人工知能を超える人間の強みとは
- 奈良潤 著
- 定価
- 1,958円(本体1,780円+税10%)
- 発売日
- 2017.3.15
- 判型
- 四六
- 頁数
- 336ページ
- ISBN
- 978-4-7741-8795-2 978-4-7741-8901-7
サポート情報
概要
人工知能の進化で人間の価値が見直しを迫られているが、人工知能が常に正しい意思決定をできるとはかぎらない。
では、単純な脅威論に踊らされず、正視眼で人工知能の限界を見極め、対処していくにはどうすればいいか?
世界的認知心理学者ゲイリー・クライン博士に師事する唯一の日本人研究者が、人工知能と人間の直観を比較しながら、人間の可能性とその引き出し方、これからの社会や教育のあり方を示す。
こんな方にオススメ
- 人間や社会、教育のこれからのあり方に興味がある方
- 人工知能の話題に興味がある方
目次
第1章 人工知能は必ずしも万能ではない
- 世界トップレベルの学者たちの間でも意見が対立
- 人工知能が抱える開発技術上の7つの問題点
- 機械中心的な設計がもたらす3つの弊害
- 人間が機械より優れる5つの特質、機械が人間より優れる5つの特質
- 2045年、シンギュラリティは到来しない
第2章 人間の強みは「直観」にある
- 直観とは何か
- ベテラン消防司令官たちの問題解決からわかった事実とは
- 再認主導意思決定モデルにおける3つの思考パターン
- 「センスメイキング」「暗黙知」「身体知」から読み解ける直観の性質とは
- 機械が直観による判断よりも劣る理由
第3章 直観的思考とアルゴリズム的思考はどう違うのか
- なぜ、直観は頼りにならないのか
- 「敵対的」共同研究から判明した直観とアルゴリズムの優劣関係
- マッキンゼー本社におけるクライン氏とカーネマン氏の公場対決の帰結
- 総合的思考と分析的思考 ―「分ける」と「わかる」のか
- 定性的評価と定量的評価 ―人間の主観や恣意性とどうつきあうか
- 「学習の結果、どのように創造性を発揮するのか」が人間と人工知能では異なる
第4章 直観を高める6つの認知科学的トレーニング方法
- 再認主導意思決定理論モデルにもとづくOJT(On-the-job training)
- シャドーボックス法(ShadowBox training method)
- 発見型マネジメント法(Discovery by Management method)
- 死亡前死因分析法(Pre-Mortem method)
- 生存理由分析法(Pro-Mortem method)
- リフレクション(Reflection)
第5章 直観を高める8つのコツ
- ある一定以上の学習時間と絶対量を確保する
- 記憶と忘却の繰り返しを面倒くさがらない
- 「ゆっくり丁寧な訓練」と「スピード重視の訓練」を使い分ける
- 緊張とリラックスを繰り返す
- ちょっとした「遊び心」を忘れない
- 細部や論理にこだわりすぎたら全体を眺める
- 異なる分野に触れて刺激を求める
- 能力を多角的に鍛える
第6章 人間だからこそできることとは
- 現場で判断と意思決定をする
- 個人的な体験や経験から独自の感覚や教訓を得る
- 社会的および文化的な意味づけを理解する
- 直接的な対人関係を構築する
- 責任の所在を示す
- リーダーシップを発揮する
- 目標と手段を柔軟に修正する
- 集団組織をマネジメントする
第7章 人工知能時代の教育と生き方を模索する
- テクノロジーが教育を変える4つの観点
- 学び方と教え方が変わる
- 教育内容が変わる
- 教育に対する価値観が変わる
- 教育制度が変わる
- 教育改革を促した3つの理由
- なぜ「アクティブラーニング」と「批判的思考」が教育現場に導入されるのか
- 「大学入試制度」と「学習指導要領の改訂」が教育改革の本丸
- 教育改革への異論や反論を超えて
- 受験対策より「ソフトスキル」養成を重視する英パブリックスクール
- 多重知能理論にもとづく「ハーバード・プロジェクト・ゼロ」
- 「木に竹を接ぐ」ような教育改革は必ず失敗する
- 教育改革の3つのポイント
- 開放性 ~教室の壁、大学入試による選抜を超えて
- 多様性 ~学習環境、教育方法、教材、学校そのものの形態、教員を見直す
- 柔軟性 ~個別指導、「縦横の移動」を実現する
- 「記理判パワー」を求めるか、「創指決パワー」を求めるか
- 人工知能時代に求められる人材とは
- 激動の時代を生き抜くには直観しか頼りにならない
- 直観を中心に能力を高めれば、人工知能は人間の優秀な部下となる
第8章 直観 vs. 人工知能の先にあるもの
- 直観と人工知能の優劣を考えるときに考慮すべきこと
- 直観と人工知能のすみ分けがおこなわれる
- 偏った人工知能研究は人間の創造性をつぶす
- 直観研究は人工知能研究と同等に重要
- 「直観」と「現場主義意思決定」から「洞察力」と「マクロ認知」へ
- 「子どもの人工知能」開発で世界に挑む
- 人工知能時代の社会制度や倫理を考える
- 人間と人工知能が共創するための条件とは
- 「サイバニクス」という人工知能との新しい付き合い方
- 伝統的科学観の限界と21世紀の認知科学研究
- 「新しい心の旅」の先にあるもの
プロフィール
奈良潤
東京都出身。高校卒業後、渡米。2010年、カペラ大学大学院にてPh.D.(教育学博士号)を取得。同年、オックスフォード大学にて生涯教育講座を修了。専門は、現場主義意思決定(NDM)理論、マクロ認知。NDM理論の創始者である認知心理学者ゲイリー・クライン博士に師事し、直接指導を受けている唯一の日本人研究者である。
大学院在学中より、外資系企業就職の人材育成に従事。学位取得後、東南アジア諸国の教育機関にてコンサルタントとしての指導経験がある。現在、教育研究&人材開発をおこなう有限会社スカイビジネスの代表を務めている。日本認知科学会、米国人間工学会、米国判断意思決定学会の各正会員。
訳書に『戦略のためのシナリオ・プランニング』『「洞察力」があらゆる問題を解決する』(ともにフォレスト出版)がある。
スカイビジネスのホームページ:http://www.skybusiness-jp.com/
著者の一言
通算成績4勝1敗――2016年3月15日、グーグル・ディープマインド社によって開発された人工知能 Alpha GOが、囲碁の世界王者イ・セドル氏に勝ち越した。
碁は、チェスや将棋よりも、1つの局面で考えられる手数がはるかに多いとされる。それゆえに、人工知能がトップ棋士に勝つのはまだ先のことと予想されていた。ところが、人工知能はチェスのガリル・カスパロフ氏や将棋の三浦弘行八段(当時)だけでなく、碁の九段にまであっさりと圧勝した。人工知能はゲーム上での強さだけでなく、絵画、編曲、執筆も含めたあらゆる知的領域にその可能性を広げようとしている。まさにプロやエキスパート並みの創造力を発揮しつつあるのだ。
現在、人工知能研究は「春の時代」を迎えている。かつて、人工知能ブームが1960年代と1980年代に2回ほど起きたが、ブームのたびに研究は技術上の壁にぶつかり、その後、長い「冬の時代」に突入することになった。その反動からか、今回、世間の関心度もかなり高い。
人工知能の優秀さが喧伝される一方で、脅威論も出てきた。「近い将来、人工知能が人間の職を奪い、私たちの生活や生き方までも管理するようになるのではないか」という不安である。多くの識者が人工知能の未知なる可能性に期待を寄せてはいるが、どこか皮肉で冷ややかな態度を示している人も少なくない。人工知能が単純作業から高度な知的作業までこなせるようになっている現状に、焦燥感と危機感を抱いているのだろう。なぜなら、自分の職業の価値が低下し、機械に生活の糧を奪われるかもしれないのだから。
もし、このまま人工知能が進歩していったらどうなるのだろうか。
数十年後、十数年後、いや、わずか数年以内に人類の知能を完全に超越するのだろうか。
こうした疑問に、人工知能研究で最先端を走っている学者たちでさえも明確な回答ができないでいる。まして、人工知能に縁がない一般人は、なおさら人工知能の未来を正確に予測することが難しいだろう。
では、どうすれば人工知能の可能性と限界を知ることができるのだろうか。それは、人間と人工知能のそれぞれの思考メカニズムを比較検証することではじめて見えてくる。人間と人工知能の思考の性質は両極端なほど異質であり、それぞれが異なる強みと弱みをもっているからである。
たとえば、あなたは次の質問に回答できるだろうか。
「人間の直観的意思決定と人工知能の思考メカニズムの相違点は何か。それぞれの強みと弱点はどのようなものか」
この初歩的な質問に明確な回答ができないのであれば、あなたは人間の直観や意思決定のメカニズムだけでなく、人工知能の強みも弱みもよくわかっていないことになる。最も基本的な質問であるが、その答えは直観と人工知能の本質を突くものである。
今回、私が本書を著すことになったのも、「脅威論に翻弄されず、正視眼で人間と人工知能の可能性と限界を考えてみていただきたい」という想いからである。世間で流布している人工知能論は、あまりにも脚色されたものが多い。
もともと私は、アメリカの教育大学院で「企業の人材育成の場で、どのようにして従業員の戦略思考や危機管理能力を養成できるのか」をテーマに研究をおこなっていた。大学院で学んだことを勤務先の人材育成企業スカイビジネスで導入するつもりでいた。
ある日、偶然、図書館で「現場主義意思決定(Naturalistic Decision Making:NDM)理論」についての論文を発見した。この理論は、アメリカの著名な認知心理学者であるゲイリー・クライン氏によって構築されたものであり、「エキスパートによる判断と意思決定の本質は“直観”にある」というものである。私はクライン氏の意思決定研究にこの上ない知的興奮をおぼえ、彼の研究を自分のライフワークにすると決心した。幸いにも、私はクライン氏の知己を得て、現在、彼の直接指導のもと、日本で独自の研究活動を続けている。直観研究の第一人者の理論を本格的に学んできたからこそ、人間と人工知能の思考の違いがよくわかるのである。
人間が利便性を享受する人工知能の発展は歓迎したい。しかし、人工知能の学習機能を支える「ディープラーニング(Deep learning)」という技術には、思いもよらない弱点や盲点がある。さらに、人工知能が持つ能力と思考法の種類は、人間よりもはるかに少ない。こうした理由から、「人間が直面するあらゆる繊細な問題を解決するうえで、人工知能がつねに正しい判断と意思決定ができる」とはかぎらない。人工知能がどんなに進歩したとしても、社会的、文化的な諸問題を人間の代わりに解決できるようになるとは思えない。結局、どこかで人間の経験や直観がどうしても頼りになるはずである。
直観力をはじめとする人間の能力の開発法についても、近年、認知心理学の分野でかなりのことが解明されてきた。現段階において、その効果が教育学的に完全に証明されているわけではないが、勉強やビジネスなどに応用が利くメソッドがいくつか提唱されている。本書では、直観を高められる具体的な方法やコツを紹介する。
さらに、人工知能をはじめとするテクノロジーは、教育を含めた私たちの知的活動を大きく変えつつある。どの国の教育界も、教育制度や教育内容を社会的変化にどのように対応させればいいのかを模索している。日本も例外ではない。周知のとおり、2020年には大学入試を中心とした教育改革がおこなわれる予定である。この改革は、今後の人工知能時代を見据え、子どもたちが人間ならではの強みを活かせるようにすることを目的としている。本書では、英国とアメリカの教育改革案を参考に、日本の教育改革を私なりに検証している。また、私たちがこれからの激動の時代を生き抜くにはどのような能力を磨くべきなのかについても論じる。意外だろうが、このことも直観と人工知能におおいに関係がある。
本書の目的は、人工知能研究そのものを否定したり、「それでも直観が人工知能に勝る!」などと強調することではない。人工知能と同様に、当然、直観にも弱点や盲点はある。直観と人工知能の敵対関係や優劣関係というよりも、人間と人工知能が共存することでより優れた意思決定をするための方向性を読者のみなさんとともに探りたい。
さあ、人間と人工知能の「心の旅」に出かけよう。