信じてRubyによるアジャイル開発を現場で実践するテスト駆動開発者。目標は達人プログラマ。好きな言語はRuby。好きなメソッドはextend。著書に『アジャイルな見積りと計画づくり』(共同翻訳),『JavaからRubyへ』(翻訳),『アジャイルプラクティス』(共同監訳),『インターフェイス指向設計』(監訳)。

URLhttp://kakutani.com/

著書