- 「収益性が低く、事業を将来も継続していけるか不安だ」
- 「新しい取り組みに着手しようにも社内の抵抗が大きくなにもできない」
- 「環境への配慮が必要とは思うが、コストをかける余裕がない」
そんな会社は多いのではないでしょうか。
80年の歴史を持つトヨタ系1次サプライヤーである旭鉄工も、以前は収益性が低く、生産しても適正な利益を出すことができない赤字体質でした。従業員のみなさんは真面目で従来どおりの仕事は着実にこなすものの、新しいことに取り組むことを嫌い、経営陣は部下の提案にコメントするだけで将来に対するビジョンも何もない状態。一方で、人口減少による国内市場の縮小は確実で、利益を出せず立ちゆかなくなるのは火を見るよりも明らかでした。
「このままでは、早晩この会社はなくなる」
2016年に3代目社長となった私は、危機感を持って徹底的な改革に着手しました。
旭鉄工の2つのDX
昨今、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉をよく聞くようになりました。従来の人手による作業をデジタルで置き換えるのはデジタル化であり、DXではありません。経済産業省のデジタルガバナンス・コード2.0によると、DXの定義は次のようになっています。
「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」
この定義に照らすと、旭鉄工は2つのDXを実行しています。
- ①デジタルを活用した収益力向上
- ②自社のツールとノウハウの外販
①デジタルを活用した収益力向上
まず、工場の稼働状況を見える化する自社開発IoTシステムの構築と活用を起点とし、データをもとに意思決定するデータドリブン経営の実践、そのための社員の意識・風土改革をおこないました。
製造現場でデータを使った素早いカイゼンにより労務費を下げ、競争力を向上させ、データで正確な原価把握をおこなって儲かる見積もりを出しつつ、赤字部品はカイゼンで黒字化し、経理の数字のカイゼン進捗を収支フォロー会議でフォローする。そうして製造現場から経営までがデータを活用するようにした結果、労務費を年4億円節減、電気使用量を26%削減など、経費が大きく低下。損益分岐点が、2015年度の162億円から、2022年度の133億円まで、29億円低下しました。売上高を同じ160億円でそろえて比較すると、利益は10億円も上乗せできました。
各製品の売上が増加する際にも、素早くカイゼン活動がおこなわれて残業が抑制されることで、売上増加に対する変動費の増加割合も下がり、売上増が利益に直結する体質にもなりました。
②自社のツールとノウハウの外販
旭鉄工でカイゼン効果が大きく出たことから、「このシステムとノウハウは他社にも活かせるのではないか」と考え、カイゼン活動を推進してきた主要メンバーに出向してもらう形で、2016年9月にi Smart Technologiesを別会社として設立しました。旭鉄工で効果を出したIoTシステムiXacsと同じものを月額払いで他社でお使いいただけるのはもちろん、効果を出すためのiXacsの使い方のアドバイス、カイゼンのための会社の仕組み構築、人材育成といった旭鉄工のノウハウを提供するサービスを展開しています。戦略コンサルファームなどにはこういった具体的な製造現場のカイゼンはできませんし、従来のカイゼン活動の延長のコンサルティングでは我々のようなIoTを駆使したカイゼン活動は不可能です。自動車部品製造業という枠を越えて新しい領域に進出し、実績のあるIoTを活用したカイゼンのコンサルティングという意味ではライバルが存在しない会社となっております。
これらの取り組みによって、旭鉄工は先進的な取り組みをおこなう企業として知られるようになりました。国内外からお金を払って工場を見に来る人は絶えず、2022年9月から2023年8月までの工場見学の売上は900万円以上。頻繁にメディアに登場し、年100回以上の講演をこなしています。
必要なのはIT人材ではなく経営者自身がDX人材になること
私は2013年に社長後継含みで旭鉄工に転籍して取締役となり、2016年に社長となりました。トヨタ自動車技術部時代の車両開発で培われた物理モデルと数値を駆使するエンジニアリングの経験、トヨタ生産方式の知識、そして現地現物を大事にする姿勢はあるものの、経営的な知識も経験も、さらにはITの知識もありませんでした。そして、IT人材もいませんでした。それなのにDXを実行できました。
経済産業省の「デジタルガバナンス・コード2.0」では、組織づくり・人材・企業文化に関する方策での「望ましい方向性」として次のように述べています。
- 「経営トップが最新のデジタル技術や新たな活用事例を得た上で、自社のデジタル戦略の推進に活かしている。組織カルチャーの変革への取組み(雇用の流動性、人材の多様性、意思決定の民主化、失敗を許容する文化など)が行われている」
必要なのはIT人材ではなく、経営者自身がDX人材になることです。プログラミング言語を勉強してコードを書けるようになる必要はありません。現状の業務に問題意識を持つこと。そして、社外のデジタルの活用事例を多く見聞きし、何ができそうかの感覚を養い、推進することです。
私はトヨタ自動車時代は車両開発エンジニアであり、デジタルに明るかったわけではありません。しかしながら、当時からトヨタ自動車内の他部署の技術や知見を自分の担当する開発車両に応用することで性能向上を図ろうという意識が常にあり、貪欲に新しい情報を収集していました。それと同じです。デジタル活用についてのリテラシーを身につける意識を常に持ち、情報収集に努めることで、デジタル活用のアイデアが出てきますし、社内に対し進むべき方向性を示したり、部下の提案に対し適切な判断を下せるようになります。
経営者がDX人材になるために必要な視点は次の3つです。
- ①付加価値ファースト
- ②困難を突破する覚悟を持つ
- ③とにかくやってみる
そして、この3つの視点で会社を変革するポイントは次の3つです。
- 問題を見える化する
- 問題解決の仕組みをつくる
- 挑戦する風土を構築する
本書の内容は概念論ではなく、実際に旭鉄工で実践した上記3つの視点と3つの手段を中心にお話しします。また、喫緊の課題であるカーボンニュートラル推進について、旭鉄工では問題の見える化から低減ノウハウの蓄積・共有、実際の排出量低減まで大きな効果をあげており、旭鉄工のDXの縮図ともいえる取り組みであるので、独立した章としてあります。
知恵を絞って小さな工夫を積み重ね、やり遂げてきた中で得られたものは、必ずや読者のお役に立てるものと確信してます。DX実行のための心構えなどは経営者に、改善およびカーボンニュートラル推進の技術的な内容は生産技術系の方に、従業員のモチベーションアップやカイゼンの回し方は現場の管理監督者に、と幅広い方のお役に立てば幸いです。