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専門領域が細分化された現代においては,「どんな目的を達成するために」「どの程度のコストで」「どんな問題を解くべきか」という,適切な課題に対して適切な手法でアプローチする技術はますます重要視されるでしょう。
データの蓄積・ソフトウェアの発達という世の中の変遷を受けて,数理モデリングは一部の特殊な訓練を受けた専門家だけではなく,民間企業経営者,マーケタ,もしくはアプリケーション開発者など,あらゆる職種において重要なスキルになります。もちろん,必ずしも数理的な思考や理論的資源を用いることが最善な選択であるとは限りません。ときには直感による意思決定の速さや,感情的な要素を優先することもあるでしょう。しかしながら昨今のデータ利活用にまつわる変遷を考慮すれば,より多様な領域において数理的なアプローチは有効で実行可能な選択肢と言えます。
さて,現実には,数理的な手法の活用に至るまでに,数理科学の専門家はもちろんのこと,アプリケーション開発者や,またプロデューサやマーケタなどのビジネス側の担当者など,さまざまな分野の専門家が関わることになります。数理科学以外の専門家がどのように関わっていくのかを考えてみます。
アプリケーション開発者のための数理モデリング
アプリケーション開発者は,ビジネス要件をシステムの仕様として実現する役割を担います。そして多くの場合,ビジネス要件の初期の受け皿となります。どのような手段で要件を満たすことができるのかを考え,必要であれば機械学習や統計モデルをシステムの仕様に組み込むことを検討するはずです。実装においては,数理科学を隠蔽したソフトウェアがアプリケーション開発者の力になります。ところが,そのようなソフトウェアの中には同じようなインターフェースを持ちながらも,異なる仮定や背景の上に成り立つものが多々あります。
例えばひと口に「教師あり学習」と言っても,その中身は千差万別です。特徴量や教師信号にしても,連続量あるいはカテゴリなどさまざまな種類があり,また特徴量と教師信号の間に仮定される確率分布や損失も数多くの種類があります。そのような多数のソフトウェアの中から,アプリケーション開発者は与えられたデータや仮説のもとで適切なソフトウェアを選択して活用しなければならないのです。誤った仮説に基づくモデルを選択することは,いわば電子レンジで金属を温めるようなもので,得たい結果が得られないばかりか,ときには大惨事を招くこともあります。したがって,アプリケーション開発者にとっても数理的な知識は重要な素養であると言えます。
ビジネス担当者のための数理モデリング
ビジネス側の担当者は,経営上の大きな目標を細分化した,小さな課題に対して,さまざまな専門家に頼りながら,適切な経営資源の配分を模索していることでしょう。このような非技術者にとっても,数理的な素養は適切な判断の支えとなります。
近年では,特定の手法自体が注目を浴びる,不自然なブームとも呼べる現象が起きています。このブームに相まって,特定の手法の適用が要件に組み込まれたプロジェクトに大きな予算がつきやすいという事態が散見されるようです。後から振り返ってみれば,そのような手法ありきのプロジェクトの中には,もっとシンプルな課題の解決によって,はるかに大きな影響を与えることができた事例もあります。このとき,経営者は理不尽に大きなコストを支払い,技術者は理不尽に大きな負荷を背負うことになります。きっとそれぞれの課題の困難さを適切に見積もることができていれば,このような事態は発生しなかったことでしょう。したがって企画側の担当者にとっても数理的な知識は,適切な意思決定をするための重要な素養と言えます。
横断知識が求められる時代へ
しかし逆の言い方をすれば,ビジネス側の担当者,そしてアプリケーション開発者が適切な理解度で数理モデルに習熟することで,さまざまなプロジェクトは大幅に加速すると言えます。そのため今日では,経営企画,計算機科学,そして数理科学など,単独の専門家というよりはむしろ,複数の分野に習熟した総合的な意思決定ができる人材が求められています。要件に対して適切なモデルを選択できるソフトウェア技術者や,経営課題に対して適切なデータと仮説をもとにプロジェクトの重要度を決定できる企画者がますます重要な役割を担うことになるのです。数理科学分野がビジネスの現場で活用された歴史はまだ浅く,他分野にまたがる横断的な知見を持つ人材不足が嘆かれています。このような背景から,民間企業,とりわけマーケティングやWebにおいて数理科学に携わる気鋭の執筆者らによって,ビジネスに活用される数理科学・数理モデリングに重点をおいた本書が刊行されるに至りました。
(本書の「はじめに」より)