無関心な現場で始める業務改善【シーズン2】

第8回改善ビジョンを作る

佐藤さんの属する開発部と知的財産部の2部門で、業務改善のキックオフミーティングが終わりました。佐藤さんなりにコアメンバーと用意周到に考えたつもりでしたが、身内である開発部のメンバーや直属の課長まで不満をはじめ、やる気のなさを痛感した場でもありました。

今回は、改善ビジョンの作成についてお話します。一言でビジョンといっても、意外に奥が深いことを感じ取っていただければ幸いです。

大切な改善ビジョン

今は、コアメンバーに加えて、開発部の村瀬部長を交えて、具体的にどのように進めていこうかと話し合いをしています。

  • 佐藤さん:「なんだか先が思いやられそうだな……」

  • 加藤さん:「言いだしっぺのお前がそう言うなって!」

  • 赤西さん:「そうですよ!みんなも本当は何とかしたいって思ってますよ、だよな、美香!」

  • 広瀬さん:「もぉ、下の名前で軽々しく呼ばないでよー。私、ちょっと思ったんだけど、改善の必要性はみんなわかっていると思うの。改善をしたら、どうなるのかってイメージがわかないのかも。ほら、"所信表明"と言うかビジョンよ"ビジョン"!!

  • 佐藤さん:「そう言えば…コンサルティング会社C社からも"ビジョン"は時間をかけてしっかり作れ!ってアドバイスもらってた……」

  • 加藤さん:「大事なこと忘れるなよー」

  • 村瀬部長:「過ぎてしまったことを言ってもしかたがないから、これから改善ビジョンを作ってみよう!経営と同じでビジョンは大事なものだと思うぞ」

組織図・人物相関図は第1回の図1をご参照ください。

「あるべき姿」「ありたい姿」

一般に、ハード改革第6回の図2は、「あるべき姿(to be model⁠⁠」「現状の姿(as is model⁠⁠」との差をギャップと定めます。ギャップを課題として認識し、問題解決をはかります。

図1をご覧ください。

図1 ⁠あるべき姿」「ありたい姿」のアプローチ
図1 「あるべき姿」と「ありたい姿」のアプローチ

ハード改革は、基本的に「べきだ!」論です。⁠本来こうあるべきだ!」を描き、ギャップを埋めていくと言いながら、現実には、できていないことをこき下ろす、上から目線で偉そうに指摘する、こういうことが起こりがちです。「やらせる側 vs. やらされる側」という構図ができあがり、"やらされ感"が自主性や主体的な行動を妨げます⁠あるべき姿」から入るアプローチを、筆者は"ギャップ・アプローチ"と呼んでいます。"ハード・アプローチ」と呼ばれる場合もあります。

一方、⁠こうなりたい」⁠実現したい」という"思い"があります。いわゆる「ありたい姿」です。⁠こんな状態(活き活きと)で仕事ができたらいいのに」⁠部門間のコミュニケーションも円滑になればなぁ」というものです。このように"状態"をイメージすることから、"ステート・アプローチ"と筆者は呼んでいます。"ソフト・アプローチ"と呼ばれる場合もあります。

ギャップ(あるべき姿)とステート(ありたい姿⁠⁠、どちらが良いかという議論ではなく、それぞれ長所短所があるので、それを踏まえて改善ビジョンを作っていくことが必要です。

この「あるべき姿」「ありたい姿」を描くことが、今回のテーマである「改善ビジョン」につながっていきます。順番に見ていきましょう。

「残す」⁠変える」⁠継続する」…"変革のグランドデザイン"

ここで、改善ビジョンを議論する前に、"変革のグランドデザイン"について簡単にお話します。何だろう?と思われる方もいらっしゃるでしょうが、基本的な考え方はいたってシンプルです。グランドデザインもカッコ良く言っているだけで、青写真と呼んだほうがピンとくるかもしれませんね。

  • 『グランドデザインとは、"残すこと"と"変えること"を決め、継続し、資産化していくこと』

チャートにすると、図2のようになります。いくつか簡単な例を書き加えてあります。

図2 変革のグランドデザイン
図2 変革のグランドデザイン
  • 「伝承(残すこと⁠⁠」と「変革(変えること⁠⁠」を決める
  • ②変革(変えること⁠⁠」には、⁠加えること」「捨てること」が存在する
  • ③継続する仕組みと企業文化を作ること
  • ④資産化すること

たったこの4項目ですが、日常的にこのようなことが議論されるとすれば、それは経営者の仕事と言えるでしょう。ただし、組織に染み付いた遺伝子、DNAを組織風土や企業体質に直結し、これを変えていくことは経営者だけではできず、社員一人ひとりの協力が欠かせません。

改善ビジョンを作る際には、⁠何を残せばいいのだろう?」⁠何を変えないといけないのか?」⁠そのためには何が足りないのか?」などなど、現場が真剣に考えることは無駄になることは1つもありません。

改めて…組織の「ハード」「ソフト」

さて、ここでもう1つ、改善ビジョンを作る前に頭に入れておきたいことがあります。これまでにも何回か、⁠ハード」「ソフト」の話をしてきました。

図3をご覧ください。

第5回の図2では、⁠氷山モデル」を提示しましたが、これをもう少し具体的にばらし、模式的に示しています。

図3 ⁠組織ヒエラルキー/バリュー・チェーン」「ハード/ソフト」の対比
図3 「組織ヒエラルキー/バリュー・チェーン」と「ハード/ソフト」の対比

少し、⁠ハード」「ソフト」のイメージができるでしょうか?水色の部分が「ハード」に該当し、目に見えるものです。一方、ピンク色の部分が「ソフト」に該当し、目に見えないものです。

"経営理念" "戦略" "ビジネスモデル"などはトップマネジメントが関与すべき事項であり、一般には業務改善の領域ではありません。経営改革の領域です。したがって、業務改善として着目すべき事項は、ミドルマネジメント以下の現場領域に関わるものとなります。かなり現場寄りの大雑把な分類をすると下記のように集約されます。

  • タテ方向:組織のヒエラルキー(ハード⁠⁠、コミュニケーション:情報伝達
  • ヨコ方向:プロセス(ハード⁠⁠、コミュニケーション:情報共有(ソフト)

改善ビジョンを作るに際して、⁠ハード」「ソフト」の要素に関わる事項が含まれていることが必要となります。

立場が変われば、見方が変わる!

少し話が難しくなってきましたが、もう少し辛抱してお付き合いください。

改善ビジョンを作るときに、⁠観点」というものが必要となります。⁠視点」という場合もあります。どういうことかと言うと、視点や観点は、立ち位置によって変わります。例えば、A部門では、⁠"プロセス(図3の★の部分)"が問題だ!」と言っていても、隣のB部門では「いやいやうちの部門は"プロセス"は問題ない。"制度"の問題だよ」と言っているかもしれません。このように、「立場が変われば、見方が変わる」ということが発生しがちです。

業務改善が自部門内ですべて完結することは、さほど多くありません。また、改善の効果が大きくなるのは、自部門に前後工程部門を加えた一気通貫で改善を行ったときです。

改善ビジョンが、立場によって左右される、例えば、⁠これはうちには必要・関係する、あれはうちには要らない・関係ない」…このような事態を改善ビジョンが招くようであれば、適切な改善ビジョンではないということです。

改善ビジョンの切り口

したがって、「改善ビジョンは部門に依存しない(組織のヨコ方向⁠⁠改善ビジョンはヒエラルキーに依存しない(組織のタテ方向⁠⁠」の両方の要素を含んでいることが必要です。

なんだか難しそうで、いったい何だろう?と思われるかもしれませんが、実はこれまでの連載記事の中に、すでにその単語は何回も登場しています。

「あるべき姿」「ありたい姿⁠⁠、⁠ハード」「ソフト」で登場した事項と、さらに経営品質で用いられるBSC(バランス・スコア・カード)や6σ(シックス・シグマ⁠⁠、内部統制などで登場する事項を勘案した改善ビジョンの切り口を図4に示します。ここでは、先ほど述べた「観点、視点」「切り口」と表現しています。

図4 改善ビジョンの切り口
図4 改善ビジョンの切り口

図3と対比させながら見てください。図4で示した8つの切り口(1:戦略、2:収益、3:プロセス、4:人と組織、5:仕組み、6:CS、7:ブランド、8:品質)は部門に依存しないものです。言い換えれば、すべての部門に通用するものです。

先ほど「立場が変われば、見方が変わる」を逆手に取ったもので、切り口(視点・観点)での会話をイメージしてみるとわかりやすいでしょう。⁠プロセスの観点では問題ないか?」⁠品質の観点ではうちはこう考えるけど、そちらの部門ではどうか?」など、コミュニケーションの軸としても機能します。

当社の場合は、さらに問題の整理や解決のカテゴリ分類にも使用します。詳しく知りたい方は、こちらの書籍をご覧ください。

場面は変わって、佐藤さんを中心としたコアメンバーはまだ、ビジョンの作成中です。先日のキックオフから3日ほど経過しています。コアメンバーの顔触れには、これまでにアドバイスをもらっていたコンサルティング会社C社のS氏とW女史も見られます。どうやら、村瀬部長が中田社長と直談判し、業務改善に微々たるものですが予算を付けてもらい、その稟議が通ったようです。

どのような改善ビジョンができあがるかは、次回のお楽しみとしましょう。

最後に、もう1つだけお話をします。

プロセスを共有する

今回のお話の中で「たかが、ビジョン」と思われるかもしれませんが、⁠されど、ビジョン」でもあります。当社が業務改善をご支援する場合は、このビジョン作成に相当の時間を費やします。数週間かかることもザラです。どんどん先に進みたいメンバーもいるのでイライラする人も出てきます。⁠ビジョンを作っている暇があるなら、改善に着手したほうがよい!」など、確かに言っていることはごもっともです。

しかし、筆者の経験、当社のこれまでの実績から確実に言えることは、「ビジョンを作るプロセスにしっかりと時間をかけた業務改善は失敗しない」ということです。ぶつぶつ文句を言いながらやっていたメンバーからも、後になってから改善初期段階で時間を取ったことは間違いではなかったという声が多く聞かれるからです。

筆者からすれば、意図的に仕掛けているので当然と言えば当然です。機会があればゆっくりとお話ししたいところですが、ビジョンを作ることでチームビルディングを行っています。グランドデザイン(青写真)や改善ビジョンは決して一人で描けるものではなく、何人もの志を持った人たちの思いで作られます。

これらの成果物(グランドデザインや改善ビジョン等)を関係するメンバーで描くことにより、チームビルディングだけでなく、「成果物そのものが共有できる」ことも覚えておいてください。成果物は目的や目標、ゴールの場合もあります。

さて、C社のS氏、W女史両名は、「プロセスを共有する」仕掛け方と効果の大きさを熟知しており、保有しているノウハウやコツを、GHテクノロジーズの佐藤さんを中心にトランスファーしていきます。

次回は、できあがった改善ビジョンのお話から始まり、改めて現場の問題が浮き彫りとなる様子をお伝えします。

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