『電網恢々疎にして漏らさず網界辞典』準備室!

第14話 『RE-ANIMATOR』

その日、アメリカのさえないハッカーkyoudaiはありない場所にありないものがありえない形で設置されていることに気づいた。NSAの新しいデータセンターの中に、バックドアつきのクラウドサービスが存在し、しかも無防備に解放されている。

なぜ、こんなことが可能かと調べて見ると、プロバイダまでさかのぼってIPアドレスの割り当てから変更されていた。物理的にそこに存在しても、ネット上はまったく異なる大学の研究室と認識されている。逆に大学研究室のマシンがセンターのマシンと認識されている。さらに検知されずにネットを利用するため、無線LANが勝手に張られていた。macアドレスから推定すると、どうやらクアッドコプタータイプの監視用ドローン、所属はアラスカ警察。つまり、犯人はアラスカ警察に配備予定の監視用ドローンを出荷前にハッキングし、ユタまで飛行させ、NSAの施設のどこかに密かに着陸させて、無線ルータとして利用しているのだ。

最も驚くべきことは特別の措置もしていないことだ。制御ソフトへの入り口が丸見えだ。あまつさえアプリケーションバナーまで返してくる。⁠同定依存方程式」という文字を見つけたkyoudaiは、最初中国人かと思ったが、他にも見つかった文字列から日本語だとわかった。

これは使える!とkyoudaiはほくそ笑んだ。同じ方法でNSAのデータセンターのリソースを使い放題だ。Bitcoinのマイニングに血道を上げている連中に売りさばこう。

kyoudaiは、さっそくそこにあったツール一式をコピーし、カスタマイズするとブラックマーケットで売り出した。商品は瞬く前に売れ切れ、同時にドローンを使って、NSAをクラックした化け物がいるという噂がUGに広がった。

その日、和田は社長室をノックしようとした手をあわてて止めた。それからそそくさと隣の専務の部屋の前に移動してノックする。

  • 「お待ちしておりました」

眼鏡美女が隙のないスーツ姿で、扉を開けてくれた。一瞬、和田は躊躇した。いつもなら宮内ひとり。今日は美人秘書が一緒にいるということはなにか理由があるのだろうか? いや、そもそもこれまで秘書の姿を見かけなかった方がおかしいと思うべきだろう。

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  • 「なにをぼんやりしているんだ。座れ」

部屋の奥から宮内が怒鳴った。いつもながら気が短い。宮内のいる専務室は、社長室と同じくらいの広さだが、内装や家具は、こちらの方が金がかかっているかもしれない。部屋の隅にあるワインセラーに詰まっているワインだけで、ゆうに億を超えるという社内伝説もある。

  • 「宮内さんは最近よく私を呼びますね」

和田は、巨大な専務デスクについている宮内の前に腰掛けながら答えた。

  • 「お前のとこが問題を起こすからだ。まったく」

宮内は、机の上の木目を追いながらつぶやく。

  • 「ええと、なにかご立腹ですか?」

和田は、まだ理由がわからない。

  • 「あのな。倉橋歪莉の暗黒舞踏と内山計算のクラウドハッキングはダメだ。シャレにならん」

  • 「問題でしたか?」

  • 「とくにヤバイのは内山計算だ。建設中のNSAのデータセンターなんかに侵入するから日本の警察に照会が来たぞ。もっとも侵入経路もなにもわかってなくて、ただ日本語のクラウドサービスが勝手に作られているのを見つけたってだけだけどな。公安OBのおっさんがオレに泡くって連絡してきた。もしかしてこれは内山さんじゃないですか?ってな。すぐに止めさせろ」

  • 「そんな国際問題になっていたとは知りませんでした。かしこまりました」

  • 「あのな、やるならFacebookにしろ。あそこはいろんなことがザルだから問題ないだろ。政府機関は絶対ダメだ」

  • 「その旨、本人に伝えます」

  • 「それから倉橋歪莉の暗黒舞踏も禁止だ」

  • 「なぜです? あんなに盛り上がったのに」

  • 「バカ!あれで本社の数百人の業務が3時間も停まって、20人が病院送り、1人が出産したんだぞ」

  • 「出産はおめでたいじゃないですか」

  • 「⁠⁠あまちゃん⁠⁠ みたいな微妙にずらしたギャグはやめろ。金に不自由なく育ったヤツのギャグは嫌いだ。とにかくダメだ。内山計算のプレゼンもハッキングを認めるようなものだから禁止」

  • 「はあ……」

和田がため息とともに答えた。

  • 「社内でなければいいんですよね」

そのとき、美人秘書が横から口を出した。お前は黙ってろ、と宮内がじろりとにらむ。だが、秘書はまったくひるまない。

  • 「ネイキッドロフトというライブ会場があります。私のお友達もよくそこでイベントを開催していますから、勝手はわかりますのでそこをご紹介しましょう。倉橋歪莉さんと内山計算さんには、そこでプレゼンしていただけばよろしいんじゃないでしょうか?」

  • 「お前……」

宮内がうめき、和田は微笑んだ。思わぬ援軍に、⁠パラジクロロベンゼン』の幻聴が聞こえた。

  • 「素敵な秘書さんですね。ネイキッドロフトならあたしも聞いたことあります。よくわかりませんが、サブカルを気取った下層階級のブロードウェイみたいなものですよね。にわかサブカル好きな社長の趣味にも合いそうです」

その時、和田の傍らに美人秘書がやってきて一礼した。

  • 「ご挨拶が遅れました。宮内の秘書の綴喜 堕姫縷(つづき だきる)です」

そう言うとお辞儀をして名刺を差し出す。和田も立ち上がり、両手で押しいただく。

  • 「DQNネームでお恥ずかしいです。社内で名刺を出すのもおかしいんですけど、漢字をお伝えするのが難しいものですから」

そういうと、堕姫縷ははにかむ笑顔を浮かべた。170センチはある高身長、逆三角形の整った顔に冷たい知性を感じさせる眼鏡、濡烏のショートボブ、スリムな身体と謙虚な胸は全体の雰囲気によく合っている。和田はしばし堕姫縷に見とれた。

本連載はフィクションです。

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1巻 こちら、網界辞典準備室!
和田安里香(わだありか)
網界辞典準備室長代行 ネット系不思議ちゃん
年齢26歳、身長162センチ、体重46キロ。グラマー眼鏡美人。
社長室。頭はきれるし、カンもいいが、どこかが天然。宮内から好き勝手にやっていいと言われたので、自分の趣味のプロジェクトを開始した。
倉橋歪莉(くらはしわいり)
法則担当
広報室。表向き人当たりがよく愛されるキャラクターだが、人から嫌われることを極端に恐れており、誰かが自分の悪口を言っていないか常に気にしている。だが、フラストレーションがたまりすぎると、爆発暴走し呪いの言葉をかくつらねた文書を社内掲示板やブログにアップする。最近では『裸の王様成田くん繁盛記』というでっちあげの告発文書を顔見知りの雑誌記者に送りつける問題を起こした。
口癖は「私もそう思ってたところなんです⁠⁠。
水野ヒロ(みずのひろ)
網界辞典準備室 寓話担当
年齢28歳、身長178センチ、体重65キロ。イケメン。
受託開発部のシステムエンジニアだった。子供の頃からあたりさわりのない、優等生人生を送ってきた。だが、最近自分の人生に疑問を持つようになり、奇妙な言動が目立つようになってきた。優等生的な回答を話した後に「そんなことは誰でも思いつきますけどね」などと口走るようになり、打ち合わせに出席できなくなった。
内山計算(うちやまけいさん)
網界辞典準備室 処理系担当
年齢32歳、身長167センチ、体重73キロ。大福のように白いもち肌が特徴。
ブログ事業部の異端児で、なにかというと新しい言語を開発しようとするので扱いに困っていたのを宮内が連れてきた。
コンピュータ言語オタク。趣味は新しい言語のインタプリタ開発。
篠田宰(しのだつかさ)
実例担当
年齢44歳、身長165センチ、体重48キロ。薄い毛髪が悲哀を感じさせる。
社長室。影が非常に薄く、やる気もない。幽霊のよう人物。ただし脅威の記憶力を持っている。温泉とコーヒーに異常な執着がある。
古里舞夢(ふるさとまいむ)
年齢36歳。身長165センチ、体重80キロ。
受託開発部のエンジニア。極端な無口で人見知り。
和田のファン。何かというと和田に近づき、パントマイムを始める。どうやら彼なりの好意の表現らしいが、和田を含め周囲の全員がどんな反応をすべきかわからなくなる。

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