『電網恢々疎にして漏らさず網界辞典』準備室!

第19話 『Kung Fu Dunk』ツイッター始動!メンヘラ垢にパイルダーオン!魂の薄いヤツは、ネットでかまってちゃんやって、ボットクライアント人生を送ればいいと思うよ。歪莉が陰口を叩く同僚のポストに猫の死体を詰め込む

水野は、逃げるように帰って行った。

  • 「今日は、ありがとう。総務のことがよくわかったよ。もう内部告発なんかしない」

口では、そう言っていたが、愛想をつかしたに違いない。歪莉は死のうと思った。思い返してみると、自分の人生はすべて裏目の連続。ゲーセンでひとりで音ゲーをやっているとナンパされると教わったのでやってみたときは、いっこうにナンパされず「毎日来る痛いおばさん」というあだ名をもらうことになった。どうやら音ゲー界隈では、十七歳を超えたらおばさんらしい。

つらくなってきたので、スマホでTwitterのメンヘラ垢にログインして、⁠死にたい」⁠生きてちゃいけなかったんだ」とつぶやいた。するとネットのよどみから、歪莉に輪をかけたコミュ障男子が湧いてきて、⁠そんなことないよ」⁠僕のできることならなんでも言って」とつぶやいてくれた。召喚呪文に反応する社会不適応の忌まわしい下僕たち。

こいつらほんとに簡単に釣れると思ったが、今の歪莉にとっては癒やしを与えてくれる貴重なフォロワーさんたちだ。⁠**さん、好き」⁠**ちゃん、結婚しよう」と過剰な愛嬌を振りまいて、ひとときの熱愛シャワーを浴びる。リアルでは誰も歪莉を愛してくれないが、ネットの中ならこんなにたくさんの男の子が「好き好き」言ってくれる。ネットの世界に住める時代はまだですか?

だが、10分もすると醒めてきた。ネットのちやほやは熱しやすく醒めやすい。フォロワーさんたちは相変わらず歯の浮くようなつぶやきを吐き出しているのだが、歪莉が醒めてしまった。誰も本気で心配してくれている者などいないし、いたとしてもろくなヤツらじゃない。そんな連中に哀れんでもらうなんて惨めすぎる。

なんでこうなっちゃうんだろう、と自問しつつ、外に出た。夜の散歩は気持ちを落ち着かせてくれる。歩きながらもスマホでTwitterのチェックは忘れない。いつ誰が陰口を言うかわからないから怖くて仕方がないのだ。それにメンヘラ垢以外に、5個もアカウントを持っている。巡回するだけでも大変だ。自分でも何をやっているんだろうと思うが、仕方がない。ソーシャルネットワークの偉大さと残念さに包まれながら歪莉は夜の街を歩く。

大通りから一本入った昏い路地で、リヤカーを引く子供に出くわした。薄ら寒い蛍光灯の灯りが子供の顔を浮かび上がらせると、それは輪子だった。⁠屍屋の輪子⁠⁠。

歪莉は、何度か会ったことがある。街の中で動物の死体を見つけて回収し、必要とする人間に分ける仕事をしている。歪莉も何度か猫の死体を譲ってもらった。会社で自分に陰口を叩いた同僚の郵便ポストに突っ込むためだ。豚の頭にたくさん釘を打って総務部長の玄関に置いたこともある。

  • 「こんばんは」

歪莉は、おそるおそる声をかけてみた。輪子は立ち止まり、歪莉に目を向けた。美しい少女なのだが、左頬にひどいケロイドがある。何度見てもちょっと怖い。

  • 「また猫の死体が欲しいの? それとも人間の死体?」

輪子は唇を歪めて笑った。壮絶な美しさに歪莉はどきりとする。

  • 「ち、違います。私、そんなにいつも嫌がらせばかりしてないですよ」
  • 「ああそう。薄くて腐った魂なのにがんばってるんだね。生きるのつらいでしょ。Twitterでかまってもらうと少しは気が楽になるでしょ」

輪子は笑みを崩さずに答える。歪莉は、はっとしてスマホをいじるのを止めた。

  • 「無理無理。あんたたちは、実体を持たないボットクライアントみたいなものだもん。ネットにつながって、やっと実体があるような気分に浸れる」
  • 「……子どものくせに、わかったようなことばかり言って……」
  • 「魂を集めてるんだ。だから魂のことはわかる」

やっぱりかわいそうな子なんだ、と歪莉は思った。頭の中がメンヘラファンタジー。親の顔が見たいけど、きっとDVだから止めておこう。

歪莉は輪子がさらに説明をしてくれるものと思い、次の言葉を待ったが、輪子はふいとそっぽを向くとまたリヤカーを引いて歩き出した。歪莉も横について歩く。リヤカーの荷台にちらりと目をやると、カラスの死体が3つ乗っていた。不思議と気持ち悪くない。

  • 「あのね。今日はちょっと困ったことがあったんです」
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歪莉は、輪子と並んで歩きながら問わず語りに、水野の話をしていた。なんで自分は、こんなことを年端もいかない子供に話しているのだろうと思いながら。

  • 「どこまで本当の話なの?」

歪莉の話を聞き終わった輪子は、正面を向いたまま尋ねた。どこかでカラスが鳴いた。

  • 「全部本当の話なの」

輪子の左側を歩く歪莉は、火傷の痕みたいなものが気になって仕方がない。ただれていて、まだぐちゅぐちゅだ。ひどく痛そう。なんでそんなことになっているのか、なぜ手当しないのか訊いてみたかったが、訊いてはいけないような気がした。

  • 「あなた、いつも適当にその場しのぎのウソをつくでしょ。かまってちゃんでしょ。死ぬ死ぬサギ常習犯でしょ。いままでどれだけの男に貢いでもらったの?」

どきりとした。なんで知っているのだろう? たしかに歪莉は、Amazonのほしい物リストでフォロワーさんたちから貢ぎ物をもらっている。でも、そんなことは誰にもわからないはず。世間的には、おとなしくて無口な美人OLなのだ。ネットでのことは誰にも知られていないはず。ネットビッチだなんて知られてはならない。

  • 「……なに言ってるの? いやだなあ。貢ぎ物なんかもらってないです。それにネットの私は本当の私じゃない。なんというかつらいときの逃げ場みたいなもの」

歪莉は、わざとらしい明るい声で答えた。

  • 「その割には、24時間、5分おきにネットをチェックしてなにかつぶやいてる」
  • 「なんで知ってるの?」
  • 「布団の中にスマホ持ち込んで見てるでしょ」
  • 「どうしてわかるの?」
  • 「あなた、魂が薄いからね」

輪子は、冷たく言った。

  • 「今の世の中って身体だけ増えて魂が足りないんだ。だからひとつの魂をいくつもの身体で共有してる。1人当たりの魂が薄くなった分をスマホで人とふれあって補ってるの。だから魂の薄い人は、みんなスマホずっといじってる。かわいそう」

やっぱりこの子はおかしい、と歪莉は思った。

  • 「昔は、あなたのような魂の薄い人は生きていけなかった。今はネットで魂の薄さを補ってもらって、なんとか生きてる。今はそういう人ばっかり。人を好きになれないのも、好きなことを見つけられないのもあたりまえ。魂が薄いんだもん。そんな人がなんとかなってるなんて、ほんとにソーシャルネットワークって便利だね」

歪莉は、心臓を突き刺されたようなショックを覚えた。

  • 「だからボットネット。ネットを介して、なにかがやってくるのを待ってる。誰かとつながってることを頼りに他人の人生に寄生してる。自分の人生を持ったことは一度もない。ネットに依存してボットクライアント人生を送るんだね」

歪莉の足が止まった。なにを言われたか理解できなかったけど、ぐさぐさと心臓を刺され、激辛キムチを詰め込まれたような苦しさだ。輪子は立ち止まらず、振り返らずに立ち去っていく。ひどいことを言われたのだと思う。でも、妙にすがすがしい気持ちだ。大事なことを指摘されたような気がする。

そのとき、天啓が降ってきた。歪莉の脳に『一触即発☆禅ガール』が響き渡る。

今週登場したキーワード 気になったらネットで調べて報告しよう!

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1巻 こちら、網界辞典準備室!
和田安里香(わだありか)
網界辞典準備室長代行 ネット系不思議ちゃん
年齢26歳、身長162センチ、体重46キロ。グラマー眼鏡美人。
社長室。頭はきれるし、カンもいいが、どこかが天然。宮内から好き勝手にやっていいと言われたので、自分の趣味のプロジェクトを開始した。
倉橋歪莉(くらはしわいり)
法則担当
広報室。表向き人当たりがよく愛されるキャラクターだが、人から嫌われることを極端に恐れており、誰かが自分の悪口を言っていないか常に気にしている。だが、フラストレーションがたまりすぎると、爆発暴走し呪いの言葉をかくつらねた文書を社内掲示板やブログにアップする。最近では『裸の王様成田くん繁盛記』というでっちあげの告発文書を顔見知りの雑誌記者に送りつける問題を起こした。
口癖は「私もそう思ってたところなんです⁠⁠。
水野ヒロ(みずのひろ)
網界辞典準備室 寓話担当
年齢28歳、身長178センチ、体重65キロ。イケメン。
受託開発部のシステムエンジニアだった。子供の頃からあたりさわりのない、優等生人生を送ってきた。だが、最近自分の人生に疑問を持つようになり、奇妙な言動が目立つようになってきた。優等生的な回答を話した後に「そんなことは誰でも思いつきますけどね」などと口走るようになり、打ち合わせに出席できなくなった。
内山計算(うちやまけいさん)
網界辞典準備室 処理系担当
年齢32歳、身長167センチ、体重73キロ。大福のように白いもち肌が特徴。
ブログ事業部の異端児で、なにかというと新しい言語を開発しようとするので扱いに困っていたのを宮内が連れてきた。
コンピュータ言語オタク。趣味は新しい言語のインタプリタ開発。
篠田宰(しのだつかさ)
実例担当
年齢44歳、身長165センチ、体重48キロ。薄い毛髪が悲哀を感じさせる。
社長室。影が非常に薄く、やる気もない。幽霊のよう人物。ただし脅威の記憶力を持っている。温泉とコーヒーに異常な執着がある。
古里舞夢(ふるさとまいむ)
年齢36歳。身長165センチ、体重80キロ。
受託開発部のエンジニア。極端な無口で人見知り。
和田のファン。何かというと和田に近づき、パントマイムを始める。どうやら彼なりの好意の表現らしいが、和田を含め周囲の全員がどんな反応をすべきかわからなくなる。
綴喜堕姫縷(つづきだきる)
容姿は女性、性別は男性。身長172センチ、体重52キロ。
年齢不詳。カナダ、UBC大学卒業。文化人類学専攻。英語とロシア語が堪能。宮内専務の秘書。その前は、バンクーバー支店長の秘書をしていた。
妖艶な美女。独特の雰囲気で見る者を魅了する。サブカル、特に昔のマンガにくわしい。バンクーバー支店で採用したため、本社には詳細な人事情報がない。

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