新春特別企画

コロナ禍が促進したデジタル・オンライン化、そこで見えた電子出版の課題と可能性

日本を含め、世界各国で想像もしていなかった2020年が終わり、新年を迎えました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

11回目となる電子出版ビジネスの展望についてまとめてみます。

過去のコラムについては以下をご覧ください。

再び成長軌道に乗った電子出版ビジネス

まずは例年と同じく、今年もインプレス総合研究所が発行した最新の電子書籍ビジネス調査報告書2020※1』の数字から紐解いてみます。

電子出版総合電子書籍電子雑誌前年からの伸び
2015年1,8261,584242415
2016年2,2781,976302452
2017年2,5562,241315278
2018年3,1222,826296556
2019年3,7503,473277628
2020年4,442692

単位は億円、2020年は予測値

※1の文献の調査数字(推計値)は、今の形式での発表(2014年以降)になってから6年連続で市場規模は伸長しています。また、2018、2019年ともに予測値より推測値(発表数字)が上回っており、2015年ごろに一度停滞していた日本の電子出版市場は、2015~2017年に伸び率が緩やかになった時期を過ぎ、再び成長軌道に入ったと言えるでしょう。

2018、2019年の予測値(左)と推計値(右)

  • 2018年:2,875億円→3,122億円
  • 2019年:3,622億円→4,442億円

また、内訳で見ると電子書籍は伸び続けている一方で、電子雑誌は2017年をピークに減少しています。この点から、電子出版市場の今の成長は、電子書籍の普及、より具体的には電子コミックの市場形成(後述)が大きな要因と言えます。

読者の“あたりまえ”となった電子コミック

前述で触れたとおり、今の日本の電子出版市場を牽引しているのは電子コミックです。前出の調査報告書で発表されている電子書籍の売上数字の直近3年(2017~2019)を見てみると、

  • 2016年:1,845億円(82%⁠
  • 2017年:2,387億円(84%⁠
  • 2018年:2,989億円(86%⁠

ご覧のように年々成長し、2019年は3,000億市場となることが確実になっています。また、⁠)内の数字は電子書籍内における電子コミックの割合で、この点からも電子コミックのビジネス的な存在感は非常に大きくなっています。※1の資料で発表された「利用している電子書籍サービスやアプリ名」のうち、1位のAmazon Kindle以外、2~4位までにLINEマンガ、ピッコマ、少年ジャンプ+が選ばられており、上位10のうち8種類が電子コミック関連という点からもわかります。

もう1つ、公益社団法人全国出版協会・出版科学研究所が2020年2月に発行した出版月報(2020年2月号)にて、2019年のマンガ・コミックス市場(単行本+雑誌)に関して、推計4,980億円、内訳として紙:2,387億円電子:2,593億円と発表しており、マンガ・コミックス市場での紙と電子の比較で、電子市場が初めて上回った結果となりました(なお、※1とは調査方式が異なるため、比較には注意が必要です⁠⁠。

2019年、2020年は『鬼滅の刃』の人気というコミック業界に特殊要因があったとは言え、この数字からわかることは「マンガ・コミックス市場は紙、電子に関わらず復調している」⁠その上で、電子コミックの占有率が非常に大きく、電子があたりまえの時代に入った」ということです。

出版市場全体でも回復の兆しが見えている

同じく、出版月報(2020年1月号)では、2019年の出版市場の調査結果を発表しています。2019年の出版市場に関して、紙+電子市場(推定販売金額)で1兆5,432億円と、同誌の電子出版統計開始(2014年)以来、初めて、紙+電子市場で、前年を上回る結果となりました(2018年の紙+電子市場は1兆5,400億円⁠⁠。

それでも2017年と比較すると2019年の数字のほうが低いのですが、⁠前年より回復している」という点に加えて、電子出版ビジネスモデルを紙の出版ビジネスモデルと比較すると、とくに流通に関するコスト計算が異なり、利益率を加味すれば出版市場が回復の兆しを見せていると筆者は考えます。

コロナ禍が与えた影響

電子出版市場の2020年に関して、触れずにはいられないことが新型コロナウィルスの登場と出版業界全体への影響です。ここでは、詳細については省きますが、2020年4月に発出された1回目の緊急事態宣言により、書店をはじめとした商業施設の休業、また、それによるEC需要増および物流の混乱などで、出版業界、とくに販路に関しては大きな影響がでました。

また、発行という点に関しても、出版業務のスタイルが大きく変わり(テレワークへの移行⁠⁠、編集業務にも影響が出ました。さらに、実用書の分野では、とくに旅行関連のようにコロナ禍による生活様式の制約が、書籍・雑誌の内容そのものに大きな影響を与えたものもあります。また、教科書や個人のスキルアップなど、専門書・実用書は、学校の状況の変化(休校要請など)から電子版の需要が高まった1年でもありました。

こうした中で、Amazonや楽天ブックスなどのEC、そして、電子出版市場が、実店舗での販売の代わりという側面で売上を伸ばした点を挙げておきます。

参考数字として、前出出版月報(2020年7月号)において発表された2020年上半期(1~6月期)の出版市場は、

  • 紙+電子:7.945億円(+2.6%)
  • 紙 :6,183億円(-2.9%)
  • 電子:1,762億円(+28.4%)

となっています。この報告では、紙の市場に関して、実店舗とECの比較は出ていません。しかし、2021年1月時点で再び国内の特定の都県で緊急事態宣言が出ている日本において、2020年の、とくに販売や流通に関する出版市場状況について、データとともに分析し方針を定めることが、2021年以降の出版市場を成長させる鍵を握るのは間違いありません。

新型コロナウィルスと電子出版、利用者目線で見た影響

今回のコラムでは、新型コロナウィルスによる影響が出た分野の中でも、とくに利用環境の変化が大きかった学校や教育関連に注目し取り上げます。

緊急事態宣言、休校、オンライン授業

2020年4月の緊急事態宣言、学校に関してはそれ以前より休校要請が出るなど、教育分野には多大な影響が出て、授業の在り方・学校の存在を問われることになりました。

そして、教育を持続する観点で注目を集めたのが「オンライン授業」です。ここ日本では、2020年が新学習指導要領の導入と重なったこともあり、教育分野のICT化が進んでいる最中でした。その状況下でのコロナ禍となり、学校に行かずに授業を行う「オンライン授業」へ舵を切る学校が一気に増えました。

オンライン授業は紙の電子化では済まされない

オンライン授業はその名の通り、オンラインを通じて授業を行うことです。インターネットを通じて黒板の代わりにパワーポイントを使った授業をしたり、各種コミュニケーションツールを利用した質疑などが行われます。対面で行えないということに加え、とくにさまざまなところで判断が難しく、混乱を招いたことの1つが「電子教科書」の扱いです。

ここでは、筆者が電子教科書の利用に関して、とくに課題と感じた「著作権」「コンテンツの表示」について取り上げます。

オンライン授業における電子教科書の著作権

著作権については、コロナ禍以前より、教育関係者や出版関係者の間では、改正著作権法35条について注目が集まっていました。当初令和3年5月24日までに施行予定でしたが、コロナ禍により、令和2年4月28日に前倒しで施行され、さらに令和2年度(2021年3月31日)まで、特例として補償金を無料にする扱いがなされています。

運用指針については著作物の教育利用に関する関係者フォーラムが発表した改正著作権法第35条運用指針(令和2(2020)年度版)などをご覧ください。

ここで注意しておきたいのは、電子教科書を刊行する出版社や、オンライン授業向けサービスを提供する事業者は、扱える権利が紙と電子で異なる場合があるという点です。

たとえば、オンライン授業で電子教科書を使う際、教師が特定の箇所を説明したい場合、その箇所を教師の端末からインターネットを通じて配信することは権利関係を適切に処理する必要があり、場合によっては、リアルな教室という同期空間で行えた授業ができなくなります(それを進めるための法改正が上述の35条になります⁠⁠。

コロナ禍だからといって学びを止めることは避けなければいけません。そのためにも、出版社やサービス事業者の関係者は、改めて紙と電子の仕組みと著作権の理解を深め、コロナ禍に対応した電子教科書の提供をする必要があるでしょう。たとえば、筆者が所属する技術評論社の場合、プログラミング教育や理工分野に関して弊社の刊行物を教科書利用していただくケースがあり、まさに、今も問い合わせを受け、関係各所と打ち合わせて進めている最中です。

また、このタイミングだからこそ、改めて紙の教科書ありきの授業を前提に考えずに、電子教科書を前提に、オンライン(インターネット)を活用した授業設計に関して、関係各所で取り組んでいく必要があると筆者は感じています。

オンライン授業におけるコンテンツの表示

もう1つは、コンテンツの表示に関するものです。これは電子教科書に限らず、電子出版全体に言えることで、本コラムで筆者が過去何度触れてきた話題で、電子書籍・電子雑誌はつくりによって、読者の読み方(見え方)が異なるという点です。

今、主流となっている電子書籍・雑誌フォーマットを大きく分類すると「PDF」「EPUB」の2つがあります(ここでは専用アプリについては外します⁠⁠。

PDFであれば、Adobe AcrobatやApple Booksなど、さまざまなビューワで閲覧することができ、また、テキスト・フォント処理を行っていれば、検索やハイライトなど利便性の高い使い方が可能です。

一方、EPUBの場合、固定型とリフロー型で、それぞれの特徴が異なります。固定型EPUBの場合、制作したPDF(InDesign)のレイアウト通りに表示させられる一方で、そのままでは検索などテキスト情報の認識が行えず、利便性が格段に下がります。

リフロー型EPUBは固定型EPUBと異なり、テキスト情報が認識され、また、デバイスに合わせた、レイアウトを調整した閲覧が可能です。しかし、レイアウトが調整させられるため、利用者のデバイスによって、見え方が異なります。

PDF/EPUBの特徴を簡単に説明しました。コロナ禍でのオンライン授業、そこで使われる電子教科書の多くは、紙のコンテンツを電子化したものです。その際、今取り上げたような表示の差異は、授業の進め方にさまざまな影響が出てしまいます。

ですから、授業を行う学校・教師側としては、生徒に同じ情報を伝えられるものを選ぶこと、また、電子教科書を提供する出版社としては、学校・教師・生徒が意識せず学びを体験できるデータを用意することが大切と考えます。

過渡期の今は、おそらく、統一のPCやタブレットを前提としてオンライン授業を行うケースが多いでしょう。しかし、コロナ禍で突然オンライン授業を強いられた教師・学生全員が同じデバイス、同じインターネット環境で利用できるとは限りません。そうすると、コンテンツの表示(見え方)が異なるというのは非常に大きな問題です。さらに、学んだ部分に印をつけるなど、学びの形からもハイライトができる・できないというのは大きな違いとなります。また、誰もが情報にアクセスできる、アクセシビリティの観点でもリフロー型EPUBを準備することは大切なことなのです。

ですから、出版社の立場としては、ただ読める(見える)ことを目的にせず、電子のメリットを最大限活用するために、筆者はリフロー型EPUBを準備していくことを推します。併せて、より良いリフロー型EPUBを制作できる人材の確保が重要になっていきます。

また、紙の電子化だけではなく、専用のアプリ化など、改めてコンテンツの本質から見直すことも必要でしょう。

社会のデジタル・オンライン化に合わせた変化を

以上、2020年の電子出版市場とコロナ禍での出版、とくに、電子教科書について取り上げました。

新型コロナウィルスの蔓延は、社会生活に大きな制限を与えた一方で、ソーシャルディスタンスと言われるような対策から、ここ日本でも、2020年はデジタル・オンラインへの意識がとくに高まった1年となりました。出版業界に関して言えば、EC需要の高まり、電子出版体験へのシフトなど、デジタル・オンラインへの意識変化が良い結果に働いた面があることは事実です。

また、今回はコロナ禍における電子出版の課題と可能性という観点から電子教科書の事例を取り上げました。このように、出版分野でのデジタル・オンライン化での課題(著作権やコンテンツの制作・提供方法)が改めて顕在化した2020年だったと言えます。ただ、電子教科書で取り上げた課題はコロナ禍だからというよりは、前々から電子出版市場が拡大するために直面し、解決しなければいけないものでもありました。

筆者も、5年前に改めて振り返ると紙があってこその電子出版だった~そこから見える課題⁠、3年前に普及期における課題と対応など、今回の課題に挙げていた点について触れています。

2021年は、⁠デジタル・オンライン化とは何か」について、自分たちの過去の経験や価値観だけにとらわれずに、デジタル・オンラインの可能性をより広げていくために、制作者・利用者・提供者など、さまざまな観点で考え直す大切な年と言えるでしょう。

2020年はとにかく新型コロナウィルスに振り回された年となりましたが、コロナ禍ということだけに惑わされず、この状況を変化するタイミングと捉えて、一気に動き始めた社会のデジタル・オンライン化に適合しながら、最適な読書体験を提供していくことが、電子出版を含めた、出版市場の健全な成長につながると筆者は考えています。

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