無関心な現場で始める業務改善

第18回業務改善で手に負えないことをどこまでやるか(後編)

今回は前回の続きです。今までの連載でお伝えしてきたことが、再登場する場面が多くなりますので、随時、過去の記事を参照してください。

さて、"業務改善で手に負えないこと"の多くは、業務改善着手前の計画段階において、経営課題・組織課題が明確になることで発生する場合がほとんどです。

ただしこれは、本連載の第8回第9回第10回の3回に渡ってお話したように、問題の深堀りを徹底的に行い、真の原因を見出していることが前提です。原因の深堀りに手を抜いてできあがった改善計画で業務改善を実行した場合は、改善に着手してから経営課題や組織課題に遭遇し、これがボトルネックとなって業務改善を進めることが困難になり、頓挫することもあります。

前工程と超上流工程に入り込む

業務改善は第4回において、⁠スモールスタートがいい!」と述べました。これは「やればできるんだ!」という成功体験を積む意味もありますが、モデルケース(モデル部門)として他部門への水平展開をはかるときの良い成功事例になるからです。業務改善の対象部門も最初から絞り込むよりも、原因が明確になった段階で対象部門を広げればよいでしょう。

この対象部門の広げ方ですが、後工程の部門よりも前工程の部門に広がるほうが多くなります。第6回では、⁠上流工程を押さえる」と書いたように、なぜ、上流に入り込むのかを考えてみましょう。そして、最上流のトップマネジメントや超上流工程まで到達したら、既に業務改善の範疇を超えているかもしれないということが、今回のテーマです。

上流がきれいであることの意味

大河も最初は一滴の水から始まります。いわゆる水源です。上流で生まれた水質の良い水は川を下るにしたがって水量が増え、川幅も広くなり、最後は海に注ぎます。

例えば、上流で水質汚染や環境破壊があると、当然ですが、途中で浄化しない限り、下流には汚染された水が流れてきます。既に川幅が広い下流では水量も多く、汚染物質も拡散しているので、本来の水質に戻すには並大抵ではできません。

水質と水量を下記のように置き換えて、仕事・業務で考えてみましょう。

  • 水質 ⇒ 業務品質
  • 水量 ⇒ 業務量

前工程で既に出来の悪いものが、後工程であるあなたの部門に入ってきたらどうなるか、結果は目に見えています。後工程で"業務品質"をリカバリーすることは並大抵ではありません。後工程が尻拭いをして手直しをする余計な仕事が増えるか、前工程に「ちゃんとやれ!」と差し戻すかのいずれかでしょう。後工程になればなるほど、様々な工程を経てきているのでトータルの"業務量"も多くなり、前工程への差し戻しの時間・工数も馬鹿になりません。

川をたとえに上流と下流の話をしましたが、水質が悪化し水量も多い下流で手直しをするくらいなら、上流で汚染をしている原因を取り除くほうがはるかに簡単だろうと考えることでしょう。

これが、川でなく組織の場合は、上流が前工程です。経営や組織領域に入った途端に、とても小さな水源でもなかなか入り込めなくなります。しかし、我々は経営コンサルティング会社なので、そこで「はい、そうですね!」と引き下がるわけにはいきません。最初は小さくスタートした業務改善から、全社的な経営改革に進んだ事例を1つ、ご紹介しましょう。

現場も頑張るから経営もガンバレ!

A社は中部・東海、関西方面を中心に広く日本全国に展開している金融関係の会社です。最初は、事務業務の効率化を目的としてシェアードサービス部門を新たに立ち上げて、その部門に事務業務を集中化させることにしました。

事務業務といっても幅広く、営業の後工程の営業支援・管理のような仕事から、経理・財務、法務、システムやインフラの保全まで含まれていました。このA社で起こっていたことは、前回の表で示した「企業・組織が抱える問題」とほとんど変わらないものです。

具体的には事務業務の集中化を目指して、業務分析で明らかになった問題をつぶすために、各現場では社員一丸となって業務改善を行うことにありました。そこで、下記のような経営や組織に関する問題が山ほど出てきました。

  • 会社の方針が変わりやすい
  • ビジョンがわかりにくく社内浸透もしておらず、お客様へ説明できない
  • 経営会議の報告用に、営業会議の資料が使えないのか?
  • 経営計画通りに予算が達成されたことがない、経営計画がおかしいのでは?
  • 同業他社に比べて離職率が高い
  • 人事制度とキャリアデザインが不整合
  • 仕事の内容が変わらない無意味な組織変更が多い
  • ブランドイメージが良くない 等

このA社が恵まれていたのは、業務改善の中心メンバーに取締役が入っていたことです。現場では業務改善をしっかり取り組む中で、経営や組織に関する課題を放置することを、この取締役はしませんでした。業務改善メンバーが進捗を経営トップに報告する場を活用し、⁠この経営と組織に関する問題を経営層も一丸となって取り組んでもらいたい」と勇気をもって発言したことも功を奏しました。

当時、我々も含めて改善のメンバーは「現場も頑張っているんだから、経営も頑張れ!」がスローガンでもありました。経営層は、現場から出てきた経営・組織課題を握りつぶすのではなく、それまで指示待ちで無関心が目立っていた社員が「経営も頑張れ!」と言ったことを、まずは認め評価しました。ここで「一社員の君が関与すべきことではない」と経営層が言っていたら、A社はその後もずっと経営と現場ではしこりが残ったままになったことでしょう。

経営の本気度が現場の改善を加速する

そんなA社が経営層へのプレゼンテーションで用いた絵が図1です。元の絵は、当社が大事にしている企業活動の構成要素ピラミッドとして示しているものです。

図1 業務改善+経営改革
図1 業務改善+経営改革

この図において、⁠業務改善」の対象とした領域は"ハード"と"ソフト"と書かれている部分です。経営者や本社・管理部門は、⁠経営改革」の矢印で示されている領域を行いました。具体的には下記の通りです。

  • 経営理念の再策定
  • 中期経営計画の策定プロセスの変更
  • 予算編成の見直し
  • 社内会議体の再構築
  • 人事評価制度の見直し
  • 情報システムの再構築 等

この中から1つだけお話します。⁠経営理念の再策定」は連日、遅くまで経営者と幹部で基本骨格を練り、全社員へ落とし込むためのハンドブックを作成しました。同時に、会社ロゴも一新し、新しい経営理念とともにCIも統一しました。それも全社員でロゴのデザインを行い、人気投票を行いました。ホームページの全面リニューアルや名刺、販促物等も一新しています。随所に工夫や仕掛けはしていますが、我々の目論見は「上から落ちてきた経営理念にしないこと」でした。理念策定に一社員が関われなくとも、理念をイメージしたロゴデザインには参画しているので、⁠無関心」ではないわけです。ロゴの色、たった一色でも自分が選定に関わったとなると親近感は急速に増します。

現場にはこのような小さな仕掛けをしながら、経営理念の再策定だけでも、このくらい全社的に行いました。その他の事項は割愛しますが、大事なことは、「経営者が現場だけの業務改善にしなかった」ということが成功のポイントということです。

実際の業務改善は半年でかなりの成果を得て、いったんは節目を付けました。しかし、業務改善と一緒に始まった経営改革には1年ちょっとの時間がかかりました。そこで、興味深いことが起こりました。半年でいったんは終えた業務改善が再開したのです。当時のメンバーは「経営があそこまでやっちゃ、僕らも引けないですし、改善にゴールはないと言っていたのは世古さんでしょ!」と笑いながら言われたものです。

A社のようなケースは珍しいのかもしれません。経営層の取締役が業務改善メンバーに入っていたことも良い追い風が吹いた要因です。ただし、ここではっきりと言えることは、「経営の本気度が伝わると現場にも火が付き、業務改善は加速する」という事実です。

さて、このA社の事例のように、業務改善で手に負えないことを、経営層が一丸となって解決に臨むことは予想もしないような相乗効果をもたらします。そのときの"ちょっとしたコツ"をお話しましょう。

「変化の揺らぎ」を仕掛ける

本連載のタイトルを改めて眺めると、⁠無関心な現場」が対象です。そんな現場なら当然、経営層も無関心が多いのだろうと通常は思ってしまいます。

これまで、無関心な現場に対して、

  • "やらされ感"がなく、
  • "気づきのプロセス"と"困らせるプロセス"を入れながら、
  • 大義名分も使い分けながら、
  • 自ら現状調査から問題解決まで行う

ことを大事にしながら進めてきました。これを少し専門的な見地からお話したいと思います。E.H.シャインの『プロセス・コンサルテーション』の本では、変革の必要性を説くために"「変化の揺らぎ」を作り出す"と言っています。図2をご覧ください。

図2 ⁠変化の揺らぎ」を仕掛ける
図2 「変化の揺らぎ」を仕掛ける

無関心な現場や硬直した組織では、変革の必要性は感じていないので、まずは"変革の必要性"を認識することが必要となります。しかし、急激に行うと反発を招き、組織そのものの機能が損なわれてしまいます。したがって、あたかも電子レンジのような「解凍」のプロセスが第1段階で必要となり、第2段階として、"新しい状態を創り出す"ための「移行」に移ります。そして第3段階で、組織に浸透する・風土として定着する「再凍結」のプロセスに入ります。

これまでに我々が皆さんにお伝えしてきたことも、原理原則は同じです。

解凍するために、意図的に揺らぎのある状態を組織の中に作り出します。このことで、組織は「不安定状態」となります。不安定な状態は、⁠適度な危機感と緊張感」から生まれます。現状不満足で「現状を変えなければいけないんだ」という「変革の必要性」を植え付けているわけです。これを短期間で加速するために、"困らせるプロセス"を入れながら、困った状態ではじめて知恵が出てくる裏目的を実行させていることになります。

こう書くとシンプルですが、行うのはそうたやすいことではありません。しかし、本連載で書いたことを少しでも頭に入れておくと、同じような場面に直面したときに慌てることは少なくなるでしょう。仮にあなたが部下を持つマネージャなら、部下や部門内のマネジメントに活かせる場面はいくつもあることでしょう。

「目の前の石をどける」ことに経営も現場も関係なし!

前回と2回に渡って「業務改善で手に負えないことをどこまでやるか」というお話をしてきましたが、「手に負えない」と思い込み放棄した瞬間に、本当に手に負えなくなります。経営層に業務改善の意味や意義がしっかりと伝わっていれば、⁠徹底的に行え!」となるはずです。まして、経営や組織課題が現場の業務改善の阻害要因となっているならなおさらです。「目の前の石をどける」ことに経営も現場も関係ありません。スタートラインがたまたま業務改善であっただけで、そこから経営課題が出てきたのなら、むしろ「願ってもないチャンス」と思うほうが健全です。

したがって、「手に負えないことをどこまでやるか」に対する我々の答えは「どこまでもやる!」です。中途半端に経営層の問題を放置していることのほうが、よほど問題です。⁠いやー、当社ではとても経営層にそこまでは言えないですよ」と思われる方もいることでしょうが、そのために、我々が中立的な立場でいることも頭の片隅に入れておいてください。

次回は、⁠業務連鎖と現場力」についてお話します。

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