明るい未来が設計可能になってきた
ここは、2080年の世界。コバルトブルーの床にクリスタルに輝く大樹、語らう人々、3羽の色鮮やかなモルフォ蝶……マルチバース化されたバーチャルワールドです。
今ご覧になっているこの本のカバーの背景には、20年前の2060年の自然と調和した世界が見え隠れしています(前作『2060未来創造の白地図』のカバー画を元にしています)。リアルとバーチャルが一体となり、過去と未来も連続的に移動可能な、いわば時空間の交差点のような「超メタバース」(この時代の未来人は「タイムウェーブ」と呼んでいるそうです)の世界観が描かれています。真ん中のクリスタルの大樹は、バーチャルだけど、リアルなオブジェクトでもあって、人工光合成で炭素固定もしています。超知能を持っていて、この時空間のメタAI、つまり総監督のような存在です。
そうした未来への希望や期待、未知への挑戦のワクワク感をテクノロジー視点で描いた前作『2060 未来創造の白地図』(2020年3月発刊)の上梓から4年が経ちます。ほぼ同時期に始まった新型コロナウイルスによるパンデミックは、私たちの生活様式を大きく変えました。気候変動は地球沸騰化に至り、気象災害や生態系バランスの撹乱、大規模な地震や火山噴火などの発生の危惧も高まっています。そして、世界を震撼させた新たな軍事侵攻と世界秩序・経済の混迷が続いています。私たちが生きている現実の世界は、ときに絶望的なディストピアへ向かうかの様相にあり、テクノロジーが明るい未来を拓くという考えは、夢物語や絵空事だという見方の人も多いかもしれません。
それでは、「ポジティブで楽しい未来」という世界観は、もはや否定されたのでしょうか?
私はそうは思いません。むしろ、未来創造のために人類が乗り越えていかねばならない重要課題がいくつも顕在化したことで、その課題解決への対応が加速し、明るい未来がより高解像度になってきたのだと考えています。まさにこの本のカバーのような世界が設計可能になってきたのです。
未来とは、他人ごとのように論評したり当たり外れを競ったりするようなものではなく、自分自身が生きたい未来を創るための探索や、そこへたどりつくための航海図として描かれるべきものだと私は考えています。「自ら創る」という目的意識に根ざした視座に立った時、リアルな課題解決のストーリーを「自分ごと」と捉えられるようになり、不確実な未来を運命として待つのでなく、より実現性の高い未来像を、何度も創り直しながらも、構築できるのです。それは、起業家や投資家にとっても、事業創出や市場開発といったミッションを明確に定めることにつながります。
そのために、有名人やエリートに任せるのでなく、子どもでも高齢者でも、だれもが自由に自分の生きたい未来を描き出すことが大切です。
本作タイトルの「2080年」は、人口動態から見た、人間の生き方が必然的に変わる年代として設定しました。国連推計によると、2080年代後半に、世界人口が100億人を超えたあたりでピークを迎え、以後、地球上の人口が減少に転じます。さらに、世界人口の過半数が60歳以上となり、以後、地球全体の少子高齢化が進みます。つまり、「全地球レベルの人口オーナス(Onus)期」の始まりです。そして、2080年代は子どもから成人まで、シンギュラリティ・ネイティブが占め、60歳以上の大部分がAIネイティブです。
そのとき、もはや、未来を絵空事とか夢物語などという人はいないでしょう。未来があたりまえなのですから。
こうした人口動態は、「確度の高い未来」の基盤となります。そのうえで、人それぞれが実現したい未来に向かって研究したり、投資したりということが重なり、それに環境や社会の大きな変化が加わることで、いくつもの「変曲点」を経て未来は現実化するものと考えています。
本書では、実現可能な未来を探るために、特許、論文、グラント(競争的研究資金)といったアカデミックなエビデンスに加え、スタートアップなどを含む事業投資情報、各種シンポジウムや展示会など、さまざまなデータソースを用いています。加えて、研究者や起業家、学生などとのリアルなディスカッションや意見交換もおこなっています。
分析方法としては、統計解析や推論はもちろん、機械学習やAIの力も借りています。さらに、データに基づくバックキャスティングと、SF的なイマジネーションやインスピレーションによるフォアキャスティングを組み合わせた「データドリブンSFプロトタイピング」という独自の手法も用いています。
本書は読み物として書かれていますが、参考資料としての側面も重視しているため、多くの参考文献や学術用語・英文表記が出てきます。読みにくい・難しいと感じたところはどんどん飛ばして、興味ありそうなところから読んでいただければ幸いです。
本文中にいくつか参考文献にリンクするQRコードが埋め込んでありますので、スマホなどでご参照ください。また、気になったところは都度、検索したり、チャットAIに聞いたりしながら読み進めることをおすすめします。
各章冒頭には、2030年、2060年、2080年の3人の未来人の会話で、その章の重要メッセージやコンセプトをわかりやすく紹介しています。
また、各章末には「まとめ」と「演習問題」を掲げていますので、考察やワークショップなどにご活用ください。参考情報には、各章に関連する弊社「成長領域136領域」と「解決すべき社会課題105」をまとめています。
川口伸明(かわぐちのぶあき)
アスタミューゼ株式会社 イノベーション創出事業本部&データ・アルゴリズム開発本部 エグゼクティブ・チーフ・サイエンティスト。
薬学博士(分子生物学・発生細胞化学)。
1959年4月,大阪生まれ。大阪府立天王寺高等学校卒,東京大学薬学部・大学院薬学系研究科修了。
博士号取得直後に起業,地球環境問題などの国際会議プロデューサーや事業プロデューサーを経て,知的財産戦略コンサルティングの世界へ。2011年末よりアスタミューゼに参画,同社コンサルティング事業の初期メンバーとして,特許スコアリングなど多変量解析に基づく各種評価指標やロジックの策定,有望成長領域や解決すべき社会課題などの分類軸の策定,技術・研究・事業にわたる定量的価値評価や独自のデータドリブンSFプロトタイピングなどの分析手法の確立などで中心的役割を果たす。AI,バイオ,安全保障など分野を問わず企業の新規事業創出や研究機関の研究テーマ策定支援,行政の調査研究・施策提案のほか,大学や高校での授業を含め,講演やワークショップなどでも奮闘中。
おもな著書は『2060未来創造の白地図』(技術評論社/2020年),『人工知能を用いた五感・認知機能の可視化とメカニズム解明』(共著,技術情報協会/2021年),『生体データ活用の最前線』(共著,サイエンス&テクノロジー社/2017年),『実践 知的財産戦略経営』(共著,日経BPコンサルティング/2006年),『細胞社会とその形成』(共著,東京大学出版会/1989年)ほか多数。
年間20回以上クラシック,ジャズ,ミュージカル,ヘビメタなどのライブやフェスに通い,博物館・美術館・映画館を徘徊し,予約の取れない店で食事をするのが趣味。昔のようにパラオやモルディヴでダイビングしたい!
アスタミューゼ株式会社(astamuse company, Ltd.)
2005年9月2日設立,代表取締役社長:永井 歩,本社:東京都千代田区。
世界の無形資産・イノベーションを可視化し,社会課題解決と未来創造を実現する,データ・アルゴリズム企業。世界193ヵ国,39言語,7億件を超える世界最大規模の無形資産可視化データベース(世界のグラント,ベンチャー投資など総額300兆円規模をカバーする領域)を保有,企業・大学・行政などへの新規事業創出や技術活用などのコンサルティング事業,金融機関向けの非財務情報やESGデータの提供事業,ウェブプラットフォーム事業などを展開。
【ウェブサイト】https://www.astamuse.co.jp/