その日網界辞典準備室の室員は、
篠田は自前の衛星通信装置を背負ったまま席に腰掛けている。電波の具合が悪いらしく、
内山はMITの研究室からキューブ型合体ドローンの制御を奪って盗み出そうと腐心している。キューブ型ドローンは、
- 「キューブ型ドローンを近くにあるクアッドコプター型ドローンに接続できれば、
そのまま飛ばせて持ち出せるはず」
内山は、
混沌とした時間が十分ほど続いた後、
入場曲を持っているということは、
会議室の扉が開いて長身の美女が現れると、
- 「綴喜堕姫縷と申します。宮内専務の秘書をおおせつかっております。半月前に着任いたしました。こちらの業務を必要に応じて手伝うように申しつかりました」
堕姫縷はそう言うと、
- 「あの人、
なにかおかしいです。怖い」
小動物的な直感でなにかを察したのだろう。歪莉は不安を隠そうともせず、
- 「お待たせしました」
そこに和田が入ってきた。青い顔で震えている歪莉と堕姫縷を交互に見て満足そうな笑みを浮かべる。それから演台に上がり、
- 「本日は、
第一回のテーマの評価を発表いたします」
この会議は、
- 「網界辞典に収録することになったのは、
水野さんの 『裸のソーシャル王子』 です」
意外な発表に、
- 「疑問は、
もっともです。私もあれが収録に値するとは思っていません。しかしながら、 他の発表には問題がありすぎます」
和田は、
- 「まず、
篠田さんと内山さんの発表は、 いずれも内容もしくは準備段階で違法行為を含んでいます。そんなものを収録するわけにはいきません」
和田はそういうと、
- 「倉橋さんの発表は……発表と呼べる性格のものではありませんでした。あれは、
倉橋歪莉という人間の生き様をさらしたものであって、 特定のテーマを解説するようなものではなかったと思います」
和田がそう言ってにらむと、
- 「また、
死ぬ死ぬ詐欺ですか、 Twitterでさんざん “死にたい” ってつぶやいて、 まだ足りないんですか?」 - 「え? あたしの鬱垢知ってるんですか!?」
- 「もちろんです。室員の精神状態を知るのは室長代理たるものの責任と思っています。私だけじゃありません。みんな知っています。あなたこそ、
内山さんの作った “死ぬ死ぬグラフ” を知らないんですか?」
和田がそう言うと、
- 「ひ、
ひどい。プライバシーの侵害です」
歪莉は叫び、
- 「公開アカウントの統計を取っているだけです。プライバシーの侵害には当たりません。どんなアカウントでも、
特定の語彙と類似の言葉の統計をとれます。和田さんは他の室員の方のアカウントの統計をとったとうかがいました」
内山は心外だという表情でそう言って和田の顔を見た。
- 「他の方は、
いたってまともでした。特筆すべきものがあったのは、 倉橋さんだけです。それに大変有益な知見も得ることが出来ました」
和田がそう言うと、
- 「これは
“好き” とそれに類する言葉の発言を折れ線グラフにしたものです。 “死にたい” と “好き” は逆相関になるだろうと予想していましたが、 同じ傾向を示していました。つまり感情が不安定なときに、 好きと言ったり死にたいと言ったりしているんでしょう」
内山が淡々と説明した。歪莉は机につっぷした。歪莉が羞恥に震える姿を見て、
- 「どうでもいいですが、
倉橋さんにはもう少し社会人として精神的に落ち着いて勤務に当たっていただきたいと思います」
和田が冷たく最後のとどめを刺すと歪莉は顔を上げて、
今週登場したキーワード 気になったらネットで調べて報告しよう!
- 『TAICHI ZERO』
- 『妄想税』
- ワルキューレの騎行
- NFC社員テーマ曲システム
- キューブ型合体ドローン
- 死ぬ死ぬ詐欺
- 鬱垢、
鬱ツイッターアカウント - グラフ分析
『『電網恢々疎にして漏らさず網界辞典』準備室!』電子書籍がついに発売!
Gihyo Digital Publishing
- 和田安里香
(わだありか) - 網界辞典準備室長代行 ネット系不思議ちゃん
年齢26歳、身長162センチ、 体重46キロ。グラマー眼鏡美人。
社長室。頭はきれるし、カンもいいが、 どこかが天然。宮内から好き勝手にやっていいと言われたので、 自分の趣味のプロジェクトを開始した。
- 倉橋歪莉
(くらはしわいり) - 法則担当
広報室。表向き人当たりがよく愛されるキャラクターだが、人から嫌われることを極端に恐れており、 誰かが自分の悪口を言っていないか常に気にしている。だが、 フラストレーションがたまりすぎると、 爆発暴走し呪いの言葉をかくつらねた文書を社内掲示板やブログにアップする。最近では 『裸の王様成田くん繁盛記』 というでっちあげの告発文書を顔見知りの雑誌記者に送りつける問題を起こした。
口癖は「私もそう思ってたところなんです」。
- 水野ヒロ
(みずのひろ) - 網界辞典準備室 寓話担当
年齢28歳、身長178センチ、 体重65キロ。イケメン。
受託開発部のシステムエンジニアだった。子供の頃からあたりさわりのない、優等生人生を送ってきた。だが、 最近自分の人生に疑問を持つようになり、 奇妙な言動が目立つようになってきた。優等生的な回答を話した後に 「そんなことは誰でも思いつきますけどね」 などと口走るようになり、 打ち合わせに出席できなくなった。
- 内山計算
(うちやまけいさん) - 網界辞典準備室 処理系担当
年齢32歳、身長167センチ、 体重73キロ。大福のように白いもち肌が特徴。
ブログ事業部の異端児で、なにかというと新しい言語を開発しようとするので扱いに困っていたのを宮内が連れてきた。
コンピュータ言語オタク。趣味は新しい言語のインタプリタ開発。
- 篠田宰
(しのだつかさ) - 実例担当
年齢44歳、身長165センチ、 体重48キロ。薄い毛髪が悲哀を感じさせる。
社長室。影が非常に薄く、やる気もない。幽霊のよう人物。ただし脅威の記憶力を持っている。温泉とコーヒーに異常な執着がある。
- 古里舞夢
(ふるさとまいむ) - 年齢36歳。身長165センチ、
体重80キロ。
受託開発部のエンジニア。極端な無口で人見知り。
和田のファン。何かというと和田に近づき、パントマイムを始める。どうやら彼なりの好意の表現らしいが、 和田を含め周囲の全員がどんな反応をすべきかわからなくなる。
- 綴喜堕姫縷
(つづきだきる) - 容姿は女性、
性別は男性。身長172センチ、 体重52キロ。
年齢不詳。カナダ、UBC大学卒業。文化人類学専攻。英語とロシア語が堪能。宮内専務の秘書。その前は、 バンクーバー支店長の秘書をしていた。
妖艶な美女。独特の雰囲気で見る者を魅了する。サブカル、特に昔のマンガにくわしい。バンクーバー支店で採用したため、 本社には詳細な人事情報がない。