産業カウンセラーの活動概要

第2回ある社員の事例~20代、新入社員~

前回は産業カウンセラーについて簡単にご紹介いたしました。今回より実際の事例をいくつかご紹介したいと思います。特定の事例ではなく、いくつかの似た事例の中で共通した部分について取り上げます。

事例1:20代、新入社員のAさん

  • 「Aさん(新卒入社の26歳男性。実家暮らし⁠⁠」

大学を卒業後、IT企業に入社。入社研修を経て制作現場に配属。配属後は持ち前の真面目さで一生懸命に仕事をし、自学自習にも励んでいた。次第に難易度の高い仕事を担当するようになり、徐々に時間外労働が増加。

入社2年目に月120時間を超える長時間労働となり産業医面談を実施。時間外労働を減らすよう上司と調整をしながら勤務を続けてきたが、入社3年目になり体調不良が続くようになった。心療内科を受診したところうつ状態であると診断があり休職。

3ヵ月間の休職を経て復職。復職から半年後に再び休みがちになり昼夜逆転の生活となる。2ヶ月の休職で生活のリズムを整え復職。定期的に産業医による面接と心療内科でのカウンセリングを実施。出社できるまでに回復したが、カウンセリングを続ける中でこれからの将来について考えた結果、異なる業界での再出発を決意し退職となった。

新入社員は過重労働させてもいい?!

新しい仕事を覚えるときというのは一人前になるまであらゆる仕事を経験し、先輩社員の指導のもと仕事を覚え、業務時間以外にも不足した知識や技能を補うため努力するものだと思います。新入社員自身も1日も早く先輩社員に追い付きたいと努力している方もいます。⁠新入社員だから誰よりも努力しなければならない、誰よりも早く出社して、一番遅くまで残って先輩の仕事を手伝って仕事を覚えたい、先輩や上司に気に入られたい、同期の中でも自分はできる新卒だと思われたい……⁠など様々な思いがそこにはあります。その思いがときに限界を超えてしまいます。

20代の社員であれば体力もありますし、身体的な疲れは眠ればある程度解消されますので、このような働き方をしても心身共に健康が維持できていて適度な勤務時間であれば問題ないと思います。ですが体力には個人差があるので注意が必要です。個々人の限界を見極めて新卒社員を育てることが求められます。

一般的に健康障害のリスクが発生すると考えられる時間外労働時間は次のとおりです。長時間労働となった社員に対し事業者は必要な措置を講じなければなりません。

時間外労働と健康障害のリスクは相関関係があると言われている
時間外労働健康障害のリスク
月100時間以上リスク高
月80時間以上リスク徐々に高まる
月45時間以上リスクあり

自分の限界がわからない

“日々残業でプライベートの時間もなくストレスも上手く解消できていない。しかし同期入社の仲間も同じ環境で頑張っているし自分も頑張れるはずだ。ツライだなんて周りに相談できない⁠と思い込んでしまう新入社員も中にはいるようです。それがプラスに働くことも大いにあります。社員同士励まし合いながら苦境を乗り越え、徐々にストレス耐性や実力が備わっていきます。適度なストレスは人を成長させる人生のスパイスです。また、家族と同居か一人暮らしか、友人や恋人の有無といったソーシャルサポートの有無の違いで同じ環境下であっても受けるストレスは異なります。

20代の頃を振り返ってみましょう。どんなことを思い出されたでしょうか。大きなプロジェクトを担当できることになり喜びとプレッシャーの中でやり遂げたときのこと。徹夜続きでも不思議と身体の疲れは翌日に残らなかったこと。失敗しても次こそはと思えたこと。大きなプロジェクトが終わり安心したとたん風邪をひき、寝込んで休日を寝て過ごしたこと――。疲労で思いがけない病気になり自分の限界を知ってから仕事のやり方を変えた、ストレスをコントロールできるようになったという話をよく伺います。

新入社員にとっては初めての社会人経験です。社会人生活を送るうえでの自分自身の限界を知りません。知らず知らずのうちに疲労を溜めてしまい身体の不調にも気付かず、周囲に合わせ頑張りすぎてしまうことがあります。そのような新入社員に気づいたときは、労りの言葉をかけたいものです。

体調は回復したのに疲労感が残る

大きな仕事が終わりようやく休日を取ることができ、身体の疲れも回復した頃に、なぜだかやる気が出ないなど疲労感だけが残ることがあります。何か特別なことがあったわけでもなく、負荷の高い運動をしたわけでもなく、原因はわからないけれど最近なぜか疲れているなと感じたことは誰もがあると思います。

身体的疲労と精神的疲労の回復に要する時間には差があります。精神的疲労のほうが回復までに時間を要します。本人と周囲がそのことを理解し、焦らず心身共に疲労から回復するのを待ちましょう。

社会人としての生活リズムを整えること

社会人になって生活リズムの変化についていけない新入社員は意外と多いように感じます。学生の頃より規則正しい生活を送り能動的に活動してきた方は問題ないのですが、受動的に授業を受け、夜型の生活を長年続けてきてしまった人にとっては大きな環境の変化であると言えます。とくに社会人になって初めて一人暮らしを始めた場合、栄養バランスの良くない食事や、睡眠のリズムが乱れがちとなり、それが体調不良やうつ状態に繋がると考えられています。若い社員のうつ症状を予防するには、まずは生活リズムをしっかり整えることが重要となります。

Aさんの場合は学生の頃から昼夜逆転の生活をしてきており、社会人になって一念発起、早朝から深夜まで働きました。胃が痛むこともたまにありましたがすぐ回復するだろう考え、身体のSOSにも耳を傾けず走り続けました。大きな仕事が一段落した途端、それまでに溜まった疲労が一気に身体と心に表れうつ状態となりました。

Aさんに起こった変化やSOSを感じ取り、生活リズムは乱れていないか、心身の限界を超えていないか、翌日に十分に疲れが取れているか見守ることができていたら、うつ状態を予防できたかもしれません。

Aさんは2度目の職場復帰後、継続してカウンセリングを受ける中で働くことについて考え、自己理解と職業理解を深め、他業界で新たに踏み出すことを決意しました。

青年後期~成年前期の職業的発達段階(⁠⁠職業的発達段階」⁠ジョーダン、1974年)より一部抜粋)
発達段階職業的発達課題説明
探索段階
(移行の時期)
職業についての希望を明らかにしていく。学校から職場へ、あるいは学校から高等教育機関へ移行する。
探索段階
(実践試行の時期)
職業についての希望を実践してみる。暫定的な職業について準備し、またそれを試みることによって、それが生涯にわたる自分の職業となるかどうかを考える。その職業経験はまだ準備的なもので、その経験によって積極的にその職業を続けるか他の分野に進むかが考えられる。もし他の分野を考えるようになれば、改めてその他の分野で何であるかその職業に対する方向づけを行っていかなければならない。
確立段階
(実践試行の時期)30歳頃まで
職業への方向づけを確定し、その職業に就く。必要な機能や訓練経験を得て、一定の職業に自分を方向づけ、確立した位置づけを得る。今後は一つの職業内の地位、役割、あるいは雇用場所の変化が主になる。

職場には様々な年代、環境、課題を抱えた人たちが働いています。それぞれの発達段階や課題を思い量ることができたらと思います。

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