インタビュー

より快適な売買を目指し「売ることを空気に」。メルカリの体験を支えるAIと機械学習~山口拓真氏に訊く

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2019年7月2日に6周年を迎え,月間平均利用者数は1,350万人を数え,スマホフリマアプリの代名詞として定着した「メルカリ⁠⁠。この6年の間,インターネットやスマートフォンの進化,また,ユーザの体験の変化に合わせ,開発陣はさまざまな技術を取り入れながら,より良いユーザ体験の提供に取り組んでいます。

今回,株式会社メルカリにて,エンジニアリングマネージャーを務める山口拓真氏に,メルカリ内でのAIおよび機械学習の研究開発と実装の裏側について伺ったので,その模様をお届けします。

株式会社メルカリ エンジニアリングマネージャー山口拓真氏

株式会社メルカリ エンジニアリングマネージャー山口拓真氏

メルカリのAIと機械学習(ML)への取り組み

Selling AIというアプローチ

――2019年3月,報道関係者向けにメルカリAI技術説明会が開催され,今後,サービスの中へAI,また,その核となる技術として機械学習(ML)を積極的に取り入れていくことが発表されました。まず,そのときから現在までのアップデートについて教えてください。

山口: 3月の発表会時,CPOの濱田(株式会社メルカリCheif Product Officerの濱田優貴氏)より,⁠売ることを空気に」という表現が伝えられ,非常に多くの反響がありました。

この表現の背景には,2019年の今,インターネットでモノを買うことが一般的になり,あたりまえとなっています。いわば,ネット通販の利用は空気と同じような感覚ではないでしょうか。

一方で,インターネットでモノを売る行為はまだまだ一般的ではありません。メルカリでは,売ることも空気と同じような感覚,あたりまえになることを目指し,日々サービスの改善と運用を続けています。

そこで,3月の発表会でも触れた「Selling AI」というアプローチに取り組んでいるのです。

2019年時点での機械学習の採用範囲

――「Selling AI」,日本語に直訳すると「売ること(のため)のAI」になります。具体的にどういった技術なのか,教えていただけますか。

山口: 言葉のとおり,売るために必要な選択や判断を担うためのAIです。わかりやすいところで言えば,出品する商品の写真をもとに,商品名やメーカ/ブランド名,型番などを推測するといった画像認識技術があります。

また,基本データに加えて,モノを売る際に最も重要なファクタとなる「販売価格」について,現在はSelling AIの中で提案できるような取り組みを行っています。売れた商品の価格を学習し,そのデータの蓄積から,購入したくなる適切な価格を提案するものです。

ちなみに,写真を利用した画像認識部分はディープラーニングおよび転移学習(取得しやすい領域で収集したデータを,別の領域に適応させて学習させる技術)を使っていますが,それ以外の部分,商品価格の推定ではFactorization Machinesというレコメンドシステムでよく利用される手法の一種であるDeepFMを応用したモデルを開発して対応しています。また,機能によってはエッジコンピューティング(スマートフォン側での計算処理)を想定した軽量なモデル設計も行っています。

今は1つ1つ個別の部分での採用範囲を紹介しましたが,実際には,商品の型番やメーカ,時期,世の中のトレンドなど,さまざまな要因が掛け合わさって,モノの販売につながります。

ですから,私たちは日々再学習を実施し,つねに進化させている状況です。

――再学習をしているということですが,その学習を反映させるタイミングや目安はありますか?

山口: 非常に難しい質問です。というのも,季節商品など推測がしやすいもの,発売直後のものなど,時間的な要因の振れ幅が少ない場合は問題ありませんが,たとえば,テレビやネットで突然バズった商品など,突発的な要因で注目される商品については,AIが対応できる範囲を超えてしまいます。

ですから,基本的には一定の更新タイミングを自動化しつつ,あまり変化が起こりえない要素については1ヵ月など長めの更新期間を設けています。その他,商品そのものとは別の要素の事前分析なども複合的に行っています。

――この仕組みは日本とアメリカで同じ技術(学習アルゴリズム)を利用しているのですか?

山口: 答えはノーです。理由は,日本語と英語という言語面での違いが一番の理由です。また,モノの売買には,国や地域によるユーザの特性の違い,文化の違いなどが影響するためです。

AIによる公正な環境づくり~NASの利用

――今,お話いただいた内容は,ユーザに近い部分でのAI/MLの採用範囲です。その他,サーバサイドやインフラ,あるいは運用保守の観点で,AI/MLを採用し,サービスに実装しているものはありますか?

山口: 5月にブログでも発表したマルチモーダルによるNeural Architecture Search(NAS)を利用した出品違反検知があります。詳細はブログをご覧いただきたいのですが,ユーザ数が1,000万人を超えてくると,売買の回数が増えるとともに,利用規約に違反する利用者も増えてきました。そのため,健全な利用者からそういった違反した出品への対応ニーズが高まってきたのです。

マルチモーダルのモデルによるNASを利用することで,出品画像や紹介文といったデータを最大限活用した違反の発見,さらに,まだ存在しない違反への将来的対応が行えるようになります。こちらについても,導入した結果,違反検知の高速化を実現でき,今も日々学習させながら,精度とスピードを高めています。

――公正な環境づくりは,前述の「売ることを空気に」するためにもとても重要なことですね。

山口: はい。私たちとしては快適な売買のプラットフォーム・環境を提供するために,メルカリというマーケットをつねにクリーンな状態に保ちたいと考えています。メルカリを1つのコミュニティと捉えれば,多くの人が,安心して自由に参加できる場を作るうえでも,公正な環境づくりは必須です。

ただ,マルチモーダルNASによる違反検知に関して言うと,最終的には人的なモニタリングを行うことで,機械だけでは判断しづらい部分にもケアできるようにしています。

――将来的には,その人的部分もAIを含めた自動化を考えていますか?

山口: いえ,今の時点では(作業をする)人を減らすためにAIを活用するという考えでは行っていません。それよりは,モニタリングも1つの業務とすることで雇用に繋がりますし,企業としては人員を増やしつつサービス規模が10倍になってもモニタリング要員を10倍にする必要のないようなスケーラブルな状態を目指しています。

もちろん自動化できる部分は増やしていく一方で,ユーザ数が増え,売買のパターンが多様化することで,AIでは対応できないもの,たとえば,学習パターンがつくれないケースは当然考えられます。そういった場合も,プラットフォーマとしてきちんと対応できるよう,そして,つねにクリーンなマーケットを保持できることを目指しています。

山口氏は,メルカリの核でもあるAI技術およびML研究・開発について,ていねいかつわかりやすく解説してくれた

山口氏は,メルカリの核でもあるAI技術およびML研究・開発について,ていねいかつわかりやすく解説してくれた

メルカリのAIに向いている人材

――仕事,働き手という話が出たところで,お伺いします。今後,メルカリでAIやMLに関わることに向いている人材,あるいは,人材像があれば教えてください。

山口: 自分自身が研究者(博士)の立場でもあるので,個人としては,研究者志向を持ってくれる人材は欲しいですね。ただ,メルカリというプロダクトで見た場合,基礎研究や技術開発を追求するだけではなく,それらの技術をプロダクトに落とし込めるかどうか,それが最重要事項と考えます。

これからの時代,技術を,ビジネス要件・ビジネス課題とつなげて考えられる人材が非常に重要になります。エンジニアリングマネージャーの立場として,数%の機械学習の精度を高めることに注力するのではなく,現実のリリース,お客さまに届けられる品質につなげていくことを大事にしています。

誤解を恐れずに言えば,専門的な知識は業務で必要になったときに覚えることができます。ですから,まず,お客さまに向けて何を提供したいのか,サービスを提供するにあたり,何をしたいのか,何を提供することが良い体験につながるかを考えられる人材を求めています。

とは言え,AI,とくにMLという分野の職制に就きたい場合,線形代数の知識は不可欠とは思います。さらに,ないものねだりの理想的な人材としては,研究者レベルのMLの知識を持ちながら,インターネットサービスのバックエンドの知識と,実際にMLをサービスに適用したことがある,そういう人物がいたら,すぐにでも採用したいですね(笑)

これからの取り組み

――プロダクト目線と理想像,どちらの面からも本質的なお考えを聞くことができました。最後に,3月のメルカリAI技術説明会でも触れられた機械学習プラットフォーム「Lykeion」の進捗を含め,これからのメルカリとしてのAI/MLへの取り組みについて教えてください。

山口: Lykeionは,弊社が開発を進めている機械学習プラットフォームです。3月の発表から数ヵ月が経過し,メルカリのサービスにおける機械学習関連の技術はLykeion上で稼働しています。現在,Lykeionの専任は5名ほど。将来的にはオープンソース化して,もっと良いプロダクトに育てていくとともに,多くの方にご利用いただけるようにしたいと考えています。

これからという点については,繰り返しになりますが,今,採用をして稼働しているMLの技術をもとに,メルカリのSelling AIをもっと良いものにしていき,多くの方の「売る体験」を空気にできるようにしたいです。

個人的な考えにはなりますが,将来的には,スマホで写真を撮って,AIスピーカに声をかけて「○○(商品名)を売っておいて」と言うだけで,出品ができる世界が本当に実現できるのではないかと思っています。

そのために基礎技術に関する取り組みから,物流を含めたリアルな部分まで,しっかりと良いサービスを提供し続けていきたいですね。

――ありがとうございました。

著者プロフィール

馮富久(ふぉんとみひさ)

株式会社技術評論社クロスメディア事業室室長。

1975年生まれ。横浜市出身。1999年4月株式会社技術評論社に入社。入社後から『Software Design』編集部に配属され,2004年1月に編集長へ就任。同2004年9月に『Web Site Expert』を立ち上げ,同誌編集長に就任,現在に至る。その後,2008年9月に設立したクロスメディア事業部(現クロスメディア事業室)に配属。現在,社外活動として電子書籍を考える出版社の会の代表幹事やWebSig 24/7のモデレーター,TechLIONプロデューサーなども務める。過去にIPAオープンソースデータベースワーキンググループ委員やアックゼロヨン・アワード他各賞審査員などの経験を持つ。

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