産業カウンセラーの活動概要

第3回ある社員の事例~40代、中堅社員~

前回は新入社員の事例についてご紹介いたしました。今回はセカンドキャリアを考える中堅社員の事例についてご紹介します。特定の事例ではなく、いくつかの似た事例の中で共通した部分について取り上げます。

事例2:40代中堅社員、Bさん

  • 「Bさん(IT企業に中途入社の中堅社員。技術職。40代男性。一人暮らし⁠⁠」

8年前に異業種よりシステム技術職へ転職。入社当時、会社の規模が小さかったため、部門ごとに裁量でスピーディーに仕事を進めることができていたが、徐々に会社の規模が拡大し社員数・拠点数が増加したことと、課長職へ昇進したことで、最近は働き方を変える必要性を感じていた。

そんなとき組織体制の変更があり、新しく就任した部長とうまが合わずストレスに感じていた。働き方を変える必要性を感じる一方、従来のやり方に固執するようになり転職を考えるようになっていった。

今後の生き方について考えると不安で眠れない日々が続いていた。あるとき、仕事で重大なミスをしてしまったことでうつ状態となり休職。半年間の休職を経て復職。

昇進などの嬉しい出来事にもストレスはある

仕事や組織にも慣れ、仕事や様々な活動を通して自己を社会化していく20代が過ぎると働き盛りを迎えます。ひと息つきたいところですが、特に30代以降の人生には様々なイベントが起こります。仕事での役割の変化や個人生活の変化、家庭を持つ、家族や地域社会との間で起こる出来事など、嬉しいこともやっかい事も抱えながら働いています。

Bさんの場合は昇進によって役割が大きく変化しました。昇進といえば一般的に良いイメージで捉えられますが、どんなに嬉しく望ましい変化であっても、何か今までの習慣となっているものが変化すると言うことの中にはストレスの要素が含まれています。

その変化がどの程度発病に影響を与えるかを測定したものにライフイベント法がありますのでご紹介します。

ライフイベント法
順位ライフイベントLCU順位ライフイベントLCU
1配偶者の死10017親友の死亡37
2離婚7318異なった仕事への配置換え36
3配偶者との別居6519配偶者とのトラブル35
4留置所拘留63201万ドル以上の借金31
5家族の一員の死亡6321借金やローンの抵当流れ30
6病気や怪我5322仕事上の責任(地位)の変化29
7結婚5023子供が家を離れる29
8解雇される4724姻戚とのトラブル29
9夫婦の和解4525優れた個人の業績28
10退職4526妻が仕事を始める、辞める26
11家族の一員の病気4427本人の進学または卒業26
12妊娠4028生活状況の変化25
13性的な障害3929習慣を改める24
14新しい家族メンバーが増える3930上司とのトラブル23
15仕事の再適応3931仕事の状況の変化20
16家庭経済状況の大きな変化3832住居が変わる20

(引用)⁠ホームズの社会的再適応評価尺度」

※LCU=Life change units value(生活変化単位値)

定年や解雇だけでなく、昇進、昇格、配置転換、転勤などの人事異動にも変化に伴うストレスがあります。本人は意識していないことが多く、最近訳もなく疲れる、疲れが取れないのでどうしてしまったのかと困惑します。筆者はカウンセリングの際に、変化によってこれほどのストレスがかかっている状態であることをお伝えし、漠然とした不安な気持ちを軽減するように努めています。

節目を迎えたらキャリアの棚卸を

中年期になると中年期の危機が訪れます。体力の危機、対人関係の危機、思考の危機といった危機です。20代、30代の働き方を続けることはできなくなります。でもそれは決して悪いことではありません。体力の減少には精神的な面の充実、対人関係の傾向をつかみ必要に応じて新しい人間関係の構築をする、柔軟な思考の良い面と譲れない確固とした面を強みに変えるなど、思考や対処の仕方でさらなるステージへ飛躍できるチャンスと変えることができるでしょう。

Bさんの場合は、体力の限界を感じており、昇進はしたけれどもこの先のキャリアイメージがつかめず、上司や組織体制といった環境が変わらない限り自分は今の職務止まりだと思い込み、うつ症状を発症しました。実際にはそんなことはなく、自分の努力で変えられない環境に嘆くのではなく、この先求められる職務を遂行できるよう準備しようと考えることができれば、自分の人生は自分で開拓できるのだと感じることができます。

ですが、忙しさを極めているとそのことに自ら気が付くことは容易ではないでしょう。普段からキャリアについて意識をしている人でなければ不安な気持ちに流されてしまいかねません。そういったことから役割の変化が起こる節目の年にはリーダー研修、管理者研修などの研修を行い、変化に対する心構えをしていただくといった企業もあります。

筆者の場合は、3年後、5年後、10年後のキャリアイメージを書き出し、定期的に見直しを行っています。何年後の自分をイメージした名刺を書いてみる、といったことも効果的です。

Bさんには今までやってきたことを振り返っていただき、⁠ときには転職用のキャリアシートの作成をするつもりで)自己の強みを考えていただきました。

中年の危機を乗り越えるには自己の再発見、新しい役割や環境への再適応がポイントとなります。キャリアカウンセリングが会社で受けられない場合はハローワーク等にて無料で受けることができます。転職を勧めるわけではないのですが、実際に転職活動をしてみることもキャリアの棚卸には有効でしょう。企業としても、社内でのみ必要とされる人材を雇用するよりも、市場で必要とされる人材を育成雇用していくといった社内キャリア形成の視点が必要だと考えます。職務経歴書は通常、転職活動の際に準備するものですが、筆者は在職中にこそ必要だと考えています。

IT企業では中年の危機が早く訪れやすい?

筆者の勤務先は社員の平均年齢が30歳と、若い社員が占める割合が高くなっています。IT企業やベンチャー企業の中でも、若い社員が非常に多い企業があるかと思います。人材派遣業界ではよく35歳定年説と言われますが、IT業界やベンチャー企業においても、30代半ばで中年の危機のような状況になりやすいのではないかと思います。

理由としては、体力勝負の場面が多くあること、仕事に関わる時間の拘束が長いこと、常に新しい技術が更新されていくことなどが考えられます。体力が減退したり今自分が持っている技術や知識が時代遅れになることへの恐怖からか、40代で引退を考えたりまったくの異業種へ転職を考えるのでしょう。それもひとつの選択肢ではあります。

また、身近に年上の目標となる人がいない、モデル社員の不在といった声を聞きます。実際に社長が40代と言うケースもあるため、多くの社員にとっては自分が40代になったときの働き方が想像しにくいといったこともあるでしょう。

自分だけのコーチ、キャリア・アンカーを持つ

目標とする先輩やモデル社員がいない場合はどうするか。社内にいなければ同じ業界、または異なる業界の企業の社員との交流を持つこともできます。ときには異なる時代の、歴史上の人物や著名人でも構いません。自分だけのコーチにしてしまいます。それでも目標となる人がいないと言う場合は、自らがモデルになるくらいの意気込みで切り拓いていきましょう。

仕事に対するモチベーションを高めるためには、自分のキャリア・アンカーを知ることです。アンカーとは⁠船の錨⁠のことで、職業生活における個人の拠り所をキャリア・アンカー(career anchor)と言います。

筆者の場合は、人事労務業務やカウンセリングを通じて、その方のキャリア発達のお手伝いをすることです。さらに大きな枠で捉えるとするなら、それによって日本の失業率を少しでも減らしたい、と言ったことです。

自分が目標とする人物に共通することはなにか、企業においてのみならず、社会の枠で捉えた場合に自分のしている仕事や活動はどんな意味があるのかについて考えることが、中年の危機やそれ以降の職業人生を生きるために重要な要素になってくるのではないかと思います。

仕事以外の活動

療養中には上記のことを考える時間にしても良いと思いますし、市民活動など仕事以外の活動をしてみるのも良いかと思います。そこには趣味の仲間や同年代の同じ悩みを持つ人との交流が待っているかもしれません。思わぬところに危機を乗り越えるヒントがあるものです。

特に仕事中心で過ごしてきた方には積極的に仕事以外の繋がりを作っていただきたいと思います。退職後に家の近所を歩いていたら、近隣者から不審者がいると通報をされたと言う笑い話もあるくらい、日本の職業人は仕事にかける時間が多くなっています。いつかは退職をします。そのときに仕事以外のつながりや生きる楽しみがある豊かな人生を送りたいものです。

職業的発達段階(⁠⁠職業的発達段階」⁠ジョーダン、1974)より一部抜粋)前回の続き)
発達段階職業的発達課題説明
確立段階
(昇進の時期)
30代~40代中期
確立と昇進。その後経験を積み、輩下を得、また能力を高めることによって、その地位を確かなものにし、また昇進する。
維持段階
(40代中期から退職まで)
30代~40代中期
達成した地位やその有利性を保持する。若年期が、競争が激しく新奇な発想が豊富なのに比べて、この時期は現状の地位を保持していくことにより力が注がれる。
下降段階
(65歳以上)
諸活動の減退と退職。やがてくるか、または実際に当面する退職にあたって、その後の活動や楽しみを見出すことを考えて実行していく。

中年を迎えた社員へのキャリアカウンセリングには、能力開発、キャリア診断、ライフプランなどの情報を用いて、専門的(管理的)職業能力の開発向上と、一層のキャリア発達を促進します。

現代は変化の激しい時代です。今まで10年単位で変化していったようなことが5年単位で変化をする時代です。これさえやっていれば安泰と言うものはありません。いつの時代も割の良い仕事はありません。いずれ訪れる準備と、訪れた変化への順応が重要となります。

年を重ねると言うことには、技術や知識や体力だけでなく、人柄や人徳もプラスになっていきます。新しい技術は若者の吸収力に劣ったとしても、自分には多くの経験値あると言える仕事時間を過ごしたいと思います。

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