御社の社員は、次のことがすべてできているでしょうか?
- 「朝一番、おはようございますと笑顔で挨拶をする」
- 「約束した時間を守る」
- 「自分で出したゴミは捨てて帰る」
- 「悪いと思ったら素直に謝る」
- 「リモート会議や朝礼は全員カメラONで顔を出して参加する」
- 「金銭不正をしている社員はいない」
- 「相手を不快にさせる言葉遣いや服装の社員はいない」
- 「君づけや呼び捨てで名前を呼ばない」
「そんなあたりまえなこと」と思った方に質問です。
「うちの会社では全員できている!」と自信を持って言える方は、どれくらいいらっしゃるでしょう。
社員が1人残らずできている、と言い切れる会社は、少ないのではないでしょうか。
いくら口を酸っぱくして言い続けても、その徹底はかんたんなことではありません。もし社員がお客さまや求職者の学生さんなど、さまざまなステークホルダーと接するとき、この中のどれかに当てはまるふるまいをしてしまった瞬間に、「ダメな会社」という烙印を押されることになります。
私たちは、船井総合研究所という中堅・中小企業向けの総合経営コンサルティング会社です。これまで50年以上・約4万社を超える会社とおつきあいをしています。船井総研グループはコンサルティング以外にもさまざまな事業をおこなっており、それらの会社を束ねる船井総研ホールディングスは東証プライム市場に上場しています。
コンサルティング会社として多くの会社を見ていて、先ほどの質問に「うちはできている!」と自信を持って答えられる中堅・中小企業の経営者が、ここ数年、急速に減少しているのを感じています。なぜか? それは、現場では人に関する3重苦が襲っているからのようです。
「採用に関する投資額をアップした」「初任給も上げた」「休日も増やした」それでも新卒採用も中途採用も、かつてよりもはるかに多くの人的、金銭的コストをかけなければ人数確保ができないという採用苦。
リモートワークの普及などで、社員と管理職が共にする時間が限られる結果、コミュニケーション量も不足していることからの育成苦。
「さまざまな制度を見直し、給与を上げ、働きやすい環境も整えた」はずなのに、それでも社員は退職していく定着苦。
コロナ禍で、3重苦はさらに加速している印象です。
じつは、我々もコロナで一気にリモートワークに振り切り、かなりの仕事をデジタル化していきました。それによる良い面もたくさんあったのですが、社員1人1人への個別対応が不足するようになってしまい、退職率は前年の2倍近くまで急増、会社としての成長にもブレーキがかかってしまったのです。
そのような状況に危機感を抱いた我々は、次の3つの手を打ちました。
その①:共通の目的を持つ
私たちはなぜこの会社で働くのか? 何を大切にし、どこを目指すのか?
ファウンダーズスピリット(創業者精神)から始める「理念体系づくり」とその浸透に力を入れました。
その②:アナログで効果を追い、デジタルで効率を求める、それをパラレルで走らせ、それぞれの長所を最大限活かす「シン・アナログ経営」を実践する
ここ数年で、多くの会社がデジタルによって業務効率化が一気に加速し、ペーパーレスや働き方の多様化、情報共有化などさまざまな面で大きなメリットを享受したと思います。
一方で、どんな時代でも会社はそこで働く人たちと「企業カルチャー」という極めてアナログ的な要素で決まることは不変です。
アナログとデジタル両面の長所をハイブリッドに組み合わせた経営を「シン・アナログ経営」と表現しています。
その③:人的資本経営に取り組む前に、人と組織の「OS」を改善する
パソコンやスマートフォンは基盤部分が「OS」で、その上に「アプリ」を乗せるイメージで機能します。本書では社会人として、組織人として身につけるべき「基本のき」を「OS」、必要に応じて身につけるべきスキルを「アプリ」と表現しています。
重要なのは基盤である「OS」です。「相手を不安・不快にさせる人」や「やる気のない人」にどれだけ高価なスキル研修を何時間おこなったとしても、成果はあまり期待できないものです。
この3つを実践した結果、2023年船井総研グループの業績はそれまでの2桁成長を取り戻し、過去最高益を達成。退職率も大幅に減少しました。定期的におこなっている社員エンゲージメントに関する調査でも、「会社の理念・ビジョンへの共感」と「会社・仕事への誇り」のスコアが上昇したのです。
また、これらのアクションを通じて「持続的に成長する会社になるために必要な視点」が2つあることがわかりました。
1つめの視点「戦略、優秀な人財は、良いDNA・カルチャーがあってはじめて活きる」
どんなに良い戦略(ストラテジー)があり、どんなに高いスキルの人財(ヒューマンキャピタル)を採用できたとしても、それらを活かす基盤となる「社員1人1人の高いOS」と「DNA・カルチャー」がない限り、持続的な成長はできないということです。
ストラテジー、ヒューマンキャピタル、そしてDNA・カルチャー……これらはすべて掛け算なのです。
「OS」「カルチャー」がなければ持続的な成長はできない
2つ目の視点「デジタル時代にはますますOSが問われる」
今、「人的資本経営」が注目されています。中小企業庁によると、人的資本経営とは、「人材を“資本”として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」とあります。つまりは、人を「資源」ではなく、「資本」と考えていこうと大きくシフトしています。
それに伴い、「人にかける費用はコスト」という考えから、「人にかける費用や時間は生産性や企業価値を向上させるための投資」に変わったのが、大きな注目点です。
人的資本経営では、「リスキリング」や「タレントマネジメント」などに注目が集まっています。しかし、それらはどんなスキルを乗せていくかという「アプリ」の面であり、基盤となる「OS」がしっかりしているからこそ実現できることです。
社員数が100人を超えるような会社は、経営者の目が行き届かなくなる部分が増えていきますから、組織としての形、仕組みを整えていくことが必要になります。その規模の会社の人的資本経営への取り組みは、デジタル時代に弱ってしまった基盤である「OS」を強くすることから始めていただきたい。私たちはそう考えています。
社会人として、組織人として、基盤=OSがしっかりしていなければ、いくらスキルアップ研修や教育プログラムなどに投資をしても、瞬間的な成果は出せるかもしれませんが、持続的な成長にはつながらないものです。
しかも、この2点は、いかに最先端のデジタルツールだけを導入しても、解決できるものではありません。
デジタル時代こそ、デジタルだからできることを取り入れ、その長所を最大限生かし、一方でアナログでしかできないことを明らかにし、両者を組み合わせ正しいステップで経営していく――それが、私たちのお伝えしたいことです。
私たちは新しい経営体制の下、まずは社員1人1人のOSを強化し、企業カルチャーの改革から人的資本経営に着手していくというステップで進めていきました。おかげさまで、びっくりするほど短期間に社員のエンゲージメントが向上し、生産性アップだけでなく離職率減が実現し、業績面にもいい影響が出てきました。
本書では、私たちがデジタルを駆使すると同時におこなっているアナログなアプローチと、人的資本経営に東証プライム上場企業として取り組んできた経験、一方で中堅・中小企業向け経営コンサルティング会社として日々会社のステージごとに「今おこなうべきこと」について経営者のみなさまにお伝えしている内容を整理、体系化してお伝えしていきます。
多くの中堅・中小企業の経営者や管理職のみなさまのお役に立てば幸いです。