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ITバブルを振り返ってみませんか?

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「ウィン・ウィン」が出たら注意……裏があってはめようとしているぞ

――パッケージ,パッケージという流れというのは,他人から与えられたものを消費するだけ,という傾向の結果なのでしょうね。

森:そうですね。⁠作るところには興味がない,結果だけ欲しい」ということでしょう。今の資本主義のグローバリゼーションの中で勝ち残るためにそういった効率的なことは必要なのでしょうが,はたして,裏を知らないで,作られたものの価値を盲目的に信じるだけでいいのでしょうかね。

柳原:僕もそこはすごく危惧しています。例えば,いろいろ議論したうえでお互いに納得してシステム設計するのと,単に金を払ってシステムがポンとできるのとは大違いのはずです。

森:全然違いますよね。単に金だけを払って得るシステムなんて,共感を得られないし,愛着もわかないでしょう。

柳原:作り手側のSEとやり合うことも重要です。僕はソフトウェアに関して発注側にいたのでいろんなタイプのSEを見てきたけど,話し込んでいって「こういうふうにしたいんだ」⁠そう言うけど,この場合はどうなるんだ」⁠これはどうなんだ」と根掘り葉掘り聞いてくる人は,あとが安心できるんですよ。逆に,仕様の打ち合わせなんかを淡々と進めるSEは怖いですね。その時点では楽なんですけど。

森:「じゃあ,それはこの機能でやっておきますから」みたいに軽く終わっちゃうのって,ありますよね。

柳原:経験的にそういうスマートなSEというのは,まずだめ(笑)

森:わたしも同感です。

柳原:どんどん問い詰めていって,それこそユーザーを困らせちゃうぐらいのSEでなきゃ,プロだと言えないと思います。

森:わたしもお客さんに言います。⁠最初の1カ月間でぶつからないような生ぬるい議論はしたくない。そこでぶつかってお互いに腹を割って本音を出さないと,いいものができないじゃないですか」と。

柳原:最初にやり合わないのは,問題を先送りしているだけなんですよね。あとになればなるほど,ひずみが大きくなる。

森:でも最近,お客さんがあまり聞いてこなくなったんですよ。⁠それは,そっちで考えて」なんですよ,要するに他人に任せ。

柳原:でもね,丸投げするタイプのそういうユーザーというのは,昔からいましたよ。大抵そういうプロジェクトは,⁠火を吹く⁠ことになりますけど(笑)

森:⁠火を吹く⁠というリスクがありながら,それを知らなかったということでしょうね。例えば,安ければ安い分,ユーザーがリスクを負わなければならないというケースは多い。本来なら,それを明らかにして話し合い,どの程度リスクを取れるのかということをお互いに納得しなればならないはずです。

柳原:ともにリスクは取らないというのもありますね(笑⁠⁠。⁠ウィン・ウィン」とよく言うけど,あれって「両方ともがボチボチかぶりましょう」ということなんだよね,実は。

森:ボチボチかぶって,ロスはだれかに振っちゃいましょうと(笑⁠⁠。⁠原資は限られているんだから,だれかが損するんだよ」ってことかな。

柳原:ウィン・ウィンと聞くと耳障りはいいですがね。でも,うさんくさい。

森:いろんなソフトウェアベンダーやハードウェアベンダーと打ち合わせをしますが,⁠この案件はぜひウィン・ウィンの関係で」と言われた途端に,⁠こことはやめとこ」と思いますよ(笑)

――ちなみに,球界への新規参入を目指したライブドアの堀江社長も,楽天の三木谷社長もウィン・ウィンとよく言いますね。信用できなのかな(笑)

森:信用できなくてもいいんですよ。結局,お互いの欲なんて隠しようがない。会社も違えば業務目標も違うのだから,その中でお互いが歩み寄れる目標って何なのというところを正直に話せばよいのではないでしょうか。

柳原:お互いに「ぶっちゃけたことを言うと,うちはこうなんですわ」というのを出せるところはいいんだけど,それを最後まで出さないようなところが信用できないよね。

森:「大丈夫ですよ,柳原さん。ウィン・ウィンの関係でいっしょに頑張りましょう」って言われると……

柳原:「お前,はめようとしているな」ってことか(笑)

森:そうそう。⁠お前,何かはめる策は,もう決まっているだろう」みたいな(笑⁠⁠。

柳原:役員クラスがウィン・ウィンと言うならまだいいんだけど,一線の営業や技術屋さんがマネしてそういうことを口走り出すと危ないよね。

成熟している自動車産業を目指す……IT産業はまだまだ発展途上なのか

――いわゆる⁠ITバブル⁠のころから,横文字のキャッチが増えましたね。

森:そこには,一種のブランド戦略があるのだと思います。⁠考えなきゃいけないのはわかっているけど,アウトソースするからいいんだよ」とかになってきた結果,選ぶのは何かといったら,結局ブランドなんですよ。BMWだろうがベンツだろうが,タイヤは4つあってエンジンがあって基本構造はそんな変わらない。違いはブランドだけ。

柳原:ブランドで買うのは,安心を買うようなものでしょう。

――責任を取りたくないということもあるのでしょうね。⁠あんなに著名なメーカーのを選んだのにダメだった」と言い訳できる。

柳原:「せっかく大々的にテレビでも宣伝しているような大きなところに頼んだのに」ってね。

森:結局,働いたのは⁠ブランド⁠ではなく現場の人間だから,同じなんですけどね(笑⁠⁠。ただ,キャッチは必要だと思います。例えば,原始人に「キャデラックっていいですよ」とセールスしてもむなしいわけです。イメージできないものに対して必要性を訴えるときに,キャッチというかコピーというか,そういうものがないと説明しづらい。しかも,何かすばらしそうとか,夢を見させるような要素がないと話さえ聞いてもらえないかもしれません。

柳原:一歩まちがったら,霊感で壺を売っているようなものだと思うけど(笑)

――確かに,コンピュータを知らない人に,コンピュータがあるシーンをイメージしてもらうのはむずかしいですね。

柳原:そう。歩いてばかりいる人が,車を持つようになったらどういうふうに生活が変わるか,ほとんどイメージできないのといっしょ。なかなか情報システムについてわかってもらえなかった。

――でも,最近はこれだけ「IT,IT」って言われるようになると,イメージはできるようになったでしょう?

柳原:まあ,そんなに激変したわけではないね。確かに,電子メール程度とかならなんとかだけど,その先はまだまだ。

森:電気屋に行って「インターネット,ください」という人がまだいるぐらいですから。

――まだいるんですか?

森:います,います。

――昔,アキバの某電気店に「インターネット,ください」って来る客が結構いたそうです。その店では,⁠ありますよ」と言ってパソコン売り場に連れて行き,一番高い機種を売りつけていたとか(笑⁠⁠。でも,今でも「インターネット,ください」ってヤツがいるとは思いませんでした。

森:ITは他の業種に比べて,まだイメージ戦略みたいなところが遅れているということなのでしょう。例えば,トヨタの営業さん,車を買いに来る人に「カローラは・・・」⁠マークⅡは・・・」⁠クラウンは・・・」というような車の説明はしないんですよ。

柳原:ライフスタイルからいきますよね。

森:そう,ライフスタイルからいくんです。⁠お子さんが生まれたんですか。じゃあ,気をつかいますね」とか「事故を起こされたことがあるんですか。車がぶつかったら怖いですからね」というように,ユーザーのエクスペリエンスに直結することを持ち出すんです。そして,⁠じゃあ,この車がいいですよ。ほらね,ここが便利で,しかも子供が指を挟まないでしょう」みたいに持っていく。

――なるほど。

森:ところがITのセールスの場合,特にエンジニアは,技術で話すわけですよ。⁠マークⅡとは,エンジンが何たらかんたらで」とか「このシートは本皮製でどうのこうの」とか。お客は,わかんないって(笑)

柳原:自動車産業の場合は成熟しているので,あらゆる車種のラインナップがそろっていて,さまざまなライフスタイルに対応できるのでしょう。こういう人にはこういう車,ああいう人にはああいう車というように。IT系は,それがまだそろっていないのでしょう。まったく足りないから,まだまだ開発も進んでいるわけです。だから,ユーザーの話を10聞いたら,そのうちの1つか2つ,ITを使って役に立つかもしれないというぐらいの謙虚さを持たなければならない。10を全部実現しようと思って,はまらないところに無理やりはめようとしてもだめなんですよ。

森:そのとおりですね。無理やりはめ込まないためにも,現場でしっかりとコミュニケーションすることが大切なのです。

――では,IT産業は自動車産業みたいに成熟していくことを期待すればいいのでしょうか。

森:そうとばかりは言えないでしょう。かつて自動車メーカーは,エンジンとかタイヤだけでなく,さまざまなパーツを全部自社で作っていました。でも今は,パーツメーカーが星の数ほどあります。今や自動車メーカーは一種の組み立て屋になっているわけです。IT業界もそういうふうになってきています。でもIT業界の場合,パーツそれぞれは個別に最適でも,出来上ったものはまったく役に立たないということが起こっているのです。

柳原:それって,顧客が何をしたいかということをちゃんと聞き出して,それをきちっと具体化できないということ?

森:それもあるのですけど,まとめ役がいないということです。例えば,トヨタだったらトヨタの設計主任とかが「こういう車を作りたい」と言って,各パーツベンダーに指示を出します。いわば,オーケストラの指揮者みたいなもんです。ITの場合,⁠客さんが求めているからこういうものを作りましょう」となっても,その指揮者が不在になりがちなのです。